中國文學科の沿革

History of Chinology Course

  《中國古典學を對象とした日本で唯一の総合學科》

 中國學科の歴史は、大東文化大學の歴史と軌を一に致します。

 なぜなら、大東文化大學自體が、衆議院の「漢學振興に關する建議案」に基づき、大正十三年に設置された、漢學振興と東西文化の融合を目的とする大東文化學院から始まるからです。

大正十三年(1924)一月二十八日
 大東文化學院開校式(本科三年・高等科三年・研究科一年)

昭和七年(1932)
 本學院の學院旗と學院歌を制定。
 學院歌は、漢詩壇の重鎮にして本學院教授でもあった國分青拷・に因って作詩。
  天孫肇國奉天猷(天孫國を肇め天猷を奉じ)
  仁徳深霑瑞穂洲(仁徳深く霑す瑞穂の洲)
  儒學萃精皇道美(儒學萃精し皇道美しく)
  君臣大義自千秋(君臣の大義自ら千秋)

昭和十三年(1938)
 本科を修身漢文科・國語漢文科・東亜政經科に改正。

昭和二十一年(1946)
 修身漢文科を漢文科に變更。

昭和二十五年(1950)
 新制大學移行に伴い、漢文科を中國文學科に變更。

昭和三十年(1955)
 中國文學専攻科設置。

昭和三十九年(1964)
 大學院文学研究科中國學専攻修士課程設置。

昭和四十二年(1967)
 大學院文学研究科中國學専攻博士課程設置。

平成十七年(2005)
 中國文學科を中國學科に變更。

平成二十二年(2010)
 中國學科のカリキュラムを變更、分かり易さと基礎學力のアップを目指し、一年時必修の「『論語』基礎」や二年時必修の「中國文學基礎演習」「中國哲學基礎演習」「中國史學基礎演習」「中國語基礎演習」等々、一〜二年時の必修科目を増置。

平成二十九年(2017)
 中國學科を中國文學科(昭和二十五年以來の舊稱)に名稱變更。

 中國文學科のカリキュラムを、創立以來の漢文讀解を基とした、中國哲學(含、『史通』・『文史通義』等史論文献)と中國文學(含、『十八史略』や『史記』等歴史文獻)中心の内容に變更。
 基礎學力のアップを目指し、一年時必修の「中國文學基礎演習T(唐詩)」「中國哲學基礎演習T(論語)」や二年時必修の「中國文學基礎演習U(十八史略)」「中國哲學基礎演習U(孟子)」等々、一〜二年時の必修科目内容を明確化し、三年時は文學講讀・哲學講讀・文學講義・哲學講義等をメインとする。

 

 以上が、本學科の簡單な沿革です。一見して分かると思いますが、本學科の基本は、學科創立時より明白に示されています。それは中國學の総合學科だと言う事です。一分野(例えば、文學とか思想とか)のみを研究するのではなく、文學(含、歴史文献)・思想(含、歴史文献)は當然の事として、更に藝術(書道を中心に繪畫・陶磁器等)・書誌學(文獻學)・大衆娯樂(武侠映畫等)・中國語及び日本儒學・漢詩文までを、総合的に研究する學科なのです。

 因って、嘗てはその漢文訓讀力の實力に基づき、「西の京都支那學・東の大東漢學」 と稱されていた時期も有りました。

 故に敢て言えば、本學科は、

《日本で唯一無比の中國古典総合學科》

です。この中國古典學の総合學科たる本學科の基本理念は、學科創立以來の傳統であり、この傳統(中國古典に對する幅廣い知識の獲得)と漢文訓讀の技術力は、將來に向けて更に繼承發展される可きものです。

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