〜和刻本『五代史』〜

雜言10

 和刻本『五代史』とは、宋の歐陽修の『五代史記』こと所謂『新五代史』の翻刻本のことである。何故なら、江戸時代に出版された和刻本正史は、明の国子監本二十一史の翻刻であり、この二十一史が採取している『五代史』が歐陽修の『五代史記』であり、薛居正等『旧五代史』は採取されていない。因って、和刻本『五代史』と言えば、歐陽修の『新五代史』のことなのである。
 問題は、この『五代史』が何時翻刻されたかであるが、一番最初の翻刻は安永二年(1773)の刊記を持つものであるが、この初印本は未だ見たことが無い。陽明文庫に所蔵されている『五代史』は、巻末に「安永二年癸巳之冬」と有るが、その左上に埋木した「取次所、云々」の一文が有れば、明らかに後印本である。
 この未見の安永版以後は、文化十年(1813)修訂本・文化版後印本・慶応四年(1868)補刻本・明治十七年(1884)銅印本等が公刊されている。
 尚、汲古書院が出版した和刻本正史シリーズの『五代史』は、監修者である長沢規矩也氏架蔵本の文化十年修訂本が採取されている。但し、この本は長沢氏自身が指摘されているが如く、村瀬栲亭の「新刊五代史後敘」を欠いた、文化十年版の後印本である。
 ここに提示する和刻本『五代史』は、村瀬栲亭の「新刊五代史後敘」を伴った文化十年(1813)修訂版の初印本である。さすがに初印本だけあって、字樣の磨滅や欠けなど一切認められず、印刷鮮明な美しい本である。

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