〜影印本〜

「大東文化」第480号

 影印本とは、底本を写真撮影してオフセット版などを作り、それを科学的に印刷した複製本の事で、底本の原寸通りに印刷する事は言うに及ばず、縮刷印刷或いは拡大印刷も自由自在な、極めて便利な製本方法である。元来影印本は、宋版や元版などの貴重書を、廣く世間に流布させ、研究者の便に供するために作られたが、今では印刷技術の進歩に伴い、あらゆる書籍が洋装本仕立ての影印本として出版され、今や影印本の氾濫と言う感無きにしも有らずである。しかし、やはり貴重書に関しては、影印本と雖も依然として唐本仕立ての線装本が作られており、中国や台湾で出版されている。ただ中には中国廣陵古籍出版の『廣博物志』の如き、線装本とは言うものの縮印二段組で洋装本と何等変わらず、線装本にする必然性などまるで無く、客を愚弄するにも程が有ると言いたくなる様なものも有る。
 それに比べて台湾の故宮博物院が出す影印宋本『晦庵先生文集』などは、装丁は立派で刷り上がりも美しく、過去の所蔵者の蔵書印までも、朱色で明白に影印されているが、如何せん雅味と古色に乏しいのが難点である。過日小生が入手した影印本『殿本四書集註』は、唐本仕立ての一帙五冊本で、そこはかとなく雅味と古色が漂っている。これは、呉航の曾尊椿が北京の琉璃廠で入手した『殿本四書集註』を、上海の名儒宿老に見せた所、珍本であるから影印出版すべしとの勧めに基づき、民国二十三年に上海の長風芸術会出版部から出したもので、上等毛辺紙を用いて古法製造で作られている。昨今の影印本と比べるに、巻を開くと古色が匂い格段の雅味が有る。
 所で、如何に上出来でも影印本は所詮偽物である。偽物の善し悪しを云々する様では、己の知識も影印もどきに過ぎないのであり、目くそ鼻くそ世は何も無しである。尚、上段が『殿本四書集註』であり、下段が故宮博物院の影印宋本『音点荀子句解』である。

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