〜覆刻本〜

「大東文化」第473号

 先年『八史経籍志』の覆刻本を入手した。覆刻本とは、原刊本の書籍を基にして、それとそっくりに被せ彫りした版本の事で、例えば明版の清朝に於ける覆刻本、清版の清末に於ける覆刻本など多数有るが、中国の版本を我が国で翻刻したものは、覆刻形式であっても一般的には和刻本と称している。中国版本の和刻本は膨大な數に上るが、その逆、つまり我が国の原刊本が中国で覆刻された例は、極めて少ない。その最初の例が、江戸時代の学者山井鼎(本学科の元教授であった山井湧先生の遠祖)が、足利文庫に伝わる古写本や宋版を利用して書いた『七経孟子考文』で、この本は、清朝に於いて覆刻され、阮元の『十三経校勘記』に引用されたり、汪啓淑の進呈本として『四庫全書』に採取されたりしている。
 これと同様な例が『八史経籍志』で、この本は、目録学を講ずる上では極めて簡便な書であり、『漢書藝文志』『隋書経籍志』『唐書経籍志』『宋史藝文志』『遼金元藝文志』『補三史藝文志』『元史藝文志』『明史藝文志』を合刻している。編者は佚して不明であるが、原刊は我が国の文政八年に刊行された官版であり、それが五十七年後の光緒八年に中国で覆刻されている。現在では、我が国の原刊本であるとは雖も、入手は決して容易な事ではなく、かろうじて清朝の張寿栄が序して覆刻した本が手に入る程度である。清版ではあるが、その末巻末行には覆刻本たる証拠が明白な、「文政八年刊」と言う刊記がそのまま覆刻されている。
 所で、版式・年代とも同一であるが、小生の入手した本は藍色の封面に白紙を使用しており、同僚の原教授が入手されたものは、黄色の封面に上質の紙を使用している。この差は一体何であろうか。古来中国では、黄色を以て皇帝の色としている。とすれば、将に「色に出にけり我彼の差」と言う事であろうか。

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