〜朝鮮本〜

「大東文化」第478号

 朝鮮本或いは高麗本とも呼ばれる、朝鮮半島で作られた漢籍が有る。堂々たる大版であるが実に美しい。唐本や和本と異なり、装丁は色付きの厚手の表紙(唐本は薄紙、和本は厚紙)を使い、綴じ穴は五つ(唐本・和本は四つ)、綴じ糸は色付きの太糸一本(唐本・和本は細糸一本か二本)と言う具合であり、中身も真っ白で丈夫な高麗綿紙を使い、文字は楷書を手書きした風な軟体字、版心の魚尾は模様の入った花魚尾である。巻を開いて読むと、その柔らかな風情が目に優しく、言い様の無い落ち着きと安らぎを与えてくれる。
 しかし、非常に手に入れづらい本でもある。何となれば、伝本の絶対量が極めて少ないのであり、たまに有っても甚だ高価なのである。大東の教員風情では、とても気安く買える様な代物ではない。とにかく高い、古書店の目録に載る朝鮮本は、安くて十万単位、高ければ百万単位に至る。だがその字体は、他に代えられぬ美しさを持っている。過ぐる年、縁有って極めて安値で朝鮮本が、小生の下に舞い込んで来た。それは四書大全の離れ本の『大学』と『中庸』である。表紙は厚手の黄色で、綴じ糸は赤の太糸、文字もやはり軟体の太字である。末葉には「庚辰新刊内閣蔵板」なる大きな方印の刊記が有るが、刷り具合から見て後印本か重刊本であろう。表紙の裏には「佐土家臧」なる朱色の方印が押されている。とすれば、佐土家のものが巡り巡って小生の所に来たと言う事である。
 尚、ここに提示しているのは、1734年(朝鮮・英祖10年)の活字本『大学章句大全』と『中庸章句大全』の二種類であるが、古来極めて伝世例の少ない朝鮮のみにて使用された瓢箪で活字を作った、瓢活字本『論語集註大全』が、北京大学に収蔵されている。本品の活字も、その文字ラインは軟らかく美しい。果たして瓢活字本なるや、或いはただの木活字本なるや、識者の判断を待ちたい。
 この朝鮮本の美しさや唐本の端正さに比べると、どうも和本は中途半端である。これは自国の文化に対する認識や思い入れの相違であろうか。そう考えると、彼の国の政治家が自国の古美術を誇らしげに並べるのに比べ、我が国の政治家の机の後ろには、やたらと西洋名画が掛かっているのが、悲しい事に何と無く納得させられるのである。

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