〜和刻本と和本〜

「大東文化」第479号

 最近毛色の変わった和刻本を二本入手した。所で和刻本と和本との違いであるが、広義の意味では和本は作られた場所に基づく呼称で、中国で作られたものを唐本(漢字だけでなく満洲文字も有る)、朝鮮で作られたものを朝鮮本(漢字だけでなくハングル文字も有る)と呼ぶのに対し、日本で作られたものを和本(日本語だけでなく漢字も有る)と呼ぶ。故に、唐本仕立てとか朝鮮綴じ・和本綴じ等の呼称が有る。
 しかし、一般的に言えば、主に日本語で書かれたものが和本であり、和本・和書は内容から言えば同じである。これに対し和刻本とは、内容は何であれ日本で刻した本が和刻本である。故に、和刻本和書が有れば和刻本漢籍・洋書も有るが、取り立てて和刻本和書などとは言わず、和本・和書は和本・和書であり、和刻本とは、日本で刻された漢籍や洋書の事である。ただ、刻された量からすれば、圧倒的に洋書より漢籍が多いため、和刻本漢籍を一般的には和刻本と呼んでいる。
 所が、この様に簡単には片づけられないのが書誌学の世界である。書誌学的名称分類すれば、日本で刻した本であっても「和刻本」と言えば、江戸時代の出版物を指す。同様に「写本」と言えば、主に江戸時代に写された本を指す。では江戸以前の本の呼称は何かと言えば、中世の出版物が「旧刊本」或いは「古刊本」と言われるものであり、室町以前の写本が「古写本」と称されているものである。
 因って、日本に於ける漢籍の呼称には、大きく言って、「古写本」「写本」「古刊本」「和刻本」「古活字本」「近世活字本」の、六種類が有ると思えば良いのである。
 ここに呈示するのは、些か毛色の変わった和刻本である。唐本を覆刻した本に返り点を付けただけの単純漢籍の和刻本ではなく、変体仮名や御家流で注が書かれている。
 一つは、天明元年に河内屋真七板を基に浪華書林が出した、讃岐の百年先生こと渓(河田)世尊の『経典餘師四書之部』十巻である。これは、南宋の朱熹の『四書集註』を解釈したもので、菅原胤長の序文と京極侯侍読白木因宗の跋文が付いている。本文は漢文であるが、註の部分は全て変体仮名や御家流であり、例えば、『論語』の「有朋自遠方来」の部分の註が、「凡て善にも悪にも類を以て聚となる・・・・・」と言う具合で、頭註にもやはり仮名で読法が書かれている。
 もう一つは、東都の書肆である嵩山房の小林高英が文化二年に再刻した、石峯先生の手に成る『書画本唐詩選』である。この本は、唐詩の本文を漢字で書き、解釈を変体仮名や御家流で記し、更に詩ごとに内容に即した画が付けられている。しかも本文の漢字が楷書・草書・隷書・篆書等々、色々な文字で書かれている、と言う極めて妙な本である。高英の後文に因れば、石峯先生は書画共に巧みで、祖父以来請願し続けてやっと承諾を得たと言う。石峯先生とは、一体誰であろうか。
 所で小生は、全く変体仮名も御家流も読めない。面白がって買っては見たが、読めない仮名を眺めていると、頭の中までも変態となり、何時しか白河夜舟へと誘われるのである。

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