コロナウイルスに寄す

 

【新型冠狀病毒非常事態

令和2年2月末、昨年末以來風聞として傳わっていた中國武漢發(しかし、中國は大中華思想に基づく獨善的見解を提示し、今は援助者・救助者的對應を展開しているが)の新型冠狀病毒が、遂に國内各地での流行に因る非常事態となった。政府要請に基づく行動規制の中で、一種の戒嚴令下狀況を呈している。大學の學年末懇親會も、退職者に對する送別會も、少人數の學術的研究會から卒業式に至るまで、人が集まる全ての行爲が中止となった。思えば、昭和43年の大學受験時は學生運動の最中であり、入學試験や入學式等が行えない大學が散見していたが、令和2年大學を去るに當り、各大學では新型冠狀病毒の影響で卒業式等も行えない。小生は、50年程前に混亂喧騒の中で大學の門を叩き、今新型冠狀病毒騒動の中で去って行く。波瀾萬丈然たる大學教員生活を振り返れば、些か不謹慎な言種乍ら其れ成りに相應しい引き際と言えるであろうか。「風と共に去りぬ」では無く、將に「新型冠狀病毒と共に去りぬ」である。等と他人事の如き退任の辭を述べてからほんの一時で、3月末は目に見えぬ敵との「生死を分けた戰場」の真っ直中に放り込まれた感が有る。昨年末に中國が流行危機を世界に發信して國内規制を取っていたのなら、WHOがもっと早く人的往來の禁止を勸告していたのなら、或いは日本政府が新年早々に中國からの入國制限を取っていたのなら、斯様な狀況にまでは至らなかっただろうに、と思うのは恐らく小生一人ではあるまい。

WHO事務局長の習主席との柔やかな會談を通しての、中國政府に忖度したが如き當初のやや樂觀的警告とは裏腹に、今や世界的規模のパンデミックと爲っている。4月1日は新年度開始であるが、入學式も無く學内は閑散とし、授業開始も一ヶ月程の先送りと成り、今や大東京を中心とした首都圏は危機的狀況で、特に御府内は院内感染を中心としたクラスターや感染經路不明者が多發し、何時政府が「緊急事態宣言」を發令するかタイミングを測っている狀況である。とは言え、戰前の戒嚴令とは大きく異なり、諸外國の如き法的命令・法規的彊制では無く、基本的には行政府の「要請」であり、個人的善意に基づく「自肅」であり、人々の道コ・モラルを信じ國民の性善説に依據しての宣言にしか過ぎない。中國の如き完全な「都市封鎖」等は、日本の法體系の中では不可能である。國家體制内に於ける組織や團體は、茲の要請を其れ成りに受け入れるであろうが、實態的生活現場に於いて、普段から「帝コ何ぞ我に在らんや」との感彊き人々や若年層に關しては、些か自肅の効果に疑問が生じるし、更に個人的飲食業に在っては、自肅自體が死活問題に直結してもいる。政府は、個人の行動には聲高に自肅を要請するが、企業や商店には決して休業・閉店を言わない。政府が其れを言えば、當然對価としての保証を提示せねばならないからである。暇に開店していても、其處には行くなと彊く個人に要求すれば、結果として商賣は成り立たず、一種の兵糧攻めで相手の首を真綿で締め上げる様なものである。

一方國會や巷の一部には、更なる彊権の發動を要請するが如き言辭が見られるが、其れも亦た如何なものであろうか。抑も、大半の國民は實際の戒嚴令下狀態等を體感的に知る由も無く、無論小生とて戰後生まれである。が、小生は嘗て某國に滞在した折、其の實態の一班を經驗し、將に危機一髪的狀況をあの手この手で潛り抜けて來た。空襲警報下での「避難路確認」、纔の間移動してトイレに行くだけでも「武装軍人に付き纏」われ、場所に因っては一寸立ち止まっただけでも突然「私服警察に尋問・補導」され、偶々通り掛かっただけでも拳銃に手を懸けた「MPに追い廻」され、海岸線の歩哨にはライフルに銃彈を装填して「突然誰何され問答無用で詰所に連行」等々、實に嚴しい「權力の掣肘と個人行動の規制」が有り、故にこそ該地の若者は、其の行動が何處か刹那的ではあったが、同時に亦た其處にある種のアクチャリテイーを感じさせてもくれていた。

何れにせよ其れは其れとして、斯様な經驗は二度としたくは無いが、戰後以來「自由と私権を當然有るものの如く享受して來た現在の日本で、果たして本當にモラルだけで茲の狀況を終息させ得るであろうか、實態としては、道コ觀と生活權との相克の中での生存權確保と言う狀況を、既に呈している。老人としては何處か一抹の不安が漂う。が、假に脱却・終息出來(自肅の短期終了)たとするならば、其れは日本國民の「民度・モラル」の高さを示すものであり、結果として將來への大きな燈明となるであろう。

斯く言う己自身も不安の中に居る。誰が保菌者か分からぬ無症狀の現狀では、三密拒否・社會的距離の確保・マスク・手洗い・嗽等々を實行しているとは雖も、己が保菌者であるか否か不明である事への不安、己が感染する事への不安、ウッカリ他者へ感染させる事への不安、此の三不安が常に己に襲い懸かり、本來七十を超えた身であれば、暇に罹れば其れも天命、と樂天的な性分であるにも關わらず、何處か精神的に落ち着かない。マスコミに因る連日の死者數報道は、注意を喚起しているとも言えるが、逆に不安を煽っているとも言える。我々個々に冷静な判斷が求められているとは雖も、所在不明で眼に見えない敵に對する不安とは、斯くも人を苛つかせるものである。所詮運否天賦・墜茵落溷の結果論に過ぎないと雖も、自肅していれば確かに感染率は下がるが、所在も感染經路も不明である以上、自肅を遵守していても罹患する人はするし、自肅を拒否しても罹患しない人はしない。だからと言って、自由氣儘に動き囘る譯には行かない。何故なら、常に死の影が付き纏うからである。頭では、死への道程が生の營爲であると理解はしているが、心の中ではもう一人の己が、其の營爲を燃焼し切ったのか、と問いかける。此の自問自答こそが、死に對する恐怖であろう。老人と雖もでは無く、老人なればこそである。

新型冠狀病毒の世界的流行を受けて、各國の對應報道が諸々傳えられている。其れ等に因ると、英國や獨國では、割と冷静な規制で國民も其れに從っている様であるが、イタリヤやスペインでは、若者の自由な行動に對する苛立った首長の過激な發言が散見する。又インドや南アフリカでは、人々に對する行政側の過剰な取り締まりも見られる。かと思えば、中國では國家的彊權に基づく都市封鎖の成功を喧傳する一方で、東シナ海や南シナ海では從前通り覇權的行動をとり續けている。韓國では、其の禍を封じ込めたとして選擧戰が展開中であるし、北朝鮮に至っては、ミサイル報道は有っても新型冠狀病毒に關しては全く報道が見られ無(中國と陸續きであれば、患者が居無いはずが無い)い。ブラジルの大統領は、「人命より經濟が重要だ」と高言し、米國では、大統領の二轉三轉するコメントの中で、悲痛な叫びを上げ續けて援助を求めるニュウヨーク州知事が居るかと思えば、「愛する米國を子孫に殘す爲、高齢者は自分の命を引き換えに出來ないか要するに、老人は經濟活動維持の爲に己の命を犠牲にしろ、と言う事」と公言するテキサス州副知事も居る。飜って我が日本は如何と言えば、只管「自肅要請」の一邊倒である。

今囘の騒動で、改めて思い知らされた。其れは普段あまり意識していない「國家と個人」との關係である。國は個に超越するのか、或いは逆に個は國を凌駕するのか。宣言が發令されれば、恐らく東京都は、個人的規制は從前通りであっても、學校機關を始めとして日常生活に直結するもの以外の大半に、休業・休館要請と言う一種の封鎖措置を求めるはずである。その時、休業の生活保障も同時に提示しなくては、全てが全て要請を受諾するとは限らない。倒産・閉店と要請拒否とを天秤にかけて、苦渋の決斷を迫られる人々が出るであろう。結局は、物事が最終局面に至った時には、己の価値觀に基づく自己判斷で、己自身の生存を確保すると言う事であろうが、當然其の結果に對しては、其の内容の如何に關わらず自己責任が伴うのである。故こそ、我々は常に普段から「己の生活信条」や「社會に對するスタンス」を、考え續けねばならないのであろう。

些か古いが、「出歩きません、勝つまでは」で、老人は茅屋に蟄居隠栖し髀肉の嘆を託つに如くは無しであるが、己が性分からして中々難しい。果たして此の閉塞感は、一體何時まで續くのか、一ヶ月か、半年か、將亦一年か、滿朶の櫻を愛でる事無く、霞が懸って先の見えぬトンネルの中を、必死に手探りで匍匐前進してはいるが、將に「何處まで續く泥濘ぞ」の感が有る。

 令和2年4月4日

上記の感慨を述べてから早數ヶ月、やっとトンネルから抜け出し微かな光明が見え出したかと思った途端、更にも増した流行擴大、何か東京在住が悪であるかの様な自己嫌悪を持たざるを得ない様な昨今である。日本だけでは無く、世界中が經濟活動と流行阻止との狭間の中で、明白な戰術が見いだせないまま手探りで右往左往し、取敢えず對處療法で必死に其の場を凌いでいるのではあるが、最初の發生源である中國だけは、安定と小康を維持し、不気味な發展的活動を展開している。香港に施行された國家安全法は、早一ヶ月で其の牙を剥き出し、米國は米國で、對中カードとして安易に臺灣を使い出し、コロナ等無いが如き振る舞いの中米である。茲が四千年の歴史を誇ると言う可きか、或は長年一人の皇帝の下に集う官僚群に因って統治し續けて來た中國の底力であろうか。たかが中國されど中國である。何れにせよ何處か不気味である。古典中國に關わった者として、再びイデオロギー的政治對立が、中・米・港・臺・日の間に吹き荒れるのであろうかと、落とし所の見えぬ不安と焦燥感に苛まれる不気味さの中を、息を潜めて漂っている感じがする。

 令和2年8月10日

                            於黄虎洞

 

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