御世代わりに寄す

 

【紫宸清涼の御座から姑射の山の瓊の林に禁させ玉ふ御世代わりを見て】

2019年5月1日、令和の新時代が始まった。世間の喧騒とは關係なく社會の實態は特段何の變化も無い。數年前に現上皇(前天皇陛下)が御自身の體力的變化に基づき、皇位の禪讓所謂「讓位」の意志を示された。政府は其れを受けて如何に「讓位」の臭いを消すか有識者の意見を踏まえて知恵を絞り、皇室典範特例法を作り上げ、其れに則り今回の御代替わりとなった。陛下の意向つまり「讓位」の意志を認めては、憲法で規定された國政に關する權能を持たぬ象徴天皇が、政治的發言をなさった事に爲る。其の憲法抵触を避けんが爲に、將に特例である「一代限りの特例法」を作り、「國民の共通理解に基づく総意」としての御代替わり、つまり國民の意志に基づく國事行爲としての御代替わりであり、決して天皇の個人的意志に基づく「讓位」ではないとする。しかし、如何に政府が其れらしき理屈をこねくり回そうとも、陛下の國民に對する公開での退位意向表明を受けての立法措置(特例法)である以上、實態は皇位の禪讓つまり「讓位」以外の何物でも無いと言えよう。

所で、本當に「一代限り」で終わるのであろうか。「これが前例ともなり得る」との、政府關係者の發言も傳わっている。亦た「國民の総意」とは言い様で、内實は、必ずしも真に國民を代表するとは限ら無い一部の人々の意見と、敢て問われない限りは特段の意思表示も無い、サイレントマジョリテーの大衆的意志とに過ぎない。確かに民主主義は、「50%+1」で過半數以上となる論理構造を持つが、同時にこの大衆的意志ほど曖昧模糊たるものは無く、一種の風(雰圍氣)の様なものであると言えよう。日常的な意識の枠外(直接的に自己と關わりを持たない問題)に在る事柄は、或る方向の風が吹くと一齊に其の方向に流れる傾向を持つ。要するに、大衆的意志なるものは時の權力者つまり政府に因って、如何様にでも誘導が可能(其れは過去の歴史が端的に示している)なものでもある。然らば、「國民の共通理解に基づく総意」と言う大義名分の下に、ある種の恣意的(政治的)な皇位繼承の方途が、殘された事にもなるであろう。「國民統合の象徴」たる存在とは、一體如何なる存在なのか、我々國民の総意さえ得れば如何様にでもなる存在なのか。御世代わり自體には何の異論も無く、慶祝の意を表するものではあるが、其處に至る一見もっともらしき過程に、何か底知れぬ不安を覚えざるを得ない。

上皇御自身が、「象徴たる存在」の有り様を、恒に真摯に熟慮模索し續けておられた事は、其の御言葉の端々に端的に示されている。亦た現天皇が、其れを繼承する意志も明白に述べられている。しかし、問題は其れを恰も當然の如く推戴する我々の意識である。何の變哲も無い日々の日常生活の中に在っては、特段天皇の存在を意識する事等無いであろう。上皇が天皇時代に三十年以上に渉り、國内外の激戰地を巡り、ひたすら戰没者の慰霊に盡力された陛下の御姿は、將に「國民統合の象徴」たる天皇としての御行爲であると、我々は自明の如く受け取っているが、果たして其れだけであったろうか。筆者から見ると、其の中には「昭和天皇」に對する「嫡子」としての「恕」(孔子は、子貢の「一言にして以て終身之を行ふ可き者有りや」との問に、「其れ恕か」と答えている)、つまり「蓋愆の孝」が含まれていた様に感得され、一人の「子」であり「親」である者として、寔に深い畏敬の念を禁じ得ない。

我々は戰後、「國民統合の象徴」たる「天皇制」を、受け入れて現在に至り、その間二度に渉り御世代わりを經験してはいるが、この七十年の間一度でも本當の意味で、「象徴たる存在」とは「如何なる存在」なのか、と思考を巡らし真摯に論議した事が有ったであろうか。國民との距離が近くなり親しみ易くなる事や、其の言動や衣服等をあれこれ論評する事が、本當に「象徴」としての具體相なのであろうか。嘗って戰後の國會で、「天皇に私無し」との答辨が有ったやに記憶している。「私」が無ければ放って置いて良いと言うものでも有るまいが、要は、「放って置いた」が故の結果として、今回の「特例法」成立であったとも言えよう。

新元號發表以後の政府とマスコミに煽られたが如き一連のメデイア報道の喧騒を見るにつけ、敢てお叱りを承知の上で詞を撰ばず個人的所感を申せば、「天皇」と言う存在が、何か「國民の税金で雇われた國家タレント」の様に見えて、言い様の無い哀しみに襲われた。「皇位」とは「象徴天皇」とは「御代替わり」とは等々、己自身が今まで真摯に向き合い考えてこなかった事のツケであろうか。「帝コ何ぞ我に在らんや」との思いと同時に、されど「我が象徴天皇」と言う、複雜な感情が沸き上がって來るのを禁じ得ないのは、一體何故であろうか。

 令和元年5月3日

                            於黄虎洞

 

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