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β版
古典文学学習教材

『古今和歌集』巻第六・冬


■監修■ 浜口俊裕

解題(解説: 浜口俊裕)

   ・成立 醍醐天皇の延喜5年(905)
   ・撰者 紀友則・紀貫之・凡河内躬恒・壬生忠岑
   ・巻数 二十巻
   ・歌数 1111首(現行本)
   ・組織 仮名序 
       巻第1 春歌上
       巻第2 春歌下
       巻第3 夏歌
       巻第4 秋歌上
       巻第5 秋歌下
       巻第6 冬歌
       巻第7 賀歌
       巻第8 離別歌
       巻第9 羇旅歌
       巻第10 物名
       巻第11 恋歌一 
       巻第12 恋歌二
       巻第13 恋歌三
       巻第14 恋歌四
       巻第15 恋歌五
       巻第16 哀傷歌
       巻第17 雑歌上
       巻第18 雑歌下
       巻第19 雑体
       巻第20 大歌所御歌・神遊びの歌・東歌・墨滅歌
       真名序
   ・特色 第一勅撰和歌集     
       単純な「秀歌の集合体」ではなく緻密で体系的な秩序をもって編纂されている
       組織立った部立てで成り、各歌は時間の推移に随って配列関連づけられている
       撰者の歌が多数入集している
       後生の文学作品に大きな影響を与えている


本文(校訂: 浜口俊裕)

古今和歌集 巻第二 春歌下
    

      題しらず                   読人しらず
 六九 春霞たなびく山の桜花うつろはむとや色かはりゆく

 七〇 待てといふに散らでしとまるものならばなにを桜に思ひまさまし

 七一 残りなく散るぞめでたき桜花ありて世の中はての憂ければ

 七二 この里に旅寝しぬべし桜花散りのまがひに家路わすれて

 七三 うつせみの世にも似たるか花桜咲くと見しまにかつ散りにけり

      僧正遍照によみておくりける          惟喬親王
 七四 桜花散らば散らなむ散らずとてふるさと人の来ても見なくに

      雲林院にて桜の花の散りけるを見てよめる    承均法師
 七五 桜散る花の所は春ながら雪ぞ降りつつ消えがてにする

      桜の花の散り侍りけるを見てよみける      素性法師
 七六 花散らす風のやどりは誰か知るわれに教へよ行きてうらみむ

      雲林院にて桜の花をよめる           承均法師
 七七 いざさくら我も散りなむひとさかりありならば人に憂きめ見えなむ

      あひ知れりける人のまうまで来て、帰りにけるのちに、
      よみて花にさしてつかはしける         貫之
 七八 ひとめ見し君もや来ると桜花けふは待ちみて散らば散らなむ

      山の桜を見てよめる
 七九 春霞なに隠すらむ桜花散るまをだにも見るべきものを

      心地そこなひてわづらひける時、風にあたらじとて、
      おろしこめてのみ侍りけるあひだに、折れる桜の散
      りがたになれりけるを見てよめる        藤原因香朝臣
 八〇 たれこめて春のゆくへも知らぬまに待ちし桜も移ろひにけり

      春宮の雅院にて桜の花の御溝水に散りて流れけるを
      見てよめる                  菅野高世
 八一 枝よりもあだに散りにし花なれば落ちても水のあわとこそなれ

      桜の花の散りけるをよみける つらゆき
 八二 ことならば咲かずやはあらぬ桜花見るわれさへに靜心なし

      桜のごと、とく散るものはなしと人の言ひければよ
      める
 八三 桜花とく散りぬともおもほえず人の心ぞ風も吹きあへぬ

      桜の花の散るをよめる             紀友則
 八四 久方の光のどけき春の日に静心なく花の散るらむ

       春宮の帯刀の陣にて桜の花の散るをよめる    藤原好風
 八五 春風は花のあたりをよぎて吹け心づからや移ろふと見む

      桜の散るのをよめる              凡河内躬恒
 八六 雪とのみ降るだにあるを桜花いかに散れとか風の吹くらむ

      比叡にのぼりて、帰りまうまできてよめる    貫之
 八七 山高み見つつわがこし桜花風は心にまかすべらなり

      題しらず                一本 大友黒主
 八八 春雨の降るは涙かさくら花散るを惜しまぬ人しなければ

      亭子院歌合の歌                貫之
 八九 さくら花散りぬる風のなごりには水なき空に浪ぞ立ちける

      奈良帝の御歌
 九〇 古里となりにしならの都にも色はかはらず花は咲きけり

      春の歌とてよめる               良岑宗貞
 九一 花の色は霞にこめて見せずとも香をだにぬすめ春の山かぜ

      寛平御時后宮歌合の歌             素性法師
 九二 花の木も今は堀り植ゑじ春たてば移ろふ色に人ならひけり

      題しらず                   読人しらず
 九三 春の色の至りいたらぬ里はあらじ咲ける咲かざる花の見ゆらむ

      春の歌とてよめる               貫之
 九四 三輪山をしかも隠すか春がすみ人に知られぬ花や咲くらむ

      雲林院の親王のもとに、花見に、北山のほとりに
      まかれりける時によめる            素性
 九五 いざ今日は春の山辺にまじりなむ暮れなばなげの花の蔭かは

      春の歌とてよめる
 九六 いつまでか野辺に心のあくがれむ花し散らずは千代もへぬべし

      題しらず                   読人しらず
 九七 春ごとに花のさかりはありなめどあひ見むことは命なりけり

 九八 花のごと世の常ならば過ぐしてし昔はまたもかへりきなまし

 九九 吹く風にあつらへつくるものならばこの一本はよぎよといはまし

一〇〇 待つ人も来ぬものゆゑに鴬の鳴きつる花を折りてけるかな

      寛平御時后宮歌合の歌             藤原興風
一〇一 咲く花はちぐさながらにあだなれど誰かは春をうらみはてたる

一〇二 春霞色のちぐさに見えつるはたなびく山の花の蔭かも

                             在原元方
一〇三 霞立つ春の山辺は遠けれど吹きくる風は花の香ぞする

      移ろへる花を見てよめる            躬恒
一〇四 花見れば心さへにぞ移りける色にはいでじ人もこそ知れ

      題しらず                   読人しらず
一〇五 鴬の鳴く野辺ごとに来てみればうつろふ花に風ぞ吹きける

一〇六 吹く風をなきてうらみよ鴬は我やは花に手だにふれたる

                             典侍洽子朝臣
一〇七 散る花のなくにしとまるものならばわれ鴬におとらましやは

      仁和の中将の御息所の家に歌合せむとしける時に
      よみける                   藤原後蔭
一〇八 花の散ることやわびしき春霞たつたの山のうぐひすの声

      鴬の鳴くをよめる               素性
一〇九 木伝へばおのが羽風に散る花を誰におほせてここら鳴くらむ

      鴬の花の木にて鳴くをよめる          躬恒
一一〇 しるしなき音をもなくかな鴬の今年のみ散る花ならなくに

      題しらず                   読人しらず
一一一 駒並めていざ見にゆかむ古里は雪とのみこそ花は散るらめ


一一二 散る花をなにか恨みむ世の中にわが身もともにあらむものかは

                             小野小町
一一三 花の色は移りにけりないたづらにわが身世にふるながめせしまに

      仁和の中将の御息所の家に歌合せむとしけるとき
      によめる                   素性
一一四 惜しと思ふ心は糸によられなむ散る花ごとにぬきてとどめむ

      志賀の山越えに女のおほくあへりけるによみてつ
      かはしける                  貫之
一一五 梓弓春の山辺を越えくれば道もさりあへず花ぞ散りける

      寛平御時后宮歌合の歌
一一六 春の野の若菜つまむと来しものを散りかふ花に道はまどひぬ

      山寺にまうでたりけるによめる
一一七 やどりして春の山辺に寝たる夜は夢のうちにも花ぞ散りける

      寛平御時后宮歌合の歌
一一八 吹く風と谷の水としなかりせばみ山がくれの花を見ましや

      志賀より帰りける女どもの、花山に入りて藤の花
      のもとに立ち寄りて、帰りけるによみ ておくり
      ける                     僧正遍照
一一九 よそに見て帰らむ人に藤の花はひまつはれよ枝は折るとも

      家に藤の花の咲けりけるを、人のたちとまりて見
      けるをよめる                 躬恒
一二〇 わが宿にさける藤波立ちかへりすぎがてにのみ人の見るらむ

      題しらず                   読人しらず
一二一 今もかも咲きみほふらむ橘の小島のさきの山吹の花


一二二 春雨ににほへる色もあかなくに香さへなつかし山吹の花


一二三 山吹はあやなな咲きそ花見むと植ゑけむ君がこよひ来なくに

      吉野川のほとりに山吹の咲けりけるをよめる   貫之
一二四 吉野川岸の山吹ふく風にそこの影さへ移ろひにけり

      題しらず                   読人しらず
一二五 かはづ鳴く井出の山吹散りにけり花のさかりにあはましものを
     この歌はある人のいはく、橘清友が歌なり

      春の歌とてよめる               素性
一二六 おもふどち春の山辺にうちむれてそこともいはぬ旅寝してしが

      春のとく過ぐるをよめる            躬恒
一二七 梓弓春立ちしより年月の射るがごとくもおもほゆるかな

      弥生に鴬の声の久しう聞こえざりけるをよめる  貫之
一二八 なきとむる花しなければ鴬もはては物憂くなりぬべらなり

      弥生のつごもりがたに、山を越えけるに、山川よ
      り花の流れけるをよめる            深養父
一二九 花散れる水のまにまにとめくれば山には春もなくなりにけり

      春を惜しみてよめる              元方
一三〇 惜しめどもとどまらなくに春霞帰る道にし立ちぬと思へば

      寛平御時后宮歌合の歌             興風
一三一 声絶えず鳴けや鴬ひととせにふたたびとだに来べき春かは

      弥生のつごもりの日、花摘みより帰りける女ども
      を見てよめる                 躬恒
一三二 とどむべきものとはなしにはかなくも散る花ごとにたぐふ心か

      弥生のつごもりの日、雨の降りけるに、藤の花を
      折りて人につかはしける            業平朝臣
一三三 濡れつつぞしひて折りつる年のうちに春はいくかもあらじと思へば

      亭子院歌合の春のはての歌           躬恒
一三四 今日のみと春を思はぬ時だにも立つことやすき花のか蔭かは

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古今和歌集 巻第六 冬歌
    

              題しらず            よみ人しらず

三一四  竜田川錦織りかく神無月しぐれの雨をたてぬきにして

冬の歌とてよめる   源宗干朝臣

三一五  山里は冬ぞさびしさまさりける人めも草もかれぬと思へば

題しらず よみ人しらず

三一六  大空の月の光しきよければ影見し水ぞまづ凍ける

三一七  夕されば衣手寒しみ吉野の吉野の山にみ雪ふるらし

   三一八  今よりは継ぎて降らなむわが宿のすすきおしなみ降れる白雪

三一九  降る雪はかつぞ消ぬらしあしひきの山のたぎつせ音まさるなり

三二〇  この川にもみぢ葉流る奥山の雪げの水ぞ今まさるらし

三二一  ふる里は吉野の山し近ければひと日もみ雪降らぬ日はなし

三二二  わが宿は雪ふりしきて道もなし踏み分けてとふ人しなければ

冬の歌とてよめる        紀貫之

三二三  雪ふれば冬ごもりせる草も木も春に知られぬ花ぞ咲きける

志賀の山越にてよめる      紀秋岑

三二四  白雪のところもわかず降りしけば巖にも咲く花とこそ見れ

奈良の京にまかれりける時に、宿れりける所にてよめる

                       坂上是則

三二五  み吉野の山の白雪つもるらしふる里寒くなりまさるなり

寛平の御時、后の宮の歌合のうた 藤原興風

三二六  浦近く降り来る雪は白浪の末の松山越すかとぞ見る

壬生忠岑

三二七  み吉野の山の白雪ふみ分けて入りにし人のおとづれもせぬ

三二八  白雪の降りてつもれる山里は住む人さへや思ひ消ゆらむ

雪の降れるを見てよめる     凡河内みつね

三二九  雪ふりて人も通はぬ道なれやあとはかもなく思ひ消ゆらむ

雪の降りけるを詠みける 藤原深養父

三三〇  冬ながら空より花の散り来るは雲のあなたは春にやあるらむ

雪の木に降りかかれりけるをよめる

        つらゆき

三三一  冬ごもり思いがけぬをこの間より花と見るまで雪ぞ降りける

大和の国にまかれりける時に、雪の降りけるを見てよめる

坂上是則

三三二  朝ぼらけ有明の月と見るまでに吉野の里にふれる白雪

題しらず            よみ人しらず

三三三  消ぬがうへにまたも降りしけ春霞立ちなばみ雪まれにこそ見め

三三四  梅の花それとも見えず久方の天ぎるゆきのなべて降れれば

         この歌ある人のいはく柿本人麻呂が歌なり 梅の花に雪の降れるをよめる   小野篁朝臣

三三五  花の色は雪にまじりて見えずとも香をだに匂へ人の知るべく

雪のうちの梅の花をよめる    紀貫之

三三六  梅の香の降りおける雪にまがひせば誰かことごとわきて折らまし

雪の降りけるを見てよめる    紀友則

三三七  雪降れば木毎に花ぞ咲きにけるいずれを梅とわきて折らまし

ものへまかりける人を待ちて、師走のつごもりによめる

                       みつね

三三八 わが待たぬ年は来ぬれど冬草のかれにし人はおとづれもせず

年の果てによめる        在原元方

三三九  あらたまの年の終りになるごとに雪もわが身もふりまさりつつ

寛平の御時、后の宮の歌合のうた よみ人しらず

三四〇  雪降りて年の暮れぬる時にこそつひにもみぢぬ松も見えけれ

年の果てによめる        はるみちのつらき

三四一  昨日といひ今日と暮してあすか川流れて速き月日なりけり

歌奉れと仰せられし時に、詠みて奉れる

      紀貫之

三四二  行く年の惜しくもあるかな増鏡みる影さへにくれぬと思へば

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【次回につづく!!
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Copyright (C) 1997 Toshihiro Hamaguchi