〜坊刻本〜

「大東文化」第469号

 近頃極めて安値の清末坊刻本の『四書』二本を入手した。坊刻本とは、何時の時代・何処の場所で出版されたものであっても、売らんかなの商売を目的として作られたものは、全て坊刻本と称している。一つは、京都(北京)隆福寺の三槐堂書房が発兌した『繙譯四書』である。左開きで漢字と満字の二種類の文字を用いて印刷した満漢合璧本であり、巻を開いて読んでも、どの漢字がどの満字に相当するのかさっぱり分からない。当然の事、小生は満字の知識が何一つ無いのである。安いと言って読めないものを買うとは何たる愚行、将に「安物買いの銭失い」である。
 もう一つは、同じく京都(北京)隆福寺の寶書堂が発兌した『銅板四書集註』である。銅活字なら分かるが銅板とは一体何であろう。景印本を作る時に銅板を使用した例がある事は聞いているが、これは景印本ではなく版本である。それよりも驚かされるのは、各巻末に麗々しく「長洲陳奐重校」と記されている点である。長洲の陳奐とは、かの有名な大学者で『詩毛氏傳疏』の著者である。その陳奐が『四書集註』を重校したなどとは、とんと聞いた事が無い。あざといまでの「売らんかな」である。例え客が詰問しても、店の主人は平然として「お客様、本当に長洲の陳奐でございます。但しお客様の申されている人物とは、同名異人でございます」と答え、客は「なるほど長洲は廣い、陳も奐も掃いて捨てる程いる」と納得する。商売、商売、だから中国は面白い、これ無くして一体何の中国ぞ。
 小生の研究室には、書と言わず物と言わず、真と言わず贋と言わず、それぞれが位を得て鎮座ましましている。御用とお急ぎでない方は、是非お立ち寄りの程を、お代は見てのお帰りと言う事で「春夏?冬、二升五合」めでたし、めでたし・・・・・ん。

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