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古典文学講座

『紫式部日記』の世界


■本文校訂・補注■  浜口俊裕

本文

■第36節■
 上達部の座は、例の東の対の西面なり。いま二所の大臣もまゐり給へり。橋の上にまゐりて、また酔ひみだれてののしり給ふ。
 折櫃物・籠物どもなど、殿の御方より、まうち君たちとりつづきてまゐれる、高欄につづけて据ゑ渡したり。立明の光の心もとなければ、四位の少将など呼び寄せて、脂燭ささせて人々は見る。内裏の台盤所に持てまゐるべきに、明日よりは御物忌とて、今夜みな、急ぎてとりはらひつ。
 宮の大夫、御簾のもとにまゐりて、「上達部、御前に召さむ」と啓し給ふ。「聞こしめしつ」とあれば、殿よりはじめたてまつりて、みなまゐり給ふ。階の東の間を上にて、東の妻戸の前までゐ給へり。女房、二重三重づつゐわたりて、御簾どもを、その間にあたりてゐ給へる人々、寄りつつ巻き上げ給ふ。
 大納言の君・宰相の君・小少将の君・宮の内侍とゐ給へるに、右の大臣よりて、御几帳のほころびひき断ちみだり給ふ。「さだすぎたり」と、つきしろふも知らず、扇を取り、たはぶれ言のはしたなきも多かり。
 大夫、土器とりて、そなたに出で給へり。「美濃山」うたひて、御遊さまばかりなれど、いとおもしろし。
 その次の間の東の柱基に、右大将(実資)よりて、衣の褄・袖口かぞへ給へる気色、人よりことなり。酔ひのまぎれをあなづりきこえ、「また、誰とかは」など思ひ侍りて、はかなきことども言ふに、いみじく戯れいまめく人よりも、げにいとはづかしげにこそおはすめりしか。盃の順の来るを、大将は怖ぢ給へど、例のことなしびの「千歳万代」にて過ぎぬ。
 左衛門の督「あなかしこ。このわたり、我が紫やさぶらふ」と、うかがひ給ふ。「源氏に似るべき人も見え給はぬに、かの上は、まいていかでものし給はむ」と、聞きゐたり。「三位の亮、土器執れ」などあるに、侍従の宰相たちて、内の大臣のおはすれば、下より出でたるを見て、大臣酔ひ泣きし給ふ。
 権中納言、すみの間の柱基に寄りて、兵部のおもとひこじろひ、聞きにくき戯れ声も、殿、のたまはず。

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