似非漢文

Asobi

〜自學生時至退職時之手慰〜


*折々の感慨を【漢文訓讀調】で表し、其れを【復文】した文であり、漢文とは全く似て非なる【駄文】の手慰に過ぎないが、普段から漢文の訓讀をしていると、特段習わなくてもこの程度の【短い似非漢文】は自ずと書ける様になる。

     目 次      

   1、中國文學科之歌(昭和四十四年)

   2、春宮圖畫賛(平成五年)

   3、怠惰之嘆(平成十六年)

   4、學可以傳矣(平成二十九年)

   5、惜 別 辭(退泮宮表謝辭)(令和元年)

   6、寄微意爲祝詞(令和元年)

  

 中國文學科之歌(昭和四十四年、19歳)

 大東の中國文學科に入學して漢文を學び、ほぼ十ヶ月後の昭和44年12月に、國分青拷・の「学院歌」を真似て、何か作ってみようと言う若氣の至りで、貧しい漢文の知識を驅使して、學科の有志と作った、八言五句の歌らしきものである。十九歳當時の拙い漢文である。

 

  安在乎咲青桐之華 安くに在りてか咲かん青桐の花 (何処かで咲いている青桐の花)

  吾輩播揚鳳梧之年 吾輩は播揚せん鳳梧の年 (我らが施かん鳳梧の実)

  仁義禮智信大東心 仁義禮智信は大東の心 (仁義禮智信は大東の心)

  鳴呼中文嗟乎大東 鳴呼中文嗟乎大東 (ああ中文ああ大東)

  仁道一Y於我前途 仁道一ら我が前途にYかん (仁道一Y我が前途に) 

                                                             己酉季冬 識於黄虎洞                               

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 春宮圖畫賛(平成五年、43歳)

 壯年時、外地に於いて民國時代の肉筆春宮圖を入手し、漢文を書かざること既に20年であったが、嬉しさのあまり思わず圖の餘白に書き記した畫賛で、誠に慚愧慚愧に堪えない、不惑時代の駄文である。

 

此畫爲民國初年作。君子掩目、俗人刮目。唯風流士秘隱、未盡傳江湖。

故在於伺世情所存、當爲貴貨矣。

余偶得之臺北佳才人、仍掲之壁間坐臥其下、玩笑珍納、載悦載ト、以慰無聊。

是何僥倖之甚也。樓折花人笑曰、人品雖異、人慾是同。

鳴呼不偽哉、斯言也。乃知天壌之所降賜、誠有~品之妙作也。

顧念先師且猶好之、而況吾生乎。縱世人侮蔑而詆誹、我敢尚賞鑑。

苟無覩瞻、誰不言愧於天意乎。

賛曰、蓮池柳塘春風至、舟帳燕侶轉深沈。

癸酉季秋 雲州後學、林史朗、識於黄虎洞

【訓讀】

此の畫は民國初年の作爲り。君子は目を掩ひ、俗人は目を刮く。唯だ風流の士のみ秘隱し、未だ盡くは江湖に傳はらず。

故に世情の存する所を伺ふに在りては、當に貴貨と爲すべし。

余偶々之を臺北の佳才の人に得、仍りて之を壁間に掲げ其の下に坐臥し、玩笑珍納、載ち悦び載ちトみ、以て無聊を慰む。

是れ何ぞ僥倖の甚しきや。樓折花の人笑ひて曰く、「人品は異なると雖も、人慾は是れ同じ」と。

鳴呼〈ああ〉偽りならざるかな、斯の言や。乃ち天壌の降賜する所、誠に~品の妙作有るを知るなり。

顧念ふに先師すら且つ猶ほ之を好めり、而るを況んや吾生をや。縱ひ世人侮蔑して詆誹するとも、我敢て尚ほ賞鑑せん。

苟しくも覩瞻すること無からば、誰か天意に愧づと言はざらんや。

賛に曰く、蓮池柳塘春風至り、舟帳の燕侶は轉た深沈。

癸酉季秋 雲州の後學、林史朗、黄虎洞に識す

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 怠惰之嘆(平成十六年、54歳)

 何時しか中年となり、諸事多忙の中に在って、己の怠惰さを嘆息し、徒然なるままに書き殴った駄文である。

 

愚乎哉吾也、接漢土之文而來、孜孜乎以日接夜、無暑寒不樂、將垂耳順

雖然、自非有得於心者、何悦之有。

先師之罵、賢友之叱、則以恐懼自責爲己性矣。

加之雜事俗情、日來月襲、動不暇開卷也。

將亦我是凡夫惰士、氣萎心厭難奈何而唯保病躯耳。老心何事轉凄然矣。

噫、衰乎。嗟呼、老也夫。志蓋氣、今安在。豈不悲哉。

甲申季秋 識於黄虎洞

【訓讀】

愚なるかな吾や、漢土の文に接して而來、孜孜乎として日を以て夜に接ぎ、暑寒として樂まざるは無く、將に耳順に垂とせんとす。

然りと雖も、心に得る者有るに非ざるよりは、何の悦か之れ有らん。

先師之れ罵り、賢友之れ叱れば、則ち恐懼自責を以て己が性と爲す。

加之〈しかのみならず〉雜事俗情日々來たり月々襲ひ、動もすれば卷を開くに暇あらざるなり。

將〈はた〉亦た我は是れ凡夫惰士、氣萎へ心厭ひ奈何ともし難くして唯だ病躯を保つのみ。老心何事か轉た凄然。

噫〈ああ〉、衰しいかな。嗟呼〈ああ〉、老いたるかな。志蓋氣、今安くにか在らん。豈に悲しからずや。

甲申季秋 黄虎洞に識す

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 學可以傳矣(平成二十九年、67歳)

 最晩年、定年を數年後に控え、大東で先師から罵倒され、物を投げつけられて、叩き込まれて來た訓讀技術を、何とか後進に傳えんと思い、書き殴った駄文である。

 

今將垂從心。故欲述吾意於後進矣。先師雖知我愚才菲力、而寄我以該餘也。

以來懼傷先師學恩之明、以思日孜孜、爾來三十年矣。

今雖人員不足、而後進已育。以宜傳後代也。 

嗚呼大東漢學、其傳兮、其託兮。

丁酉初春 識於黄虎洞

【訓讀】

今將に從心に垂とす。故に吾が意を後進に述べんと欲す。先師は我が愚才菲力を知ると雖も、而れども我に寄するに該餘を以てす。

以來先師學恩の明を傷つけんことを懼れ、以て日々孜孜たるを思ひ、爾來三十年。

今人員足らずと雖も、而れども後進已に育す。以て宜しく後代に傳ふべきなり。 

嗚呼〈ああ〉大東漢學、其れ傳へん、其れ託さん。

丁酉初春 黄虎洞に識す

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 退泮宮表謝辭(令和元年、69歳)

 定年一年前に當り、四十五年に及ぶ大學教員生活を無事に終えたら、気儘な放蕩生活をと考えていたが、引き續き漢文を讀む場を與へられ、思わず筆に任せて書き連ねた駄文である。

 

【惜 別 (退泮宮表謝辭)

          

我駑才駄馬、縦令喰萬里糧而不能行一里也。猥以庸薄凡劣、深汚學徒末席。

迄今五十餘年、束脩無稱、卓鑒不内朗。統御無績、風任不外舒。加之幽根未蟠結、孤株將危絶。

固知才弱不可自彊、力微難以企及。如才行過汚文質無廉何。

嗟夫、才力是匱、何コ何能之有。

 

自非器揚同輩以抽榮於岱嶽、用同先人而振潁於荊峯、何以延足於儒林、挿手乎文苑。

是以雖纔冀垂冬日之温盡秋霜之戒、而此亦遂不能果矣。然則唯有耕山釣川之志耳。

 

俚諺云、巍巍焉秀峰棲一枝蜉蝣、洋洋乎大川浮一葦螘蟻。先期則風和雨暖、臨時而日朗月耀。

善哉、善哉。蜉蝣又一生、螘蟻又一生。風雨日月下、吾生亦一生。

若逢陽春至、秋葉再吐緑。況天地四海、無何處非我屋乎。

 

不自意、今一日垂乾坤之仁輒被信璽、茲二日降雲雨之潤廼賜殊寵。

タタ惶惶、日夜來襲我、戰戰慄慄、心氣無攸綏。就中存亡日鑒、成敗月陳。

雖心有慟天哭地之恐懼、而尚身存鞭驢叱狗之答酬矣。

 

人咸知鏡其貌而莫能照其身。既軼從心、未不踰矩。顧影慙形、流汗反側。

進匪顧己身、止無悟我才、不遜莫大於是矣。

 

雖然潛氣於洞庭而標一善足以驗風流、擬心乎泰山而存小讓足以弘進止。

聞道、身與煙消、名與風興、形可以暴、志不可凌。

今以鄙陋草身、將詠狂骨孑歩。故敢言、遠愧南董、邇謝馬班。

夜カ自大之言、欲嘲嗤則嘲嗤、欲罵詈則罵詈、云爾。

 

辭曰、

眼中無人兮胸底有矜兮、脳奧無耻兮姿態有俠兮、

白首浪虎喚風嘯月、高踏獨歩横行天下。

嗚呼、大東漢學邪、琢玉成器、亦勿違於昔談。

嗟夫、大東訓讀歟、振條響樹、將無絶乎千載。

勿兮勿兮、勿違乎、當勿違焉。

無兮無兮、無絶乎、應無絶焉。

己亥仲夏 識於黄虎洞

【訓讀】

我は駑才駄馬、縦令ひ萬里の糧を喰へども一里も行くこと能はざるなり。猥りに庸薄凡劣を以て、深く學徒の末席を汚す。

今に迄ぶまで五十餘年、束脩稱すること無く、卓鑒内に朗かならず。統御績無く、風任外に舒びず。加之〈しかのみならず〉幽根未だ蟠結せず、孤株將に危絶せんとす。

固より才弱く自彊す可からず、力微に以て企及し難きを知る。才行汚に過ぎ文質廉無きを如何せん。

嗟夫〈ああ〉、才力是れ匱し、何のコ何の能か之れ有らん。

 

器をば同輩に揚げ以て榮を岱嶽に抽き、用をば先人に同じくして潁を荊峯に振ふに非ざるよりは、何を以てか足を儒林に延ばし、手を文苑に挿まん。

是を以て纔に冬日の温を垂れ秋霜の戒を盡すを冀ふと雖も、而れども此れ亦た遂に果すこと能はず。然らば則ち唯だ耕山釣川の志有るのみ。

 

俚諺に云ふ、「巍巍焉たる秀峰は一枝の蜉蝣を棲まわせ、洋洋乎たる大川は一葦の螘蟻を浮ぶ期に先だちては則ち風和らぎ雨暖かに、時に臨みては而ち日朗らかに月耀く」と。

善きかな、善きかな。蜉蝣は又一生、螘蟻は又一生。風雨日月の下、吾生も亦た一生。

若し陽春の至るに逢はば、秋葉も再び緑を吐かん。況んや天地四海、何處として我が屋に非ざること無きをや。

 

自らは意はざりき、今一日乾坤の仁を垂れて輒ち信璽を被り、茲に二日雲雨の潤を降されて廼ち殊寵を賜ふとは。

タタ惶惶、日夜來たりて我を襲ひ、戰戰慄慄、心氣綏まる攸無し。就中〈なかんづく〉存亡日々鑒し、成敗月々陳ぬ。

故に心は慟天哭地の恐懼有りと雖も、而れども尚ほ身は鞭驢叱狗の答酬を存す。

 

人は咸其の貌を鏡すを知れども能く其の身を照らすこと莫し。既に從心を軼ぐれども、未だ矩を踰ゑずんばあらず。影を顧て形に慙じ、流汗反側す。

進みて己が身を顧るに匪ず、止まりて我が才を悟ること無きは、不遜是より大なる莫し。

 

然りと雖も氣を洞庭に潛ませて一善以て風流を驗するに足るを標し、心を泰山に擬して小讓以て進止を弘むるに足るを存せん。

聞道〈きくならく〉、「身は煙と與に消ゆるも、名は風と與に興り、形は以て暴す可きも、志は凌ぐ可からず」と。

今鄙陋の草身を以て、將に狂骨の孑歩を詠はんとす。故に敢て言はん、遠きは南・董に愧ぢ、邇きは馬・班に謝す、と。

夜カ自大の言、嘲嗤せんと欲さば則ち嘲嗤せよ、罵詈せんと欲さば則ち罵詈せよと、云爾〈しかいふ〉。

 

辭に曰く、

眼中人無く胸底矜有り、脳奧耻無く姿態俠有り、

白首の浪虎は風を喚び月に嘯き、高踏獨歩天下に横行せん。

嗚呼〈ああ〉、大東漢學よ、玉を琢きて器を成し、亦た昔談に違ふこと勿れ。

嗟夫〈ああ〉、大東訓讀よ、條を振ひて樹を響らし、將〈はた〉千載に絶ゆること無からん。

勿からん勿からん、違ふこと勿からんか、當に違ふこと勿かるべし。

無からん無からん、絶ゆること無からんか、應に絶ゆること無かるべし。

己亥仲夏 黄虎洞に識す

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 寄微意爲祝詞(令和元年、69歳)

 定年半年前に當り、後輩の永塚憲治氏が粉骨詳譯の勞書(全譯『素女妙論』)を上梓され、一本を獻呈して頂いた。長年に渉る氏の地道な調査を熟知してはいたが、一般的に内容が些か憚られた爲であろうか、寔に殘念な事ではあるが、本譯書には氏の名前等一切無く、將に「讀み人知らず」の譯書である。將來氏姓を明示した一本を以て、再度世に問はれん事を、希求して已まないものである。何か嬉しくも有り、寂しくも有り、複雜な思いで寄せた駄文である。

讀素女妙論序

去今數歳、永兄 以本書草稿遊敝室黄虎洞、破顔一笑、默而不語、唯示余曰、何若。

余一見輕讀再覩味讀、深有得情於胸底也。然而嘆曰、可以供博雅士矣。

永兄曰、未也、待訂疑他日焉。然不知有刻梓書肆否。

 

約期而來、永兄 東奔西走南征北赴、孜孜矻矻以夜繼日、求遺探殘補缺訂疑、無一日不開卷執筆矣。

覧墳典渉獵四庫、訓以積年之學、譯執醫藥之識、註用經子之語也。

今當己亥鼎革八方雲擾、令和抜錨四海風紊、茲書成付梓、將以問江湖。

噫嘻、欣快莫大焉。悦也夫、嬉乎哉。

 

雖然、遂無見兄名何也。從首卷至尾葉、於何處亦不能求兄名也。

於是毎開卷、未嘗不悲嘆痛恨。將可使誰知兄勞苦乎。

蓋兄恐禍追名而起焉。余以爲、禍是一時、名是一世、何足恐乎。

苟云穿衣吃飯是物理、即自龍遊鳳舞亦人倫也。陰陽之間、唯有温與柔爾。

 

宜乎、人也。情與理相反、心欲金蓮而口稱孔孟矣。

故余敢問、高尚雅典與風流秘策、孰正、孰邪乎。

素女對曰、温柔樂事、無有正邪。神龍未迎降、不能忘昇天也。

其言也善矣。余既垂從心、閨房之道、不語也久矣。將洗眼拜讀、以充暇閑。

 

花郎子笑曰、不然、不然。有情無情、鴛鴦蝴蝶、探花世界。抽劍斷情情更深、擧杯論義義更重。

余仰天嗟歎曰、唉呀是嘍、唉呀是囉。勿話無言、在人間已是癲、無如温柔同眠。

茲寄衷心情感以爲祝詞微意。

 

己亥初秋 扶桑後學雲州浮遊人林史朗士雲甫 識於黄虎洞

【訓讀】

讀素女妙論序

今を去ること數歳、永兄 本書の草稿を以て敝室黄虎洞に遊び、破顔一笑、默して語らず、唯だ余に示すのみにて曰く、「何若」と。

余一見輕讀再覩味讀、深く情を胸底に得る有り。然り而して嘆じて曰く、「以て博雅の士に供す可し」と。

永兄曰く、「未だしなり、訂疑の他日を待たん。然れども刻梓の書肆有るや否やを知らず」と。

 

期を約してより而來〈このかた〉、永兄 東奔西走南征北赴、孜孜矻矻夜を以て日に繼ぎ、遺を求め殘を探し缺を補ひ疑を訂し、一日として卷を開き筆を執らざるは無し。

墳典を博覧し四庫に渉獵し、訓ずるに積年の學を以てし、譯するに醫藥の識を執り、註するに經子の語を用ふるなり。

己亥の鼎革八方雲擾し、令和の抜錨四海風紊するに當り、茲に書成り梓に付し、將に以て江湖に問はんとす。

噫嘻〈ああ〉、欣快焉より大なるは莫し。悦ばしきかな、嬉しきかな。

 

然りと雖も、遂に兄が名を見ること無きは何ぞや。首卷より尾葉に至まで、何處に於いても亦た兄が名を求むること能はざるなり。

是に於て卷を開く毎に、未だ嘗て悲嘆痛恨せずんばあらず。將〈はた〉誰をして兄が勞苦を知らしむ可けんや。

蓋し兄は「禍は名を追ひて起る」を恐れしならん。余以爲らく、「禍は是れ一時、名は是れ一世、何ぞ恐るるに足らんや」と。

苟くも穿衣吃飯は是れ物の理と云はば、即ち自ら龍遊鳳舞は亦た人の倫なり。陰陽の間、唯だ温と柔と有るのみ。

  

宜なるかな、人や。情と理と相反し、心は金蓮を欲すれども口は孔孟を稱すこと。

故に余敢へて問はん、「高尚雅典と風流秘策と、孰れか正なる、孰れか邪なるか」と。

素女對へて曰く、「温柔の樂事、正邪有ること無し。神龍未だ迎降せざれば、昇天を忘るること能はざるなり」と。

其の言や善し。余既に從心に垂とし、閨房の道、語らざるや久し。將に洗眼拜讀し、以て暇閑に充てんとす。

 

花郎子笑ひて曰く、「然らず、然らず。有情無情、鴛鴦蝴蝶は、探花の世界。劍を抽き情を斷ずれば情更に深く、杯を擧げて義を論ずれば義更に重し」と。

余天を仰ぎ嗟歎して曰く、「唉や是れ嘍、唉や呀是れ囉。話すこと勿かれ言ふこと無かれ、人間に在りては已に是れ癲、温柔同眠するに如くは無し」と。

茲に衷心の情感を寄せ以て祝詞の微意と爲さん。

 

己亥初秋 扶桑の後學雲州の浮遊人林史朗士雲甫 黄虎洞に識す

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