1998.9.16 に更新しました


南宋陶磁器 −四川省遂寧市郊外の砧青磁−

砧青磁のルーツ明らかに

 

封印された南宋陶磁展

 
淡いブルーが美しい遂
寧出土「青磁筍形瓶」



 青磁には緑と青の二系統がある。日本人は淡い青を最上とし、砧の名で愛好してきた。新宿の小田急美術館で開催中の「封印された南宋陶磁展」は、そのルーツを語る上で、見逃せない展覧会である。雨後の青空に例えられる青磁はいつ作られたのか。
 中国国内では、一二一三年に埋葬された南宋期の墓から砧青磁が発掘されている。それ以前の確実な出土例はない。浙江省の竜泉窯で初めて作られたようだ。
 今回、展示される多数の砧青磁は四川省遂寧市郊外の地下の穴で発見された。器形などから、南宋期の墓のものとはぼ同じころか、少し後に竜泉窯で作られ、一二三六年の元の侵入時に埋められた可能性が高いとされる。
 竜泉窯は元代に生産が拡大し、製品は近隣諸国へ盛んに輸出された。次第に緑色が強くなり、青の美しさは失われる。宋元代の青磁は日本に数多く伝わっているが、国宝、重文として評価が高いのは砧系である。
 青磁は鉄の呈色である。酸欠状態で窯をたくと、うわぐすりに含まれる酸化鉄が還元されてこの色になる。緑か青かは、チタンなどの微量成分の多少によるらしい。当時の職人には、人知を超えた作用だったろう。
 いつまで砧青磁が作り続けられたかははっきりしない。日本向けの荷を積んで一三二三年に韓国新安沖で沈んだ船の遺物調査報告によると、約一万点の青磁のうち、砧系は約二十点に過ぎない。この時点までわずかながら砧青磁の生産が続いていたのか。それともアンティークとして古作が輸出されたのか。研究者間でも解釈が分かれている。同展は十月四日まで。


(朝日新聞 1989.9.16 朝刊 11面 12版 より転載)





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