中 國 文 學 科 の沿革簡史

History of Chinology Course

  《中國古典學を對象とした日本で唯一の総合學科》

中國文學科》の歴史は、大東文化大學の歴史と軌を一に致します

 何故なら、大東文化大學自體が、衆議院の「漢學振興に關する建議案」に基づき、大正十二年に設置認可され同十三年に開學した、漢學振興と東西文化の融合を目的とする漢學専門學校、所謂「大東文化學院」から始まるからです。

 大正七年の原内閣に於いて木下成太郎氏が「東洋學藝の振興策」を建言し、同十年に「漢學振興に關する建義案」が上程されて満場一致の賛同を得ました。他方、同十二年二月に、この建義案に對する推進團體として民間有識者を中心に國庫補助を受けた財團法人「大東文化協會」が設立されます。その協會規約第一条二項に「大東文化學院を設立維持する」が明記され、更に機關誌『大東文化』の發行や全國各地での講演會等々が行われ、同十二年九月に「大東文化學院」(當時の金額で年額十五萬圓と言う高額な政府補助の國費が、大正十二年から昭和五年まで、七萬圓が昭和六年から同十年まで投入され、因って、學院則第九章第三十七条に、「入學料及び授業料は之を徴収せず」と明記されているが如く、官費給付の官立専門學校として出發しているが、昭和六年からは授業料を徴収)の設立が認可されるのです。

 

大正十三年(1924)一月二十八日

☆大東文化學院開校式(本科三年・高等科三年・研究科一年)

   【學院総長 平沼騏一郎氏の始業式訓示

 

昭和七年(1932)

本學院の學院旗と學院歌を制定。
 學院歌は、七言絶句。(漢詩壇の重鎮にして本學院教授でもあった國分青拷・の作詩)

 

昭和七年(1932)〜昭和十九年(1944)

☆本學院の在學生・卒業生五十名前後が、諸橋徹次著『大漢和辭典』の編集委員として、語彙カードの制作・分類、原本の加筆・訂正、原稿の清書等々の作業に參畫し、その漢文能力の高さを發揮。(川又武・福田福一郎・山田修次・小川貫道・大島宇一・鵜川茂・池谷忠寛・佐々木新二郎・渡部実一・伊藤弥太郎・川浦玄智・伊阪惠光・大石新太郎・真下保爾・渡部正宜・高辻長吉・池田末利・宮地宗忠・柄沢井・山村敏夫・福地征太郎・森忠清・野間顕範・遠藤喜美治・中村連之輔・池谷忠寛・西田清・岩田茂・原田種成・石川梅次郎・石塚謙三・真田但馬・津下正章・須羽源一・唐沢勉三・久保繁實・梶原寿夫・河西一雄・原田誠・小泉恒次郎・中村藤四郎・藤田喜三郎・飯沼喜八郎・富樫邦男・丹野巌・青山栄太郎・青山甚吉、等々)

 

昭和十三年(1938)

☆本科を修身漢文科(一部)・國語漢文科(二部)・東亜政經科(三部)に改正。

 

昭和十九年(1944)

☆學校名を大東文化學院専門學校に、本科修身漢文科(一部)を皇學漢文科變更。

 

昭和二十一年(1946)

本科皇學漢文科(一部)を漢文科に、東亜政經科(三部)政經科に變更。

 

私的獨言・・・己が訓讀力の低さを内省する時、學院時代の諸先輩達に對しては、正に恐懼の念しか持ち得ない。

 

以上が學院(専門學校)時代で、以下が新制大學時代

 

昭和二十二年(1947)

☆戰後の学校教育法制定に基づく學制改革に伴い、専門學校「大東文化學院」の新制大學昇格を圖る。

 

昭和二十三年(1948)

☆新制大學「東京文政大學」設置認定申請を行ふ。

 

昭和二十四年(1949)

☆新制大學「東京文政大學」として改稱再出發。

 

昭和二十五年(1950)

新制大學移行に伴い、漢文科を中國文學科(現在名)に變更(國語漢文科は日本文學科に、政經科は經濟學科に)

 

昭和二十六年(1951)

☆大學名を「文政大學」と改稱。

 

昭和二十八年(1953)

☆大學名を「大東文化大學」とし、法人名を「學校法人大東文化大學」と改稱。

 

昭和三十年(1955)

☆中國文學専攻科設置。

 

昭和三十三年十月(1958)

☆「漢學會」設立。(學會誌『漢學會誌』一號を發刊)

   【漢學會會長 高田眞治教授祝發刊辭

 

昭和三十五年(1960)

☆法人名を「大東文化學園」に改稱

 

昭和三十九年(1964)

☆大學院文学研究科中國學専攻修士課程設置。

 

昭和四十二年(1967)

大學院文学研究科中國學専攻博士課程設置。

私的獨言・・・昭和50年代頃までは、學院時代の殘滓・殘影がまだ若干有った様に思われる。

 

私的獨言・・・平成10年以後は、漢學から中國學へと何か學問の質的變化に翻弄され出した様に思われる。

平成十七年(2005)

中國文學科を中國學科に變更。

 中國學科のカリキュラムを、文・史・哲を中心に、中國語・書道等を含んだ、中國古典學の総合的カリキュラムとした。

 

私的獨言・・・平成20年以後は、大學に於ける中國學の存在意義を模索する時代に入った様に思われる。

平成二十二年(2010)

☆中國學科のカリキュラムを變更。

 分かり易さと基礎學力のアップを目指し、一年時必修の「『論語』基礎」や二年時必修の「中國文學基礎演習」「中國哲學基礎演習」「中國史學基礎演習」「中國語基礎演習」等々、一〜二年時の必修科目を増置。

 

平成二十九年(2017)

中國學科を中國文學科(昭和二十五年以來の舊稱)に名稱變更。

 中國文學科のカリキュラムを、創立以來の漢文讀解を基とした、中國哲學(含、『史通』・『文史通義』等史論文献)と中國文學(含、『十八史略』や『史記』等歴史文獻)中心の内容に變更。
 基礎學力のアップを目指し、一年時必修の「漢文入門(訓讀技術)」「中國文學基礎演習T(唐詩)」「中國哲學基礎演習T(論語)」や二年時必修の「中國文學基礎演習U(十八史略)」「中國哲學基礎演習U(孟子)」等々、一〜二年時の必修科目内容を明確化し、三年時は文學講讀・哲學講讀・文學講義・哲學講義等をメインとする。

私的獨言・・・平成30年以後は、中國學自體の生き殘りを内省する時代に入った様に思われる。

 

 以上が、本學科の簡單な沿革です。一見して分かると思いますが、改革と模索を繰り返しながらも、一貫して變らぬ本學科の基本は、學院創立時より明白に示されています。それは中國古典學の総合學科だと言う事です。一分野(例えば、文學とか思想とか)のみを研究するのではなく、文學(含、歴史文献)・思想(含、歴史文献)は當然の事として、更に藝術(書道を中心に繪畫・陶磁器等)・書誌學(文獻學)・大衆娯樂(武侠映畫等)・中國語及び日本儒學・漢詩文までを、総合的に研究する學科なのです。

 因って、嘗ては學院時代の漢文訓讀力の實力に基づき、「西の京都支那學・東の大東漢學」 と喧傳(「昔談に違ふこと勿かれ、千載に絶ゆること無かれ」と思うのは筆者一人のノスタルジック的感傷でしょうか、・・・)されていた時期も有りました。

 故に敢て言えば、本學科は、

《日本で唯一無比の中國古典総合學科》

です。この中國古典學の総合學科たる本學科の基本理念(漢學の振興)は、學科創立以來の傳統であり、この傳統(中國古典に對する幅廣い知識と漢文訓讀の高度な技術力の獲得)は、將來に向けて更に繼承發展される可きものです。

 尚、令和元年(2019)以降も數年間或いは十數年以上に渉り、實際に學科の専門(古典的中國關係)科目を擔當し、漢學としての傳統を守りつつ、中國學の苛酷な生き殘りの戰場に立ち續けるのは、六人の中國文學科専任教員です。

   平成31年初春

                                            於黄虎洞

*上記文章は、『大東文化大学五十年史』『同七十年史』等、既に公開されている大學の公的資料の記載内容に基づき、筆者の感慨と傳聞を若干加味して、簡便に纏めたものである。

【文責、中林】

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以下參考

(但し、筆者が知り得た限りに於いてであり、識者の御指教を賜りたい)

《黄虎洞所蔵學院關係者の著作の一部》

尚、以下の書籍(但し、斜体文字以外)は、全て「大東文化大學歴史資料館」に寄贈済み。

(中村館長より直筆の受領書を拜受、深謝に堪えず)

 

《學院時代(1924〜1949)に本學の教壇で教えられた諸先生方の著作の一部》

*學院(専門学校)時代に於ける漢文の専門的能力の高さは、單に「時代の違い」「教員・學生の質の違い」の一言を以て決して語る可きでない事を、以下の諸資料が端的に示している、と言えよう。

*かく有るならば、創立百周年(新制大としては74年)に向けて、教員も學生自身も今一度真摯に、「大東漢學」とは、「大東訓讀」とは、そして「本學科」とはと心に内省す可き、漢文存在自體の當否が檢討される、實に峻厳の時期に差し掛かっている様に思われる。

名前の後の括弧は、先生各位の主たる専門内容である

 

1、古城坦堂(貞吉)先生(漢学)・・支那文学史・肥後文献叢書第6巻

2、松平天行(康国)先生(漢学)・・正續文章軌範國字解

3、瀧川君山(亀太郎)先生(漢学)・・訂正増補支那史・審定十八史略鈔・纂標論語集註・纂標御注孝經

4、市村器堂(讚次郎)先生(東洋史)・・訂正増補支那史・支那史要附圖

5、中山久四郎先生(東洋史)・・経子解題

6、池田蘆洲(四郎次郎)先生(漢学)・・蘆洲遺稿・標註十八史略

7、牧野藻洲(謙次郎)先生(漢学)・・寧静齋文存・日本漢学史

8、内田遠湖(周平)先生(漢学)・・遠湖小品

9、小柳読我(司氣太)先生(漢学)・・老子新釋

10、安井朴堂(小太郎)先生(漢学)・・曳尾集・朴堂遺稿・経学門径

11、川合槃山(孝太郎)先生(漢学)・・韓非子三家注に就いて(東洋文化95)・漢隷の書四種(大東文化7)

12、山田濟齋(準)先生(漢学)・・濟齋詩鈔

13、細田剣堂(謙蔵)先生(書道、漢字)・・剣堂先生古稀寿言・書道原義

14、高於菟三先生(漢学)・・漢文作法要義

15、石田東陵(羊一郎)先生(漢学)・・老子王弼注刊誤

16、遠藤巣園(隆吉)先生(社会学)・・易経経文講義

17、加藤二水(繁)先生(東洋史)・・支那經済史概説

18、近藤正治先生(漢学)・・古文真寶新釋

19、内野台嶺先生(漢学)・・四書通論

20、岡田劍西(正之)先生(漢学)・・近江奈良朝の漢文学

21、服部宇之吉先生(漢学)・・清国通考

22、島田鈞一先生(漢学)・・全訳文章軌範新釈・春秋左氏伝新講

23、川崎克堂(克)先生(書道、漢字)・・日本趣味を行く

24、高塚竹堂(錠二)先生(書道、仮名)・・中等新書 鑒 教授資料

25、平野紫陽(彦次カ)先生(漢学)・・唐詩選研究・補遺

26、岡井慎吾先生(漢学)・・日本漢字学史

27、加藤維軒(常賢)先生(漢学)・・老子原義の研究

28、藤塚素軒(鄰)先生(漢学)・・論語総説・論語味読

29、國分青香i高胤)先生(漢詩)・・青克国カ

30、松本如石(洪)先生(漢学)・・支那常平倉沿革考

31、内堀維文先生(中国語)・・内堀維文遺稿並傳

32、久保天随(得二)先生(漢詩)・・秋碧欽盧詩鈔

33、飯島穆堂(忠夫)先生(東洋史)・・支那古代史と天文学

34、井上巽軒(哲次郎)先生(漢学)・・巽軒詩鈔・日本朱子学派・古学派・陽明学派之哲学

35、鹽谷節山(温)先生(漢学)・・節山先生詩文鈔

36、加藤天淵(虎之亮)先生(漢学)・・天淵文詩

37、川田雪山(瑞穂)先生(漢学)・・雪山存稿

38、諸橋止軒(轍次)先生(漢学)・・止軒詩草

39、土屋竹雨(久泰)先生(漢詩)・・猗盧詩稿

40、那智惇齋(左典)先生(漢学)・・惇齋詩稿

41、頼 楳香i成一)先生(日本漢文)・・近古史談鈔

42、石崎篁園政)先生(漢学)・・玉芳文鈔

43、宮原民平先生(中国語)・・支那の秘密結社

44、原 富男先生(漢学)・・中国思想源流の考察

45、木崎好尚(愛吉)先生(日本漢文)・・頼山陽の人と思想

46、高田陶軒(真治)先生(漢学)・・陶軒詩鈔・支那思想の展開

47、宇野澄江(哲人)先生(漢学)・・支那哲学史講話・支那哲学の研究

48、西村天囚(時彦)先生(漢学)・・尾張敬公

49、金子槇園(元臣)先生(国文学)・・和漢朗詠集新釈

50、中山有信(博道)先生(剣道)・・剣道手引草

51、平沼鶴峰(淑郎)先生(経済学)・・近世寺院門前町の研究

52、鵜沢春総明)先生(法学)・・法律哲学

53、中村進午先生(法学)・・法学通論

54、清水 澄先生(法学)・・日本行政法大意

55、渡 俊治先生(中国語)・・儒家小誌

56、佐藤仁之助先生(日本思想)・・漢字音韻提要

57、岩橋遵成先生(日本思想)・・日本儒教概説

58、今井彦三郎先生(国文学)・・小渦集

59、吉田静致先生(倫理学)・・国民道徳要領

60、樋口銅牛(勇夫)先生(文字学)・・漢字雜話

61、前川三郎先生(漢学)・・宋朝史論

62、佐久 節先生(漢学)・・唐詩選新釈

63、神田喜一カ先生(漢学)・・敦煌学五十年

64、深作安文先生(日本思想)・・外来思想と我が国民道徳

65、三潴信三先生(法学)・・近世法学通論

66、森  茂先生(中国語)・・金城鉄壁

67、和田 清先生(東洋史)・・中国地方自治発達史

68、白鳥 清先生(東洋史)・・古代支那人の民間信仰

69、北 ヤ吉先生(哲学)・・妥当性の哲学

70、包 翰華先生(中国語)・・日満会話

71、藤澤親雄先生(国学思想)・・西歐近代思想と日本國體

72、山内惇吉先生(漢詩)・・作詩門徑

73、高成田忠風先生(漢学)・・漢文講座 文章軌範

74、田中義能先生(日本思想)・・神道概論

75、御橋悳言先生(国文学)・・平家物語略解

76、水木惣太カ先生(法学)・・基本的人権

77、原田尾山(種宜)先生(中国絵画)・・中国画学総論

78、野本白雲(實)先生(書道、漢字)・・支那書道要

79、熊野正平先生(中国語)・・現代支那語法入門

80、川村宗嗣先生(中国語)・・日支の国性と支那の呼称

81、田中逸平先生(イスラム学)・・ユーラシア東西文明に影響したイスラーム

82、吉田熊次先生(教育学)・・国民学校教育論

83、国松久彌先生(経済地理学)・・地政学とは何か

84、中山伊知カ先生(経済学)・・戦争経済の貨幣的側面

85、岩村成允先生(中国語)・・支那現代文講座詳解

86、田部重治先生(英語)・・山への思慕

87、小島威彦先生(哲学)・・歴史の運命と進歩

88、魚返善雄先生(中国語)・・現代支那語科学

89、川村貫治先生(数学)・・珠算道七十年

90、加茂儀一先生(民俗学)・・家畜文化史

91、井上孚麿先生(法学)・・現憲法無効論

92、植木直一カ先生(国学)・・古事記現代考

93、見尾勝馬先生(教育学)・・王陽明の哲学

94、峰間信吉先生(教育学)・・教育勅語衍義集成

95、清水正健先生(国史)・・水戸学講話

96、板野長八先生(東洋史)・・中国古代における人間観の展開

97、中嶋 敏先生(東洋史)・・対校十三史食貨志

98、三宅雪嶺(雄二郎)先生(倫理学)・・大學今昔譚

99、斎藤 (日+向)先生(漢学・哲学)・・日本漢詩 上代篇

100、中沢希男先生(漢学)・・漢字・漢語概説

101、島津久基先生(国文学)・・日本国民童話十二講

102、石山福治先生(中国語)・・最新支那語大辞典

103、後藤三郎先生(教育学)・・吉田松陰とその教育

104、大塩亀雄先生(外交史)・・東亜外交史

105、山本勝一先生(経済学)・・計割経済の試行

106、高木友三郎先生(経済学)・・新体制の経済

107、小林幾次郎先生(財政学)・・近代支那通称史論

108、金田 実先生(商学)・・大日本商事要項

109、三枝茂智先生(法学)・・国際軍備縮小問題

110、福井久蔵先生(国語学)・・国語学史

111、加藤仁平先生(日本史)・・小西重直の生涯と思想

112、金平幹夫先生(法学)・・皇法学概論

113、難波田春夫先生(社会学)・・建設の哲学

114、伊藤吉之助先生(哲学)・・岩波哲学小辞典

115、田畑為彦先生(経済学)・・銀の経済的研究

116、西村彰一先生(経済学)・・時局と農業及農村経済

117、村上俊亮先生(教育学)・・学校教育の心理

118、伊藤千真三先生(倫理学)・・日本倫理学史

119、佐山 済先生(国文学)・・俳句文芸遠近

120、小野島右左雄先生(心理学)・・最近心理学概説

121、東条 操先生(国語学)・・方言の研究

122、筧 克彦先生(法学)・・風俗習慣と神ながらの実修

123、舟越康寿先生(経済史学)・・東南アジヤ文化圏史

124、鵜澤 晋先生(金融学)・・金融法務の諸問題

125、高木 武先生(国文学)・・新釈平家物語

126、金子武雄先生(国文学)・・恋路ゆかしき大将

127、百々巳之助先生(政治学)・・現代のアフリカ

128、戸田貞三先生(社会学)・・家族構成

129、有井 治先生(経済学)・・自由価格と統制価格

130、次田 潤先生(国文学)・・大鏡新講

131、浜 薫明先生(東洋思想)・・離騒解説

132、東 季彦先生(法学)・・全訂 著作権法

133、宮越健太郎先生(中国語)・・支那語基礎単語4000

134、大野信三先生(経済学)・・仏教社会経済学説の研究

135、仲 新先生(教育学)・・現代学校論

136、石井庄司先生(国文学)・・古典研究万葉篇

137、佐成謙太郎先生(国文学)・・増鏡通釈

138、宮沢 裕先生(政治学)・・買い被っていた欧米

139、吉田 昇先生(教育学)・・教育原理

140、今井時カ先生(社会学)・・社会学大意

141、渋沢元則先生(西洋史)・・東インド諸島への航海

 上記の先生以外にも、本學院の教壇に立たれた先生方は多數居られるが、分かる範囲で其の氏名を列擧しておく。

松本愛重先生(国史)木野村政コ先生(中国語)大峡秀英先生(仏教学)・井場正人先生(不明)・内藤政太郎先生(漢学)・遠藤房治先生不明・大月豊照先生(仏教学)・熊坂圭三先生(不明)・木村巌先生(倫理学)・白 今愚先生(中国語)・辻 庄八先生(不明)・江口虎竹先生(不明)・後藤国吉先生(経済学)・相宮 告謳カ(不明)・柴田義彦先生(法学)・小野季次郎先生(不明)・松岡辰三カ先生(柔道)・竹内 泰先生(教育学)・服部荘夫先生(国文学)・吉原大蔵先生(中国語)・三井政吉先生(不明)・鈴木敏一先生(商学)・室屋慶一先生(不明)・牧野賢弥先生(不明)・篠原音松先生(不明)・加藤経雄先生(心理学)・加藤 諄先生(金石学)・福井 毅先生(国学)・荒井虎雄先生(法学)・本田竜成先生(不明)・卜部岩太郎先生(日本思想)神谷衡平先生(中国語)・武井亮吉先生(英語)、等々。

尚、以下は本學院卒業後に、學院の教壇に立たれた先輩(先生)方

1、近藤 杢先生(漢学・高等科一期卒)・・支那辞書の梗概

2、齋伯 守先生(漢学・高等科一期卒)・・支那哲学史

3、沢田總清先生(漢学・高等科一期卒)・・漢文教授概説

4、七里重恵先生(漢学・高等科一期卒)・・支那民謡とその国民性

5、上野賢知先生(漢学・高等科一期卒)・・真軒先生旧蔵書目目録

6、西脇玉峰先生(文字学・高等科一期卒)・・漢文漢詩研究便覧

7、鈴木由次郎先生(漢学・高等科一期卒)・・漢易研究

8、加藤梅城(梅四郎)先生(漢学・高等科一期卒)・・廻瀾集卷八・卷十一

9、柏木 質先生(剣道・高等科二期卒)・・剣道の学び方

10、川又 武先生(漢学・高等科五期卒)・・燕呉遊縦

11、尾崎 亘先生(漢学・高等七期卒)・・ョ山陽通義

12、波多野太郎先生(漢学・高等科九期卒)・・中国文学史研究

13、笠井南村(輝男)先生(漢詩・高等科十期卒)・・漢詩の味

14、山本正一先生(漢学・高等科十期卒)・・王陽明

15、猪口篤志先生(漢学・高等科十三期卒)・・藤原惺窩・孟子伝・大東詩集

16、法本義弘先生(経済学・本科四期卒)・・支那文化雑攷

17、吉村五郎先生(中国語・本科七期卒)・・「孫文自伝略解」(『東洋研究』第29号)

18、藤村 通先生(経済学・本科十五期卒)・・明治前期公債政策史研究

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《學院時代(1924〜1949)に本學で學ばれた先輩諸氏の著作の一部》

*學院で學ばれた多數の先輩達が、國立の弘前大學・岩手大學・秋田大學・東北大學・群馬大學・茨城大學・埼玉大學・學藝大學・広島大學・九州大學・福岡學藝大學・熊本大學・鹿児島大學や、県立愛知大學・市立横浜大學、私立の慶応大學・立教大學・中央大學・上智大學・日本大學・立正大學・國學院大學・國士舘大學・二松学舎大學・共立女子大學・金澤工業大學・愛知大學・高野山大學・皇學館大學・作陽大學等々で、漢文學・國文學・中國語・書道・経済學等を講じて居られ、更に言えば外地に在っても、國立新民學院・北京高等警官學校・北京師範大學・北京大學工學院・北京興亜中學校・天津中日學校・天津市立師範學校・大同學院等々で教授職を奉じて居られる。

*筆者は十代の終わりから三十代初當の間に於いて、學界等々の場で五十名以上の諸先輩の謦咳に親しく接(☆印)し、實際授業では高等科一期生の藤野岩友先生や本科一期生の影山誠一先生、高等科九期生の原田種成先生等々から學問の嚴しさを垣間見せられ、同時に諸先輩の學識の深さに驚嘆させられた。

尚、アンダーラインの先輩は、學院卒業後に本學(學院及び大學)の教壇に立たれた先輩達である。

 

1、西脇玉峰(高1)・・漢文漢詩研究便覧

2、☆藤野岩友(高1)・・巫系文学論

3、☆鈴木由次郎(高1)・・漢易研究

4、近藤 杢(高1)・・支那辞書の梗概

5、齋伯 守(高1)・・支那哲学史

6、沢田總清(高1)・・漢文教授概説

7、菅沼貴一(高1)・・青森県方言集

8、七里重恵(高1)・・支那民謡とその国民性

9、上野賢知(高1)・・真軒先生旧蔵書目目録

10、加藤梅四郎(高1)等・・廻瀾集卷八・卷十一

11、岡村利平(高2)・・水戸藩皇道史

12、☆下斗米晟(高2)・・仁の研究

13、柏木 質(高2)・・剣道の学び方

14、福田福一郎(高3)・・詩経一句索引

15、☆矢島玄亮(高3)・・支那仏道年譜

16、小川貫道(高4)・・漢学者伝記及著述集覽

17、横田庄八(高4)・・想い出の島木健作

18、治郎丸憲三(高4)・・箕作秋坪とその周辺

19、藤井武夫(高4)・・奥州白石ばなし

20、川又 武(高5)・・燕呉遊縦

21、白木 豊(高5)・・西薇山先生と閑谷三烈士

22、姉崎岩蔵(高5)・・由利郡中世史考

23、☆池田英雄(高6)・・史記学五十年

24、熊谷 白(高6)・・最後の航海

25、春名 幸(高6)・・佳木斯事情

26、☆舞田正達(高7)・・漢詩にロマンを求めて

27、☆和田利男(高7)・・漱石漢詩研究

28、平田武彦(高7)・・坦堂古城貞吉先生

29、遠藤喜美治(高7)・・新しい口語の手紙

30、尾崎 亘(高7)・・ョ山陽通義

31、蔦川芳久(高8)・・中国詩概説

32、☆横山七郎(高8)・・わが日本文化育成への諸相の研究

33、丸田潤二郎(高8)・・鴎外先生と支那学(書物展望 6巻7号)

34、☆野口正之(高8)・・漢語否定詞の研究

35、☆波多野太郎(高9)・・中国文学史研究

36、瀬戸口武夫(高9)・・漢文解釈辞典

37、☆石川梅次郎(高9)・・詩心墨意

38、☆原田種成(高9)・・校注詩経集傳・漢字の常識・私の漢文講義

39、渡部信治郎(高9)・・論語の思想

40、田井信之(高9)・・日本語の語源

41、津下正章(高10)・・童心記

42、山本正一(高10)・・王陽明

43、☆毛利和美(高10)・・中国絵画の歴史と鑑賞

44、☆笠井輝男(高10)・・漢詩の味

45、☆真田但馬(高11)・・書論集成第十二卷

46、岩村成正(高11)・・簡易日支会話

47、☆酒井 悌(高11)・・中国の概観

48、芳原一男(高11)・・翠陰詩文

49、高松亨明(高12)・・陸羯南詩通釈

50、☆近藤啓吾(高12)・・儒葬と神葬

51、☆山崎道夫(高12)・・佐藤一斎

52、新垣淑明(高12)・・わかりやすい漢文

53、☆柳町達也(高13)・・漢文読解辞典

54、☆戸田浩暁(高13)・・日本漢文学通史

55、☆坂本 通(高13)・・漢詩創作講座

56、☆猪口篤志(高13)・・藤原惺窩・孟子伝・大東詩集

57、小松忠志(高14)・・高井鴻山の詩文と小布施文化・大東詩集

58、☆大塚伴鹿(高14)・・墨子の研究

59、田向竹雄(高16)・・訳注八戸漢詩選

60、☆上条周一(高16)・・書道単元学習と評価法

61、平岡禎吉(高16)・・淮南子に現れた氣の研究

62、龍川 清(高16)・・浦上玉堂

63、☆石井 勲(高17)・・連想式漢字記憶術

64、☆市川任三(高17)・・小籟吟藁(館柳湾自筆詩稿)

65、俣野太郎(高17)・・松永尺五

66、☆仁枝 忠(高18)・・芭蕉と中国文学

67、須羽源一(高18)・・書の鑑賞・書の歴史

68、☆鬼頭有一(高19)・・漢字の科学

69、土屋正晴(高19)・・佐久間象山論雜考

70、☆大坂 泰(高19)・・歌集 空地

71、☆水上静夫(高20)・・中国古代の植物学の研究

72、☆栗原圭介(高20)・・中国古代樂論の研究

73、☆妹尾 勇(高21)・・論語孟子新解

74、☆滝沢精一郎(高25)・・中国古典文学の一系譜

75、☆影山誠一(本1)・・儀礼通釈・喪服経伝注疏補義・少牢饋食禮注疏補義・有司徹注疏補義・中国経学史綱

76、☆清田 清(本1)・・二人で歩いた五十年

77、長瀬 誠(本1)・・殷墟卜辭

78、伊藤弥太郎(本2)・・伊能忠敬

79、真武 直(本2)・・日華漢語音韻論考

80、河住 玄(本3)・・佛國國師・梅窓書屋文存・存稿

81、中野繁雄(本4)・・馬と征く

82、法本義弘(本4)・・支那文化雑攷

83、☆山田勝美(本5)・・漢字字源辞典・漢字の語源

84、☆池田末利(本5)・・中国古代宗教史研究

85、☆井上隆一(本6)・・中国の風と光と 中国に暮らして

86、菊池三郎(本7)・・中国現代文学史

87、☆吉村五郎(本7)・・「孫文自伝略解」(『東洋研究』第29号)

88、☆高田正義(本7)・・考証田児之浦正義

89、☆近藤春雄(本9)・・長恨歌琵琶行の研究

90、☆飯沼喜八郎(本10)・・短歌の周辺

91、☆小尾郊一(本12)・・中国文学に現れた自然と自然観

92、☆多久弘一(本12)・・漢文解釈辞典・漢詩創作口座

93、佐藤邦一(本14)・・中国古代科学研究彙報

94、☆今井 清(本15)・・唐代の散文作家

95、☆藤村 通(本15)・・明治前期公債政策史研究

96、☆本田二郎(本16)・・先秦喪服制度考

97、☆御手洗勝(本19)・・古代中国の神々

98、☆庄司荘一(本19)・・中国哲史文学逍遥

99、☆濱 久雄(本20)・・東洋易学思想論考

100、☆中川 清(桂米朝)(本20)・・上方芸人誌

101、☆志村良治(本22)・・中国の笑話

102、☆渡瀬昌忠(本22)・・萬葉一枝

103、☆井上博二(本23)・・社会学

 上記下線の先輩以外にも、本大學の教壇に立たれた先輩方は多數居られるが、分かる範囲で其の氏名を列擧しておく。

☆金子 昇先輩(本11)梅原 保先輩(本16)波多野宏一先輩(本16)江 文種先輩(本18)新井寛司先輩(本19)内藤 宏先輩(本20)田川一巳先輩(本23))☆石塚謙三先輩(高9)☆矢沢 修先輩(高23)、等々。

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《廻瀾社(學院時代初期の學生が多く參加した漢文批評會)同人の著書の一部》

尚、復活した廻瀾社(本来は明治時代に川田甕江が創設した漢文の文會で、日下勺水没後は途絶えていたが、昭和三年に本學の教授達である古城坦堂・松平天行・安井朴堂・久保天随らが復活させた)の同人雜誌が廻瀾集で、1〜15輯まである。

 

1、岡 彪村(次郎)・・調息箴説解  

2、平井魯堂(參)・・戦国策講義

3、平松帛川(得一)・・帛川先生詩鈔

4、近藤潤治郎・・近藤潤治郎遺稿

 

《學部・大學院時代の筆者使用テキスト等の一部》(昭和44〜47・48〜52)

 

   學部時代(44年〜47年)

1、44年、萩原先生、日本文學講讀演習1・・好色五人女

2、44年、萩庭先生(本學卒)、中國哲學演習1・・四書集註(論語)

3、44年、萩庭先生(本學卒)、中國哲學演習參考書・・論語の味読

4、44年、内山先生、中國文學演習1・・唐詩選

5、44年、井上先生(本學院卒)、中國語・・中國語會話

6、44年、井上先生(本學院卒)、中國語讀書會・・中國童話選

7、45年、内山先生、中國文學史參考書・・文章規範評註

8、45年、栗原先生(本學院卒)、中國哲學史參考書・・經學歴史

9、45年、倉田先生(本學卒)、中國哲學演習2・・四書集註(孟子)

10、45年、岡田先生(本學卒)、中國文學演習2・・十八史略讀本

11、45年、栗原先生(本學院卒)、中國哲學講讀・・四書集註(大學・中庸)

12、45年、柳町先生(本學院卒)、中國文學講讀・・漢語文法

13、45年、須田先生、日本文學講讀演習2・・伊勢物語

14、45年、井上先生(本學院卒)、中國語讀書會・・魯迅の野草

15、45年、原田先生(本學院卒)、漢文讀書會・・荀子集解

16、45年、倉田先生(本學卒)、漢文讀書會・・尚書正義・近思録

17、46年、内山先生、中國文學演習・・唐代小説選註

18、46年、影山先生(本學院卒)、中國哲學講義・・中國經學史綱

19、46年、猪口先生(本學院卒)、中國文學演習・・詩集傳

20、46年、今井先生、中國哲學演習・・易本義

21、46年、原田先生(本學院卒)、中國哲學演習・・書經集註

22、46年、猪口先生(本學院卒)、中國文學演習・・滄浪詩話注

23、46年、進藤先生(本大學卒)、中國文學演習・・史記

24、46年、麓先生、中國哲學特殊講義・・中國文獻學

25、46年、戸田先生(本學院卒)、中國文學特殊講義・・文心雕龍新解

26、46年、井上先生(本學院卒)、中國語讀書會・・魯迅の阿Q正伝・故郷

27、46年、原田先生(本學院卒)、漢文讀書會(無窮會)・・詩毛氏傳疏

28、46年、原田先生(本學院卒)、漢文讀書會・・尚書今古文注疏

29、46年、進藤先生(本學院卒)、漢文讀書會・・春秋左氏伝注疏

30、46年、浜口君(同期生)、漢文讀書會・・東塾讀書記

31、46年6月〜53年10月、原田先生(本學院卒)・山田先生(本學院卒)・栗原先生(本學院卒)・戸村先生(本學院卒)・石川先生(本學院卒)・小岩井先生等に因る「『宋史』研究會」(科研)に陪席、南宋本紀部分を訓讀(49年4月〜53年10月)・・宋史本紀

32、47年、飯田先生、中國現代文學・・白話文學史

33、47年、井上先生(本學院卒)、中國語讀書會・・老舎の月儿

34、47年、原田先生(本學院卒)、漢文讀書會・・廿二史剳記

35、47年、原田先生(本學院卒)、漢文讀書會(無窮會)・・四庫全書総目提要

36、44年〜47年、史學修得用・・支那政治史(上巻)・岩波講座世界歴史・古史辨・正史(史記〜隋書)

   大學院時代(48〜52

37、48年、原田先生(本學院卒)、中國哲學演習・・論語古義・徴

38、48年、原田先生(本學院卒)、中國哲學演習・・論語注疏

39、48年、原田先生(本學院卒)、中國哲學演習・・論語正義

40、48年、栗原先生(本學院卒)、中國哲學演習・・禮記注疏

41、48年、中沢先生(本學院教員)、中國文學演習・・説文解字

42、48年、小嶋先生、中國文學演習・・詩経注疏

43、48年、吉村先生(本學院卒)、中國語・・孫文学説

44、48年、原田先生(本學院卒)、漢文讀書會・・觀堂集林

45、49年、影山先生(本學院卒)、中國哲學演習・・淮南子

46、49年、中嶋先生(本學院教員)、中國哲學演習・・宋論

47、49年、小嶋先生、中國文學演習・・山帯閣注楚辞

48、49年、杉村先生、中國文學特殊講義・・文物

49、49年、藤野先生(本學院卒)、日本文學特殊講義・・白氏文集

50、49年、原田先生(本學院卒)、漢文讀書會・・春秋繁露注

51、50年、小嶋先生、中國文學演習・・天問正簡

52、50年、池田先生(本學院卒)、中國哲學演習・・公羊義疏

53、50年、中嶋先生(本學院教員)、中國哲學演習・・宋史選挙志

54、50年、原田先生(本學院卒)、漢文讀書會・・陔餘叢考(以後継続、現在に至る)

55、51年、影山先生(本學院卒)、中國哲學演習・・周禮古注

56、51年、中嶋先生(本學院教員)、中國哲學演習・・福惠全書

57、51年、竹田先生、中國文學演習・・元曲選

58、52年、影山先生(本學院卒)、中國哲學演習・・儀禮古注

59、48年〜52年、史學修得用・・正史(唐書〜宋史)・資治通鑑補

   平成30年季

                                          於黄虎洞

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【文責、中林】 

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