ジャンピング・マウス


1.ふしぎな音にさそわれて・・・

 大きな林の中に一本の太い木がありました。その木の根っこの土の中に 、たく さんのねずみが住んでいました。ねずみたちのすみかは、木の枝でさえぎ られて いました。そこは、わずかにしか太陽の光が入ってこないような小さな穴 の中で した。

 朝、暗い穴の中に光がさしこむと、ねずみたちは食べ物をさがしたり、 たねや 小枝を集めたりして、小さな頭をぶつけあいながら、ちょこちょこと忙し そうに 働き、夜空に星がまたたくころに、ねずみたちは眠りました。

 ねずみたちの中で、一匹だけがなかまからはずれて、何かちがうことを してい ます。そのねずみは、何日も前から、たねや小枝集めの手を休めては、壁 に耳を ぴたっとつけて、いっしょうけんめいに何かを聞こうとしているのです。

 ある日、そのねずみは、なかまの一匹にたずねました。

 「ねえ、きみにも聞こえるだろう? あのごうごうという音、いったい 何だと 思う?」

 「ん? ぼくたちには何も聞こえやしないよ、なあ、みんな。 きっと それはきみのそらみみさ。」

 ねずみはいままで自分と同じように、ほかのなかまにも聞こえると思っ ていた のです。ところが、その音は自分だけにしか聞こえていないのでした。

 “へんだなあ。ぼくの耳はおかしいのかな・・・。”

 でも、ねずみにはたしかにその音は聞こえているのです。そこで、ごう ごうと いう音を忘れようと、葉っぱやたねを集める仕事をしましたが、ねずみの 気持ち は、なかなかその音から、はなれられませんでした。夜、こけの上にすわ って、 葉っぱのあいだから星をながめているときも、その音が気になってどうし ようも ありませんでした。

 やがて、ねずみは眠れないほどになりました。

 “あの音はいったい何だろう。いったいどこからくるのかなあ。ぼくた ちが住 んでいるこの穴の外に何があるのかな。”

 いくら考えても、ねずみにはわかるはずがありませんでした。音が聞こ えない ように、両手でしっかりと耳をふさごうとしましたが、そんなことでは、 音は消 えませんでした。小さな指のすきまから、その音はたしかに聞こえてくる のです 。それは、ごうごうというものすごく大きな、しかもいままでに聞いたこ ともな いようなふしぎな音でした。

 とうとうがまんできなくなったねずみは、外に出てみようと決心しまし た。

“外に出てみれば、その音はどこからくるのかきっとわかるかもしれない ”。

ほかのなかまたちが、いつものように働きはじめようとしたときに、そっ と穴か らはいだして、外へとびだしました。

 外ははじめて見る世界でした。空を見あげると、木のあいだからもれる 光のお びが、とてもきれいでした。

 “土の中とはずいぶんちがうんだなあ、外はなんて広くてまぶしいんだ ろう。 それに、おひさまってあついんだなあ。風はなんて気持ちがいいんだろう 。” 

 いままで小さな穴の中で、たくさんのなかまたちと、ぎゅうぎゅうしな がらく らしてきたので、見るものすべてが新しく感じました。まわりの景色がめ ずらし いものばかりなので、ねずみはキョロキョロしながら歩きだしました。

 しばらく歩くと、自分のからだより大きくて、毛のふさふさした生きも のがい るのに気がつきました。あらいぐまです。背中を向けているので、どうや らねず みに気がつかないようです。ねずみにとって、外に出てはじめて会う動物 です。

なんだか声をかけてみたくなり、ねずみはもう少し近づいて、声をかけま した。

 「やあ、こんにちは。」

 ふいに声をかけられたあらいぐまは、びっくりして、目を白黒させまし た。

 「ああ、びっくりしたなあ。いったいきみはこんなところで何をしてい るの? 」

 「じつは、ぼくは向こうの大きな木の根っこにずっと住んでいたんだけ どね、 ごうごうというふしぎな音が、ぼくの耳からはなれないんだよ。それが何 日も何 日も続いていて、夜も眠れないくらいになるんだ。なかまに聞いたら、ぜ んぜん 聞こえないっていうし、いったいどこからくるのか、どうしても知りたく なって 、外にとびだしたのさ。」

 「ふうん、それはきっとグレ−ト・リバ−のことだぜ。ぼくなんか、毎 日、そ こへ食べ物を洗いに行ってるさ。これからも、そこへ行くとこさ。」

 “ああ、あの音はやっぱり本物だったんだ。ぼくのそらみみじゃなかっ たんだ 、ああ、よかった。”

 そう思うと、ねずみはうれしくなりました。

 「グレ−ト・リバ−って何だい? ぼくは一度もそれを見たことがない んだ。 ねえ、あらいぐまさん、そのグレ−ト・リバ−っていうのを少しだけ家に 持って 帰って、そして、ぼくのなかまたちに見せてもいいかい? そうすれば、 ぼくの いっていたことが本当だったと証明できるだろ? いま、ここにふくろを 持って いるんだけど、少しだけだったらこの中に入れてもいいよね。」

 と、あまりのうれしさに、ねずみは一気にしゃべりました。

 「あはははは...。きみって本当に外の世界のことを知らないんだね え。ま いったなあ。だいいち、グレ−ト・リバ−はきみの持っているふくろのサ イズに なんかあうはずがないよ。それにさ、グレ−ト・リバ−には持ち主なんて いない のさ。それは、ぼくたちみ−んなのものなのさ。」

 「ふ−ん、つまり、こういうこと? グレ−ト・リバ−のここからあそ こまで が、ぼくたちのものだとしたら、向こうから先は、きみたちのものってこ と?」

小さなねずみは、両手と両足をいっぱいに広げて、あらいぐまに聞きまし た。

 「ああ、もう、ほんとうにわかってないんだなあ。ねずみくん、グレ− ト・リ バ−っていうのは川の名前なんだよ。川というものはね、小さく切ってみ んなと 分けられるものじゃないんだよ。」

 ねずみは、何が何だかわからなくなってしまいました。

 「じゃあ、ぼくをグレ−ト・リバ−へつれていってよ。」

 「いいとも。じゃあ、これから行こう。」

 “このふくろに入れて持って帰れば、みんなに見せることができたのに 、残念 だなあ。でも、いったい、川ってどんな形をしているんだろう。”  と、グレ−ト・リバ−へ行くとちゅうでも、ねずみはあれこれと考えて いまし た。

 これがグレ−ト・リバ−だと、あらいぐまに案内されたとき、ねずみは ぼう− っとしてしまいました。それは口でどのようにいっていいか、わからない くらい でした。太陽の光が反射してキラキラかがやく水面に、目を細めました。 川とい うものがこれほど大きなものだとは考えてもみませんでした。

 “雨だれだって知っているし、葉っぱをつたって落ちるしずくや、水た まりの ことも知っているけれど、それどころじゃないぞ。う−ん、この川の大き さはい ったい何なんだ。一万年分のしずくを集めたって、百万滴もの雨がふった って、 ぼくたちねずみの一万匹もの流す涙の量を集めても、こんな川にはできな いだろ うなあ..。” 

 ねずみは、川のふちへ行き、土手のうえから川をのぞきこみました。ね ずみは 、川の水面にうつる自分の姿を見ました。それから頭をあげて、きれいな 空気を くんくんとかぎながら、あたりを見回しました。霜がとけはじめていて、 それが 水滴となって、草をつたって地面に落ちるのをじっと見ていました。その あと、 目をとじてみました。目をあけていたときよりも、川のざわめきがよりい っそう 大きく聞こえてきました。

 それは、とても力強い音楽のように思え、ねずみの小さな頭はくらくら しまし た。

2.ふしぎなおまじない

 “ふしぎな音はどこからくるのかたしかめたくて、なかまのみんなから はなれ て外に出てきて、いまやっとこうしてグレ−ト・リバ−の前にすわってい るんだ 。とうとうつきとめたぞ! だけど、もし、土の中でこの音が聞こえてこ なかっ たら、ぼくは一生、土の中でくらしていたんだなあ。この音はぼくに外に 出るよ うにさそいだしてくれたんだ。ぼくの知らない世界がこれから待っている んだ・ ・・。”

 グレ−ト・リバ−のあまりのすごさに感動したねずみは、長いあいだ土 手の上 にすわり、身動きひとつしないで、グレ−ト・リバ−をじっと見つめてい ました 。

 「ぼく、そろそろ帰らなくちゃ...。」

 あらいぐまのことばで、はっとわれにかえりました。ねずみは、声をか けられ るまで、あらいぐまのことなどすっかり忘れていたのです。

 「ぼくは、もうあらいものが終わったから、そろそろ帰ろうかと思うん だ。き みがグレ−ト・リバ−のことをもっと知りたいなら、ぼくの友達のかえる のとこ ろにつれて行ってあげるよ。」

 ねずみとあらいぐまは、いっしょにグレ−ト・リバ−の土手にそって歩 きまし た。まもなくかえるの住んでいるところにやってきました。かえるは緑色 の大き なからだをしていて、からだの半分を水の中につかりながらすわっていま した。

はじめて見るかえるに、ねずみは近づいて行きました。

 「やあ、こんにちは。」かえるは、したしそうにあいさつをしました。

 「ぼくたちはね、土の中でも、水の中でも生きられるんだよ。土の中で 冬眠し て、冬がすぎるのをじっと待つんだ。そのあいだじゅう、春になったら、 やりた いことを空想するのさ。実際、春がやってくると、いろんな楽しいことが 待って いるんだ。虫をとったり、なかまと話をしたり、ね。それから夏になると 、とつ ぜん、雨がざあ−っとふりだしたかかと思うと、稲妻がパッとあたり一面 に光る んだ。そのあとバリ、バリ、バリッ、とものすごい雷がなるんだ。夜に稲 妻が光 ると、昼のように明るくなるんだ。すごいんだよ。あ、ところで、きみ、 いった いどうしてここにいるんだい?」 

 「ぼくの耳から、ごうごうという音が消えなかったからさ。だけど、い ま、そ の音が、グレ−ト・リバ−だってことがわかったんだよ。」

 「ふうん、きみは、はじめてグレ−ト・リバ−を見たのか。なるほどね 。とこ ろで、おまじないがほしくないかい?」

 「ん? おまじない? うん、いいね。」

 本当のことをいうと、おまじないとはどんなものなのか、ねずみにはわ かりま せんでした。しかし、それはきっと楽しいことなんだろうな、と思いまし た。

 「ねずみくん、ぼくのいうとおりにするんだよ。いいかい? できるだ け低く かがんで、それから、できるだけ高くとぶんだ。」 

 ねずみは、いわれたとおりにやってみました。グレ−ト・リバ−の土手 にかが み、空に向かって思いきりとびあがりました。ねずみの耳が木の枝にぶつ かって すりむきそうになるくらいに、高くとびました。かがんではとびあがり、 とびあ がってはかがんで,何度も何度もくりかえしました。

 ピョンピョンと何度もとんでは、地面に落ちましたが、今度は悪いこと に、ど ぶんと川の中に落ちてしまいました。ずぶぬれになったねずみは、おぼれ てしま うんじゃないかと思うと、こわくてこわくてしかたがありませんでした。 ところ が、さいわいなことに落ちたところがあさかったので、ようやく川からは いあが ることができました。おぼれそうになって、水をたくさん飲みこんでしま ったね ずみは、とても苦しそうにいいました。

 「ゴホン、ゴホン。こ、これがきみのいったおまじないなの? ぼ、ぼ くをだ まして楽しいかい? ゴホン、ゴホン。」

 ねずみは最初に会ったときから、かえるのことが気に入っていたので、 だまさ れていたんだと思うと、むしょうにはらがたってきました。

 「しかしさ、きみ、だいじょうぶなんだろう?」

 「ま、まあね。だけど、ずいぶんぬれちゃったじゃないか!」

 「だって、けがをしているところ、ないんだろう?」

 「うん、たぶん、ね。」

 「じゃあ、どうしてぷりぷりおこっているんだい? ぼくはけっしてだ まして なんかいないよ。ねえ、きみがとびあがったとき、グレ−ト・リバ−より もすご いものを見なかったかい?」

 「すごいもの? ああ、そういえば、遠くのほうに、小石のおばけのよ うに大 きなものを見たかもしれない。」

「あはははは...。きみって、おもしろいことをいうね。やっぱりきみ はおま じないをもらったんじゃないか。おまじないは、だれでももらえるわけじ ゃない んだよ。きみはとくべつさ。まあ、そのうちわかるさ。ところで、きみの 見たの は、山っていうんだ。ぼくたちは“聖なる山”ってよぶんだ。」

 「聖なる山?」

 「そうさ。まだ、だれも行ったことがないんだけど、あの山の頂上には 神様が 住んでいるといわれているんだ。神様というのはね、この世のすべてのも のをお つくりになったんだよ。このグレ−ト・リバ−も、草も木も花も、そして 、きみ やぼくも、ね。」

 「ぼくがとんだときに見えたあの山のてっぺんに?」

 「ああ、そうだよ。きみがとんだときに...あ、そうだ!これからは きみの ことを、ジャンピングマウスとよぶことにしよう!」

 「ジャンピングマウス?」

 ねずみは、ジャンピングマウスという名前がとても気に入りました。そ して、 名づけ親のかえるにお礼をいいました。とてもわくわくしてきて、すぐに でも家 にとんで帰り、なかまたちに話したくなりました。

 “いまならきっと、みんなはぼくのことを信じてくれるだろうな。グレ −ト・ リバ−にやってくれば、すさまじい音もこの川のせいだとわかるさ。”

 「ぼく、そろそろ家にもどらなきゃ。」とジャンピングマウスはいいま した。

すると、かえるは、  「それじゃあ、ごうごうという音のする方向と、逆の方向に歩けばいい よ。そ うしたら、グレ−ト・リバ−はどこにあるかいつもわかるから、まいごに ならな いよ。」

 ジャンピングマウスは、なかまたちが住んでいる木の根っこに向かって 、走り だしました。いつも自分のうしろに音を聞きながら・・・。それから、ふ たたび グレ−ト・リバ−にもどってこられるように・・・。

3.すばらしい世界へ

 ジャンピングマウスが家にもどったとき、ねずみたちは、あいかわらず 忙しそ うに、食べ物をせっせと運んでいました。ジャンピングマウスは目をかが やかせ ながら、グレ−ト・ リバ−のことや、外の世界のすばらしさについて話しました。

 「ねえ、みんな。ぜひ、外に出てみてごらんよ。そのすばらしさをきみ たちの 目でたしかめるといいよ。」

 しかし、なかまたちは、ジャンピングマウスの話を信じるどころか、そ の話が おそろしくて、みんなはあとずさりしました。

 「やつはどうかしているぜ。それに何だか変なにおいがするぞ、何かお そろし いけものに食べられそうになったんだ。それなのによくももどってこられ たもん だよ。」

 なかまたちはこういって、ジャンピングマウスを追い払ってしまいまし た。

 “このドキドキした興奮をみんなにわかってほしかったのに、だれもぼ くの話 を聞こうともしない・・・”

 なかまたちは、もう話なんか聞きたくない、といわんばかりに、たねで 耳をふ さいでいるのです。それを見たジャンピングマウスは、だんだん自分がみ じめに なってきました。自分は気はたしかなのに、気がくるっていると思われる だけな ら、ここにいてもしようがない。外の世界にはもっともっと見たいものが たくさ んあるんだ。ここを出よう、と決心しました。このとき、かえるがいった 聖なる 山のことが急に頭に浮かんだのです。

 「ぼくはもう一度、聖なる山を見たいから、ここを出ていくつもりだ。 ここで の生活よりも、外に出てみることがずっとすばらしいと思うよ」

 木の根っこを出ようとしたジャンピングマウスに、なかまたちはこう叫 びまし た。

 「きみはどうかしているよ。そのうちスポットにやられるぜ。」

 ジャンピングマウスは、スポットのことなどすっかり忘れていました。 いま、 なかまたちにいわれはじめて、スポットのことを思いだし、おそろしくな ってき ました。

 というのは、ねずみたちみんなはスポットのことをこわがっていました 。ねず みたちは、外に出るといつもスポットにくわれてしまうのでした。ねずみ の目に は、遠くのものはいつもぼんやりとしか見えませんでした。

 そんなわけで、空をとぶわしを遠くから見ると、まるで黒い点のように しか見 えないのです。ねずみたちには、スポットの正体がわしだとわかりません でした が、とにかくスポットはひじょうにこわいものだと思っていました。

 しかし、それがどんなにこわくても、ジャンピングマウスのここを出て いく決 心は変わりませんでした。

 “ここにいるよりずっといいさ。外の世界でたくさんのことを知ったお かげで 、ぼくにはたねを運ぶだけの生活が満足できなくなったんだ。”

 ジャンピングマウスはいままでのすみかを出ました。住みなれた太い木 の根っ このそばに立ち、そっとあたりを見回しました。

 ジャンピングマウスの耳には、たしかにごうごうという音が聞こえてき ました 。その音をたよりに、グレ−ト・リバ−のほうへもどって行きました。

 ジャンピングマウスはスポットに見られないように、からだをうまく隠 すよう にして、草の上をはいつくばって進みました。グレ−ト・リバ−にたどり つくと 、あたりにはだれもいなく、川のざわめきだけが聞こえてきます。

 花は、燃えるような色をしていました。ジャンピングマウスには見たこ ともな いような色でした。ジャンピングマウスは、プラムのような大きな太った たねを 見つけて食べました。そのあと、水たまりで、すみきった水を飲みました 。

 ジャンピングマウスは、かえるがくれたおまじないが、もう一度きくか どうか ためしました。こんどは川の中に落ちないように、用心しながら、とびあ がって みました。

 「あっ、たしかに見える、見えるぞ。聖なる山が見えるぞ。すごいおま じない だなあ。」

 とびあがるたびに、はるか遠くにそびえている聖なる山が見えました。 ジャン ピングマウスには、それがとてもたくましい形に思えました。

 “さあ、夜が明けたら、ここを出発しよう。だけど、ぼくの小さなから だで、 あの頂上まで行けるだろうか、その前にスポットにくわれてしまうだろう か・・ ・”

 夜になると、グレ−ト・リバ−のそばの低いしげみを見つけ、芝生と草 でベッ ドをつくりました。ジャンピングマウスは、星が見えるように、そして、 どんな に小さな黒い点でも見つけられるように、小さな穴をつくることも忘れま せんで した。

 ある晩、ジャンピングマウスは、夢を見ました。かえるから聞いた聖な る山を 登ろうとして、何度も何度もよじ登ろうとするのですが、そのたびにズル ズルと 落ちてしまうのです。何百回も続けました。これでだめだったら、あきら めよう と、最後の一回に挑戦しました。するとその瞬間、ジャンピングマウスの 背中に 羽がはえて、みるみるうちに、高くとんでいきました。

 ジャンピングマウスは、つぎの日の朝早く、出発しました。そして、何 日も川 の土手にそって歩きました。とちゅうで、光の下でせっせと働いている小 さな鳥 たちや、いろいろな種類の蝶やはちにも会いました。ジャンピングマウス はみん なに近づいて、こんにちは、と声をかけました。すると、はちたちも、や あ、こ んにちは、と答えました。

“ここは、何といきいきとしているんだろう、木の下でのくらしは、いつ も忙し いだけで、たいくつだったなあ。でも、ここは毎日新しいことが経験でき るし、 きれいなけしきも見れるし、何とすばらしいんだろう。”

 あるとき、ジャンピングマウスは、知りあったばかりの友達と半日をす ごすこ ともありました。自分のことを話すよりも、新しい友人の話に耳をかたむ けまし た。またあるときは、早く食事をすませて、だれにも会わないでさまよい 歩きま した。

 ある夜、雷がなりました。そのとき、ジャンピングマウスは、かえるか ら教わ ったことを思いだしました。稲妻は一瞬光ったかと思うと、くらやみにも どって しまいました。雷がなっているあいだ、ジャンピングマウスは、とても興 奮して なかなか眠れませんでした。稲妻の突然の光に、木の実が照らされていま した。

草の緑の葉が一枚一枚くっきりと見えました。ジャンピングマウスがベッ ドから とびだした瞬間、光はもうすでに消えてしまい、あたりはもとのくらやみ にもど りました。

4.ジャンピングマウスと野牛との出会い

 ある日、ジャンピングマウスは大平原にやってきました。そこは、聖な る山へ 行くのに通らなければならない場所でした。あたりには、セ−ジのにおい がしま した。しかし、何日も何日も歩いているのに、まわりは何もないところで した。

 “ほんとに聖なる山に行けるのかな・・・”

 とちゅうで、何度も何度も気持ちがくじけそうになりました。おちこん でいた ときに、ジャンピングマウスは、年おいたねずみに出会いました。大平原 のよう な見知らぬ場所でなかまに会えて、うれしくなりました。その年おいたね ずみに 、自分が聞いたグレ−ト・リバ−の音のことを教え、世の中を探検するた めに旅 をしていることを話しました。さらに、かえるのことや、かえるからもら ったお まじないのことも話しました。

 「ぼくは、聖なる山に行くとちゅうなんです。」

 「わしも、とどろくような音を聞いたことがあるし、グレ−ト・リバ− へ行っ たことがあるさ。しかし、わしには聖なる山があるなんて信じられないね 。きみ はセ−ジのはえているここにいたほうがいいんだよ。結局、わしらはほか のなか またちが見たことのないことまで経験できたのだから、もう十分じゃない のかね 。ここにいて年をとりながら、かしこくなったほうがいいと思うがね。」

 「ぼくは、ここにいようとは思いません。ここで年をとってかしこくな るより 、聖なる山へ行きたいんです。」

 年おいたねずみは、むっとして、こういいました。

 「ああ、そうかい。でもそのうち、スポットにやられちまうさ。大平原 では隠 れる場所がないから、やつはきっときみを見つけるよ。」

 そういうと、年おいたねずみはさっさと行ってしまいました。たしかに 、年お いたねずみのいうとおりかもしれません。これから先は大きな木は一本も なく、 ジャンピングマウスの姿をスポットから隠してくれるものはありませんで した。

 ジャンピングマウスは空を見上げました。すると、はるか遠くのほうで 、スポ ットが輪をえがきながらとんでいました。ジャンピングマウスは、スポッ トはき っとえものをさがしているんだと思いました。

“スポットに見つからないで、大平原を横切るにはどうしたらいいんだろ う。”

 ジャンピングマウスはあれこれと考えました。するとそのとき、近くで うなる ような声がしました。低い木のしげみから外をのぞくと、地面に横になっ ている 野牛が見えました。

 「こんにちは。いったいどうしたんですか?」

 「実は、わたしには目が見えないんだよ、それにいまにも死にそうなの さ。ね ずみの目だけがわたしを救ってくれるらしいんだ。だけどねずみなんてい ないさ 。だから、わたしはもう死ぬしかないんだ。」

 ジャンピングマウスは野牛のことばにショックをうけました。

 “ぼくにとっては、牛はとても大きくて、ものすごい動物なんだ。この ような すばらしい動物が死ななければならないなんて、何て悲しいことなんだ。 ぼくの 目の前にいる大きな動物がもっともっと長生きできるように、力になりた い.. .”

 「ねずみって、本当にいるんです。ぼくこそ、ねずみなんですから。も し、あ なたが助かるなら、ぼくの片方の目をさしあげましょう。」

 ジャンピングマウスがそういうと、すぐに片方の目がとびだし、野牛の 目の中 にはいりました。するとどうでしょう。いまにも死にそうだった野牛が地 面から 起き上がって、すっかり元気をとりもどしたではありませんか。

 「ああ、いま、きみがだれだかわかったよ。きみはジャンピングマウス だね。 わたしを助けてくれて、どうもありがとう。お礼に何かしたいんだが、わ たしに できることがあるかい?」

 「ぼくは、聖なる山へ行きたいんです。そこへ行くには、この大平原を こえな ければならないんです。だけど、空にはこわいスポットがいて、見つかる と食べ られてしまうでしょう。」

 「そんなことならわけないさ。わたしの下に隠れるといい。そうすれば 、スポ ットに気づかれないよ。」

 ジャンピングマウスは、野牛の下に隠れるようにして、歩きました。聖 なる山 のふもとのほうまでずっとそうしていました。やがて、山のそばまでやっ てきま した。

 「わたしは、これ以上遠くへはいけない、山に登れないからね。残念だ が、こ こで、きみと別れなければならないのだよ。」

 ジャンピングマウスは、野牛にお礼をいいました。野牛は向きを変えて 、大平 原のほうへと去っていきました。

5.ジャンピングマウスとオオカミの出会い

 ジャンピングマウスは、聖なる山を見上げたとき、一瞬のあいだ言葉が でませ んでした。

ずっと前に、かえるのいわれるままに、とびあがったとき、聖なる山がぼ んやり としか見えなかったけれど、いまこうして聖なる山を目の前にすると、あ まりの 大きさにびっくりしてしまいました。

“何とすごいんだろう。グレ−ト・リバ−なんてものじゃないぞ。この世 のすべ ての生きものを集めたって、この高さにはおよばないぞ。うう−ん、すご いなあ 。”

 地上にこんなにも偉大なものがあることを知って、ジャンピングマウス は感動 して、胸がいっぱいになりました。

 “ああ、やっぱり、土の世界から出てほんとうによかったんだ。”

 聖なる山の頂上は、青く澄んだ空を背にしてそびえ立っていました。ジ ャンピ ングマウスは、自分の力だけではとうてい頂上まで登ることができない、 と思い ました。しかも、近くには、山につうじる小道がたくさんあって、いった いどの 道をえらんだらよいのか、わかりませんでした。ジャンピングマウスがあ れこれ と迷っているとき、少しはなれたところに、オオカミがいました。ぐるぐ ると走 ったり、ひとりでぶつぶつと何かをつぶやいたり、変なかっこうでほえた りして いるのです。

 「やあ、こんにちは、あなたはひょっとしてオオカミさん?」

 「オオカミ? ぼくがオオカミだって? ぼくは自分がだれで、どこで 、どん なふうに、なぜこうしているのか、忘れてしまったようだ。きっとだれの 役にも 立たないどうしようもないやつにちがいない、なさけないったらないよ。 」

 ジャンピングマウスは、何だかオオカミがかわいそうに思って、こうた ずねま した。

 「オオカミさん、何か助けてあげられることがないかい?」

 「いいや、ぼくはだんだんと気がおかしくなっているから、何をしても もうだ めさ。きっとそのうちに、飢死するだろうよ。ぼくは何を食べたらいいの か忘れ てしまったんだ。きのう、とんでみようとしたし、あしたになったら、魚 のよう に泳いでみようと思う。でも、きっと、おぼれるだろうな。きんぽうげや 稲妻だ けがぼくの友達なんだ。ねずみなんかいやしないさ。」

 ジャンピングマウスは、前にも同じようなことを聞いたことがありまし た。ね ずみなんかいやしないさ、ということばを聞いて、ジャンピングマウスは 、頭の 中が混乱してしまいました。

 ジャンピングマウスは、いままでの自分のやってきたことを考えてみま した。

 “穴の中で、ふしぎな音にさそわれて、外へとびだしてしまった。あら いぐま と知りあ い、ふしぎな音の原因がグレ−ト・リバ−だとわかった。それから、かえ るにも 会い、おまじないをもらった。そのうえ、ジャンピングマウスという名前 までも らった。いままでに会ったこともない友達とも知り合えたし、たくさんの 経験も した。  ぼくは、これから聖なる山をめざし、そして、だれも登ったことのない 頂上へ 行こうとしている。何日も何日も歩き続けて、ようやく山の入り口までや ってき た。片方の目を失ったけれど、ぼくの力だけじゃ、ここまでこれなかった んだ。 このかわいそうなオオカミは、いま、ぼくの目を必要としている。ぼくは 、オオ カミの力になりたい。”

 ここまで考えてきて、ふと、かえるがいった“きみはとくべつさ”とい うこと ばを思い出しました。ジャンピングマウスは、自分の目をあげるのは自分 の使命 だと気づき、いま、心の底から、聖なる山に登ってみたいと思いました。 聖なる 山への気持ちに比べたら、自分の目なんてたいしたことではありませんで した。

 「ねずみが本当はいないって、どういう意味だい?」

 「そうだな。ぼくの病気をなおしてくれるのは、ねずみの目だけだとい うこと さ。だけど、この世にねずみなんていないんだから、ぼくはなおるわけが ないの さ、ま、それはとうぜんのことさ。ああ、ぼくはどうもわけのわからない ことを 、だらだらといっているようだ。」

 ジャンピングマウスは、自分の目が見えなくなることがわかっていなが ら、オ オカミにいいました。

 「ねずみは本当にいるんだよ。ほら、このぼくがそうさ。ぼくには目が もうひ とつしか残っていないけれど、オオカミさんのためなら、ぼくのもう一方 の目を あげるよ。」

 ジャンピングマウスがそういったとたん、もう一方の目がとびだし、オ オカミ の目の中に入りました。オオカミは、たちまち正気をとりもどしました。

 「おお、きみはジャンピングマウスだね。わたしが、聖なる山の頂上ま で案内 してあげることになっているんだよ。」

 ジャンピングマウスは、ゆっくりとオオカミの背中にのりました。オオ カミは せまい山道をとおりながら、頂上に向かって歩きました。あたりはだんだ んすず しくなり、し−んとしています。ジャンピングマウスは、ほおにそよ風を 感じま した。空気もすみきっていて、雪のようでした。だから、物音もするどい ほどに すみきっていて、ジャンピングマウスの心に深くしみとおりました。とう とう聖 なる山の頂上につきました。

 「ジャンピングマウス、わかるかい? ぼくたちは頂上にいるんだよ。 残念だ けど、ぼくは湖のはしまでしかつれて行ってあげられないんだ。」

 湖についたとき、両目を失っているジャンピングマウスは、オオカミに いいま した。

 「ここから見える光景を、ぼくに説明してください。」

 「山はとてつもなく大きくて、しかも、もやをつらぬくようにそびえて いるん だよ。てっぺんはね、紫色をしていて、とてもおだやかなんだ。でも、ぼ くがこ の風景を正確に説明しようとしたら、何年、いや何百年、何万年もかかる よ、そ れくらいむずかしいんだ。この美しさを伝えるのは、まず無理だね。」

 ジャンピングマウスは、オオカミからおりて、手さぐりで湖のほうへす すみま した。そして、足を水にひたし、水を飲んでみました。

 “ああ、なんとおいしいんだ。からだじゅうがいきいきとしてくるよう だ。こ の湖は、グレ−ト・リバ−のみなもとなんだろうな。”

   オオカミに声をかけられるまで、頭が水のことでいっぱいでした。

 「ぼくはそろそろ山をおりなきゃならないんだが、きみがひとりぼっち になる と思うと、とてもつらいよ。ここでは安全なところはないし、いざとなっ たら、 きみを助けてくれるなかまもいないしね。」

 「オオカミさん、ぼくならだいじょうぶです。ここまでつれてきてくれ て、ど うもありがとう。どうぞ山をおりてください。」

6.スポットがジャンピングマウスにおそいかかる?!

 ジャンピングマウスは、湖のはしにすわり、波の打ち寄せる音を聞きま した。 それから草のにおいをかぎ、草にそっとさわってみました。

 “ああ、いい気持ちだ。”

 ジャンピングマウスにとっては、目が見えないことはどうでもよかった し、ま してや、もとのすみかにもどりたいなんて思いませんでした。

 ジャンピングマウスは、うしろのほうでスポットの気配を感じました。 スポッ トは、いまやジャンピングマウスに近づこうとしています。ジャンピング マウス は、巨大なつばさが空からまいおりてくるのを、風のはやさで感じました 。その 瞬間、スポットがおそいかかりました。

 「わあっ!」 

 スポットのつめにからだがつかまえられたとき、ジャンピングマウスは 、ぞっ としました。ところがふしぎなことに、スポットが自分をひと飲みすると 思って いたジャンピングマウスは、地面から自分のからだが持ち上げられるのを 感じま した。自分をつかんでいるつめに、なぜかあたたかささえ感じるのです。 やさし く包み込まれるようにして、ジャンピングマウスは、高く、高く上がって いきま した。

   “ああ、見える、見える。ぼくの目が見える。青い空も、白い雲も、緑 の森も はっきりと見える、いったいどうしたというんだろう。あっ、ぼくのグレ −ト・ リバ−があんなに小さく見える・・・”

 ジャンピングマウスは気がつきませんでしたが、自分の背中には、つば さがつ いていたのです。ジャンピングマウスには、とぶことができたのです。

 “なんて風ははやいんだ!”

 ジャンピングマウスには、わしのように、くちばしも、かぎつめもあっ たし、 目も完全に見えていました。

 ジャンピングマウスは、自分の思っていた以上に、すべてがはっきりと 見えま した。むかしのすみかだった木の根っこ、なかまたちの住んでいる根っこ 、そし てなかまたちが、あいかわらずたねを運んでいる姿が見えました。あらい ぐまの 姿も、山のふもとまでおりたばかりのオオカミの姿も見えました。大平原 では、 野牛が大きな声をたてていました。オオカミも野牛も、とても元気なので 、ジャ ンピングマウスはほっとしました。 それから、グレ−ト・リバ−のそば には、 おまじないをくれたかえるがいました。いままでに会った友達の姿を見て 、ジャ ンピングマウスはとても幸せな気分でした。

 「やあ、かえるさん!」

 高く、天にのぼっていくジャンピングマウスは、まるっきりちがった声 で、か えるに叫びました。すると、かえるは見上げて、叫びました。

 「やあ、わしさん!」