1997/88ff88/000000/0801/001


β版
古典文学講座

『紫式部日記』の世界


■本文校訂・補注■  浜口俊裕

本文

■第38節■
 いらせ給ふべきことも近うなりぬれど、人人はうち次ぎつつ心 のどかならぬに、御前には、御冊子造りいとなませ給ふとて、明 けたてばまづ向ひさぶらひて、色色の紙えりととのへて、物語の 本どもそへつつ、ところどころに、文かきくばる。かつは、綴ちあ つめしたたむるを役にて、あかしくらす。  「なぞの子もちか冷たきに、かかるわざはせさせ給ふ」 ときこえたまふものから、よき薄様ども、筆・墨など持てまゐり給 ひつつ、御硯をさへ持てまゐり給へれば、とらせ給へるを、惜しみ ののしりて、  「もののくにてむかひさぶらひて、かかるわざしいづ」 とさいなむ。されど、よき継ぎ紙・筆など給はせたり。
 つぼねに、物語の本どもとりにやりて隠しおきたるを、御前にあ るほどに、やをらおはしまいて、あさらせ給ひて、みな内侍の督の 殿にたてまつり給ひてけり。よろしう書き替へたりしは、みなひき 失なひて、心もとなき名をぞ、とり侍りけむかし。
 若宮は、御物語などせさせたまふ。内裏に心もとなくおぼし めす、ことわりなりかし。

★目次へ戻る★



[ 浜口研究室の INDEX へ戻る ]


Copyright (C) 1997 Toshihiro Hamaguchi