〜全集本と単行本〜

「大東文化」第470号

  新学期早々に、病止み難く金も無いのに又古書を入手した。清朝初期の大学者趙翼が著した『ガイ餘叢考』の乾隆刊本である。『ガイ餘叢考』自体は、現在景印本が出版されており、特別珍しい本と言う訳ではないが、敢て買い入れた訳は「壽考堂蔵版」と明記されているが為に他ならない。市場よく見掛ける『がい餘叢考』の版本は、趙翼の家刻本である甌北全集本系の「湛貽堂蔵版」の乾隆五十二年刊十二冊本か、それを基にした光緒年間の上海文瑞樓鴻章書局十六冊石印本かであり、単行の「壽考堂蔵版」乾隆五十五年刊十六冊本は、滅多にお目にかかれない。
  内容的には半葉十一行二十一字・版心白口黒魚尾で、「湛貽堂蔵版」と「壽考堂蔵版」とはほぼ同一であるが、「壽考堂蔵版」は見開きの封面を中央大幅・左右細幅の三列に区切り、右上部に「乾隆庚戌」、中央に「ガイ餘叢考」、左下部に「壽考堂蔵版」と入っており、更に全巻末最終葉に「馥笙張選青校正」「心舫唐友忠參閲」と明記してある。この「壽考堂」なる書肆が、一体如何なる人物であるかは全く不明であり、『中国版刻綜録』にも長澤規矩也氏の「宋至清蔵書家表」にも登場しない。更に国内の代表的漢籍所蔵機関である静嘉堂文庫・尊経閣文庫・東洋文庫・内閣文庫・京大人文研・東大東洋研は「湛貽堂蔵版」本を所蔵するだけである。所が漢学の伝統校二松学舎大学と大東文化大学には、「壽考堂蔵版」本が所蔵されている。さすがは大東と言いたい所であるが、大東の所蔵本は校正者と參閲者名を削除して十二冊に改装された「壽考堂蔵版」の後印本である。

  さて再び「壽考堂」であるが、一体誰か分からない、其處で諸々調べた結果、「壽考堂」は、滇南の唐氏が光緒三年(1877)に重刊したものが、所謂壽考堂版と稱されている書籍である事が分かった。故に壽考堂版には『陶彭澤(渊明)集』等が有る。恐らく壽考堂版『ガイ餘叢考』は、この滇南の唐氏の壽考堂であろうと思われるが、問題は唐氏の所蔵していた版本は何かである、實際この壽考堂本を見ると、湛貽堂本には見られない避諱字や文字の異なりが有る。とすれば、湛貽堂本に基づいて手を加えたものなのか、其れとも全く別系統の版に依璩したものか、現状では明白な判断が下せない。腹が立つ、いらつく、気分が悪い、小生を哀れと思われた博学の士よ、どうか解答をお教え賜わらんことを。尚、上段が単行本の「壽考堂蔵版」の『ガイ餘叢考』であり、下段が全集本である「湛貽堂蔵版」の『廿二史箚記』である。微妙な異なりは、「壽考堂蔵版」が左右双辺であるのに対して、「湛貽堂蔵版」は四周単辺である。

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