〜墨場必携〜

雜言3

 墨場必携とは、「書」を書く時の名言名句を集めた一種の書道参考書である。人から揮毫を頼まれたとき、漢籍に関するよほどの知識人か漢詩人でもない限り、瞬時に気の利いた言葉などは容易に浮かぶものではない。因って、それを補う参考書が墨場必携と呼ばれるものであり、最近では、楷書のみならず金文や篆文の墨場必携まで登場している。名称こそ異なっているが墨場必携自体は、古く江戸時代から存在しているが、これは「唐様」と呼ばれる書体が、江戸時代に流行したのと何某かの関係が有ると思われる。
 ここに提示する墨場必携は、上段が嘉永三年(1850)版の『書家必要』である。二字の熟語から始まり、十四字の長文に至るまで、訓点と読みを附した漢文が連ねられている。下段は、墨場必携と言うより文字を覚えるための童蒙書であるが、一応楷・行・草の三種類の字体を並べた書道参考書であり、明治に能書家として湯川梧窓と並称された村田海石の、『三體千字文』(明治39年)である。

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