歌枕 \footnote{ 歌枕とは、和歌に引証される地名のこと。 }として、 \kyakuchutext{A1}{福島県白河市にあった奥州街道の関所。} \kyakuchutext{A2}{芭蕉「おくのほそ道」 萩原 恭男 校注、岩波文庫七九 (一九九一)。} \kyakuchutext{A3}{蓑笠庵 梨一「奥細道菅菰抄」(おくのほそみちすがもしょう。 文献\ref{A2}に付録として掲載)の注釈が、 典拠を明らかにしている。} \kyakuchumark{A1}白河の関は古来有名である。 ここより外は\kana{陸奥}{みちのく}として、 人々の旅情をかきたてる場所であった。 松尾芭蕉\kyakuchumark{A2}「奥の細道」 の白河(白川)の関の条には、この歌枕を読み込んだ \kyakuchumark{A3}古歌の一節がさりげなく引用されている。 \vspace{.5\baselineskip} みちのくにの白河関こえ侍りけるに \hfill \kyakuchumark{A4}平兼盛 \kyakuchutext{A4}{たいらのかねもり。\rensuji{?}〜九九〇。 平安前期の歌人。三十六歌仙の一人。従五位下駿河守。 家集に「兼盛集」がある。} \begin{verse} \kyakuchumark{A5} たよりあらばいかで都へつげやらむけふしら川の関はこえぬと \end{verse} \kyakuchutext{A5}{「拾遺集」別・三三九} \vspace{.5\baselineskip} 陸奥に修行してまかりけるに、白河の関にとまりて、 ところがらにや、常よりも月おもしろくあはれにて、 能因が「秋風ぞ吹く」と申しけむ折、いつなりけむ と思ひ出でられて、余波多くおぼえければ、 関屋の柱に書きつけける \hfill\kyakuchumark{A6}西行法師 \kyakuchutext{A6}{さいぎょうほうし。一一一八〜一一九〇。 平安時代末期の歌人。} \begin{verse} \kyakuchumark{A7}% 白河の関屋を月の洩るからに人の心をとむるなりけり \end{verse} \kyakuchutext{A7}{「山家集」。 %「新拾遺集」羇旅。 ここでは、「西行物語」桑原博史全訳注、 講談社学術文庫(一九八一)より引用。}% \vspace{.5\baselineskip} みちのくににまかりだりけるに、しら川の関にてよみ侍りける \hfill\kyakuchumark{A8}能因法師 \kyakuchutext{A8}{のういんほうし。九八八〜\rensuji{?}。 平安時代中期の歌人。三十六歌仙の一人。} \begin{verse} \kyakuchumark{A9}% 宮こをば霞とともに立ちしかど秋風ぞふくしら川の関 \end{verse} \kyakuchutext{A9}{「後拾遺集」羇旅・五一八番。} \mbox{}\hfill 左大弁親宗 \begin{verse} \kyakuchumark{B1}% もみぢばの皆紅にちりしけば名のみなりけり白川の関 \end{verse} \kyakuchutext{B1}{「千載集」秋歌下・三六四} \vspace{.5\baselineskip} \kyakuchutext{C4}{「詞歌和歌集」秋・一三〇番。}% 宇治前太政大臣、白河にて見行客といふ事をよめる \hfill 堀河右大臣 \begin{verse} \kyakuchumark{C4}% 関こゆる人に問ばやみちのくのあだちのまゆみ紅葉しにきや \end{verse} \mbox{}\hfill\kyakuchumark{B2}源頼政 %%%%%%%%%%%%%% \kyakuchutext{B2}{みなもとのよりまさ。 一一〇四一一八〇。従三位頼政。 平安時代末期の武将・歌人。 保元・平治の乱に功があった。 のち、以仁王をたてて 平家追討を企てたが敗れた。 家集に「源従三位頼政卿集」がある。} \kyakuchutext{B3}{「千載集」秋歌下・三六五} %%%%%%%%%%% \begin{verse} \kyakuchumark{B3}% 都にはまだ青葉にて見しかども紅葉散りしく白川の関 \end{verse} \vspace{.5\baselineskip} 白川院鳥羽殿におわしましける時、をのこども歌合し侍りけるに、\\ 卯花をよめる \hfill 藤原季通朝臣 \begin{verse} \kyakuchumark{C1}% \kyakuchutext{C1}{「千載集」夏歌・一四二}% 見て過ぐる人しなければ卯花のさける垣ねや白川の関 \end{verse} \vspace{.5\baselineskip} 羇中歳暮といへる心をよめる \hfill 僧都印性 \begin{verse} \kyakuchumark{C2}% \kyakuchutext{C2}{「千載集」羇旅歌・五四三}% 東路も年も末にやなりぬらむ雪ふりにける白川の関 \end{verse} \mbox{} \hfill 後久我太政大臣通光 \begin{verse} \kyakuchumark{C3}% \kyakuchutext{C3}{「夫木集」巻十一}% 白河の関の秋とは聞きしかど初雪わくる山のべの道 \end{verse} \vspace{.5\baselineskip} 芭蕉は、白河の関を訪ねたが、この歌枕を前にして、 不思議なことに俳句を残していない。 弟子の曽良の句を「奥の細道」に書き留めている。 \vspace{.5\baselineskip} \begin{verse} 卯の花をかざしに関の晴着かな \end{verse}