健康増進法について
瓜生ゼミ論文
2003/12/20提出
法律学科3年 01141348 徳久幸樹
第1章 健康日本21運動の展開
第2章 健康増進法とは
第3章 健康増進法の課題
おわりに
ここ数年、世界での反煙草の動きに拍車がかかっている。たしかに煙草を吸うことにはほとんど何の利益もない。強いてあげるとすればリラックス効果といったものくらいだろう。先進国の中でもっとも規制が緩いと言われている日本においても、条例によって路上での喫煙が出来なくなり、健康増進法の制定により駅構内での禁煙が実施されるなど喫煙者にとっては本当に苦しい社会が形成されている。しかし、健康増進法というものについてその他のことはまったく知らないということに気づき、喫煙者の立場からしても、この法律について理解していく必要性があると考え、研究していくことにした。この健康増進法というものが一体どのようなものであるのかということだけでなく、本当になくてはならない法律なのかということについても迫っていきたい。
第1章 健康日本21運動の展開
健康増進法というものを知る上でどうしても忘れてはならないものがある。それは健康日本21運動の展開ということである。そこで、まずこの健康日本21というものを説明していく。
21世紀の日本は、社会の高齢化によりますます病気や介護の負担が上昇すると予想される。この病気や介護といった社会的負担をどのようにして減らしていくかということが今後の課題となる。その解決策として提唱されたのが健康日本21なのである。この健康づくり運動の理念は国民1人ひとりが生涯現役でいられる社会を創りあげるということであり、ここで言う生涯現役というのは健康寿命の延長を目指すことにある。健康寿命というのは自立して生活出来る時間のことを言う。日本は健康寿命、平均寿命とも世界1位であるが、この平均寿命と健康寿命の格差を減らすことが重要になっているのである。最近よく聞かれる言葉である“クオリティ オブ ライフQOL”の向上、要するには人生の質、あるいは生活の質といったものの向上を目指していく上で、健康日本21の必要性が認識されたわけである。
また、この運動の背景にあるもう1つの要因として疾病構造の変化ということがあげられる。成人病から生活習慣病に変わったことと大きく関わりを持っている。従来、成人病という呼び方は加齢とともに起こってくる癌や脳卒中、心臓病などの病気の総称として使われてきた。しかし、これらの病気には、食生活や運動、喫煙、飲酒、休養等の生活習慣が深く関係していることがわかり、生活習慣を改善することがこれらの病気の予防に繋がるとして、1996年に成人病という呼び方を生活習慣病と改められることになった。
(厚生労働省「人口動態統計」平成14年より)
上のグラフからもわかるように、生活習慣病による死亡の割合は全体の60%以上を占めており、これらの病気を予防して減らしていくことによって、国民医療費の増加に歯止めをかけるとともに、先ほど述べた“クオリティ オブ ライフ”の向上ということにも繋がっていく。もちろん、すべての生活習慣病が生活習慣だけが原因で起こるわけではなく、遺伝や外部環境(病原体、事故、ストレス)など、色々な要因が絡み合っているわけだが、生活習慣を改善することにより発病が遅くなったり、重症になるのを防いだりできるのは確かである。
では健康日本21運動とは具体的にはどのようなものなのだろうか。この運動はその名の通り、21世紀の国民の健康増進運動として2000年から始まり、生活習慣病を防ぐため、国民1人ひとりが自主的に生活習慣の改善に取り組むうえで、2010年までの10年間で到達すべき目安として、9分野70項目からなる保健医療の水準の目標が厚生労働省によって示されている。この目標値は健康日本21の企画検討会や計画策定検討会のみで設定されたわけではなく地方公聴会、地方シンポジウムなどでの議論も踏まえて決定されたものである。
1、 栄養・食生活 |
(健康日本21による9分野の概念より)
この9分野の中で1から6は生活習慣の見直し、7から9は疾病等の減少ということであるが、この他にも肥満や高血圧といった危険因子の減少、健診受診者の増加や健診後の対応の強化といった健診等の充実ということを含めて健康日本21の大前提である健康寿命を延ばし生活の質の向上を目指そうというものである。また70項目というと多すぎるような感じがするが、例としてあげると食塩の摂取量を現状の13.5gから10g未満にするといったように1つ1つはとても些細なものであり、その中には歩く歩数の増加といった項目もある。このように細かく分類することによって目的の明確な共有と取り組みの成果を見直す上で役に立つとされる。そしてこれらの生活習慣の改善を実現することで最終的には心臓病や脳卒中については男性で約30%、女性で約15%の減少、糖尿病については約7%の減少が見込まれている。
健康日本21運動を推進していく上での法的整備が健康増進法である。この法律の制定により国民や国、健康増進事業の実施者にそれぞれ責務が課せられるようになったわけである。それがどのようなものかということが健康増進法の第1章によって説明されており、国民は健康な生活習慣の重要性に対する関心と理解を深め、生涯にわたって、自らの健康状態を自覚するとともに、健康の増進に努めなければならない。国及び地方公共団体は、教育活動及び広報活動を通じた健康の増進に関する正しい知識の普及、健康の増進に関する情報の収集、整理、分析及び提供並びに研究の推進並びに健康の増進に係る人材の養成及び資質の向上を図る。それとともに、健康増進事業実施者その他の関係者に対し、必要な技術的援助を与えることに努めなければならない。健康増進事業実施者は、健康教育、健康相談その他国民の健康の増進のために必要な事業を積極的に推進するよう努めなければならないということである。ここで言う健康増進事業実施者とは健康保険組合、国民健康保険組合(自治体)、国家公務員共済組合、企業(雇用者)などのことである。
また、この健康増進法は、より実効性のあるものとするために7つの基本方針によって構成されている。
1 国民の健康の増進に関する基本的な方向 (個人で行う健康増進を社会全体で支援し、健康づくりのための休暇を促進する。) 2 国民の健康増進の目標に関する事項 3 都道府県や市町村における健康増進計画の策定に関する事項 4 健康の増進に関する調査や研究に対する事項 5 健康増進事業実施者間における連携や協力に関する事項 6 食生活や運動、喫煙など生活習慣に関する正しい知識の普及 7 その他国民の健康増進の推進に関する事項 (民間事業者や健康増進を担う人材等の連携) |
(健康増進法第2章 基本方針より)
この基本方針は先に述べた健康日本21の掲げている目標に即したものとなっており、これに基づき都道府県は健康増進計画を策定することとなっており、さらに市町村は基本方針及び都道府県の健康増進計画に基づき自らの健康増進計画を策定することとなっている。
そして、この健康増進法において最大の目玉である受動喫煙の防止という項目が健康増進法第25条に規定されている。そこで受動喫煙の防止とはどういうことかということを簡単に説明すると、自分自身は喫煙の習慣が無くても、周りの人が煙草を吸うために、その煙を吸うことでその人の意思とは関係なく受動的に喫煙をしているのと同じ状態にさせられ、健康を害することをいう。今回の健康増進法25条では、学校、体育館、病院、劇場、観覧場、集会場、展示場、百貨店、事務所、官公庁施設、飲食店その他の多数の者が利用する施設を管理する者は、これらを利用する者について、受動喫煙(室内又はこれに準ずる環境において、他人のたばこの煙を吸わされることをいう。)を防止するために必要な措置を講ずるように努めなければならない。として、これまでいろいろな議論のあった受動喫煙の責任が喫煙者ではなく、その場所を管理している者にあるとしている。
また、この法律が制定されたことによって栄養改善法が廃止され、従来は栄養改善法により国民栄養調査を実施していたのが、栄養だけでなく生活習慣全般に拡充し、国民健康・栄養調査を実施し、科学的根拠に基づく対策の推進及び対策の評価に活用される。栄養改善法に規定されていた栄養指導も、生活習慣全般についての指導に拡充された。特定かつ多数の者に対して継続的に食事を供給する施設のうち、継続的に1回当たり100食以上または1日当たり250食以上の食事を供給する施設、例えば学校、病院、介護老人福祉施設、児童福祉施設、福祉施設、事業所といった特定給食施設については、現行の栄養改善法による集団給食施設における栄養管理の規定を引き継ぐとともに、新たな規定が盛り込まれた。その1つ目は、特定給食施設については、各都道府県が給食施設を把握することにより、適切な栄養管理のための指導助言を行うことができるよう該当する施設設置者の届出が義務づけられたこと。2つ目は、給食施設の栄養管理を適切に行う観点から、栄養管理の基準が法的に位置づけられ、特定給食施設の設置者の遵守義務が規定されたこと。3つ目は、従来、栄養改善法において一定の給食施設に対して、管理栄養士の配置義務が定められていたが、さらに、管理栄養士の配置義務に違反した場合や栄養管理基準に違反した場合には、各都道府県知事が勧告を行うことができることが規定され、また、正当な理由がなく勧告に係る措置をとらなかった場合には、各都道府県知事が措置命令を行うことができるとされた。さらに、この措置命令に違反した場合には罰則(50万円以下の罰金)が設けられた。そして4つ目は、栄養改善法において規定されていた各都道府県知事による指導・報告徴収の権限に加え、立入検査の権限が規定され、虚偽報告、検査妨害等に対する罰則(30万円以下の罰金)が設けられた。このことは第5章1節の特定給食施設における栄養管理、及び第8章の罰則に規定されている。
この他の規定としては、栄養改善法における国民栄養調査の拡充として、国民健康・栄養調査の実施についての規定、市町村の栄養相談等及び都道府県等の専門的な栄養指導等に関する規定の拡充として、市町村の栄養改善その他の生活習慣の改善に関する事項についての相談・保健指導の実施、都道府県による特に専門的な知識・技術を必要とする栄養指導等の保健指導の実施といった規定、特別用途表示及び栄養表示基準についての規定などがある。
第3章 健康増進法の課題
次に健康増進法によって得られた成果と今後の課題について触れていく。この健康増進法というのはその内容と性質上からも分かるように、施行されたからといってすぐに効果が現れるような即効性のある法律では決してない。時間をかけた政策の中でいかにしてこの法律が効力を発揮していくかということが重要なのである。そこで健康増進法が施行されて半年以上が過ぎたわけであるが、これまでに得られた最大の成果として、施設等における分煙化、及び禁煙化ということがあげられる。これについては、関東の大手私鉄においては駅構内での終日全面禁煙という形で、多くの小、中学校においては敷地内での全面禁煙という形で効力が発揮されているのを筆頭に、企業においても分煙化の促進という形である程度の成果はあげられている。これらの他には中央省庁においても厚生労働省で、来年(2004年)の4月から全館禁煙が発表された。ただし、このことは国が進めていく健康増進運動を実践する上での模範として当然のことであり、逆に言ってしまえば1年という猶予を与えてしまったことで、あるいは他の省庁においてはいまだに全面禁煙ということが唱えられているだけで実践されていないという現状からすると、健康増進法というものの根底を揺るがしかねないのではないだろうか。また、JRや東海地方の私鉄のように施行前と同様に分煙に止まっているということが示すように健康増進法第25条の規定が努力義務規定に過ぎないということが、地域ごとあるいは企業ごとに格差を生む結果に繋がっているのが現状である。
続けて煙草という観点から見てみると、日本煙草協会が発表した2003年度上半期の紙巻き煙草の販売実績によると販売数量が前年同期と比べ3.9%減の1545億本と大幅に減少した。これは本当に健康増進法の影響が大きいのだろうか。健康増進法の制定に関わらず、上半期ベースにおいては1999年度以降、5期連続で減少し続けているわけであり、決してその通りとは言い難いのではないだろうか。このことを裏付ける根拠として下の喫煙者率の推移という表を見てほしい。
(JT調べより)
これによると、喫煙者の数というのはこの5年の間、減少し続けているわけであるが、2002年から健康増進法の施行された2003年の減少率というのは他の年と比べてもほとんど大差ない。健康増進法が施行されたから禁煙をした、あるいはしようという人もいることは間違いない。ただしそういった人が多くいるかといえば決して多くはないということなのである。それでは今回の減少というのは一体何が原因なのだろうか。過去最高の減少幅を記録した1997年度上半期は消費税の増税が原因で減少した。今回の2003年においても煙草税の増税が行われた。健康増進法が施行されたにも関わらず1997年の減少幅を超える成果が現れていない以上、今回の減少に関しても増税による煙草の値段の上昇ということが最大の要因と言えるのではないだろうか。
また、長年の喫煙で肺がんなどになったとして、元喫煙者の患者と遺族六人が危険性を知りながら販売したとして日本たばこ産業(JT)や国を相手に国内で初めて損害賠償を求めた煙草病訴訟において、2003年10月21日に東京地裁で出された判決では煙草の有害性については認められたものの、煙草の依存性については自分の意思でやめられないほどの依存性はないとして請求は棄却された。本当にそれほどの依存性がないかということについては疑問を感じる。たばこ病訴訟の歴史が長いアメリカでは依存性があることは既に認められており、企業によっては、禁煙は非常に困難であるとホームページ上に明記しているところさえある。日本の専門医の間でも意思と努力だけで禁煙をするのは非常に困難であるという認識をしている。煙草をやめたいけどやめられないという意見がある以上、充分に依存性があると判断されても良いのではないだろうか。包装紙の注意書きについても、現在の「健康を損なうおそれがありますので吸いすぎに注意しましょう」という表現で問題なしと判断されたわけであるが、財務省は2005年から「肺がんの原因の1つとなります」などと具体的な病名入りに変える。これは、煙草の広告、販売等を規制する、たばこ規制枠組み条約が採択されたのを受けてのことだが、現在の注意書きでは警告として不十分と事実上認めていることになる。喫煙者の自己責任といってしまえばそれまでなのだろうが、こういった判決が出るということは国民の健康被害を防ぐには国の規制が必要だとする国際社会から日本社会が大きく取り残されてしまっていることを露呈しているのではないだろうか。社会全体の煙害に対する意識や認識がまだまだ足りていない現状で、健康増進法25条の受動喫煙の防止というものがなされるはずもない。煙草税による税収は年間2兆円と国の財源の多くを占めているからといって国民の健康保持を図るべき公衆衛生から目をそむけてはいけないのである。
そして、この法律における最大の問題点をあげると受動喫煙の防止ということに関して努力規定に止まっていることである。第2章で説明したように喫煙者に対してではなく、この法律はあくまでも施設の管理者を対象とした法律であることから、どのようにして喫煙者に受動喫煙の防止ということを守らせていくのかが明確になってない。罰則すらない法律が効力を発揮することは到底ありえない。煙草の煙害という問題を軽く見るのではなく、しっかりと理解したうえで対策を取っていかなくてはならない。だからこそ健康増進法を効果のあるものとするためにするためには、受動喫煙ということに対して罰則を設ける必要がある。
その他の問題点としては、国や地方公共団体の責務ということに関して、正しい知識の普及、健康の増進に関する情報の収集、整理、分析、提供、研究の推進、健康の増進に係る人材の養成、資質の向上、健康増進事業実施者その他の関係者に対し、必要な技術的援助を与えることと限定されているだけで、公的責任について触れられていないということがあげられる。また、国民の責務にしてみても、日本国憲法第25条では健康ということが権利であるとされている。しかし、健康増進法で健康状態を自覚し増進するのは国民の責務とされたことによって、健康日本21運動の唱える社会全体が個人の健康増進を支援するといった理念から矛盾してしまっているように見える。この法律を見ていると、ただ時代の流れにあわせただけのその場凌ぎ的なものに過ぎないように感じられてしまう。
健康増進法の背景や現状といったものからすると、この法律が施行されたのは時期早尚であったように思う。問題点としてあげたように、この法律にはまだ不十分な点が多い。それらの見直しということが急務なのである。たしかに医療費の負担を減らすために健康増進運動を行うというのは大変重要なことではある。しかし、そういったことが行われているというのを知っている人というのはまだまだ少ないと言わざるを得ない。また、この健康増進法にしても受動喫煙の防止といった程度の理解はしていても、大体の内容を把握している人はそう多くない。実際、私自身もこの法律については喫煙者の肩身が狭くなるというくらいの認識しかなかった。本当に大切なことというのは法律を作るということではなく、いかにしてそれらを浸透させていくかということにあるわけだから、まずは認知度を上げていく必要があるのではないだろうか。そして社会全体の流れがそれらを実践していこうとする方向へ進んだとき、それから法律の制定に踏み切っても決して遅くはないだろう。法律を作ったというだけの国の自己満足ということに終わってしまうようなことはなくしていかなくてはならない。せっかく社会全体が健康ということに関心を持ち始めてきているのだから、もう1度健康増進法と向き合って、このままの状態で終わることのない様にしてほしい。とりあえず作ってみてから考えようとする法律乱立主義と、役に立つのかさえ分からない法律が存在してしまう議員立法の曖昧さということをどのように解決していくのかというのが今後の重要な課題となっていくのではないだろうか。
<参考文献>
健康増進法研究会『速報 健康増進法』中央法規出版、2002年。
小西正光他『「健康日本21」を指標とした健康調査と保健支援活動』ライフ・サイエンス・センター 2001年。
松下 拡 , 熊谷 勝子『健康日本21と地域保健計画』勁草書房、2003年。
薗(石川)はじめ『やめる禁煙、治す禁煙』大月書店、2003年。
『喫煙と健康問題に関する検討会報告書』 保健同人社 2002年。
健康日本21 http://www.kenkounippon21.gr.jp/index.html
健康ネット http://www.health-net.or.jp/index.html
厚生労働省 http://www.mhlw.go.jp/
JT(日本たばこ産業) http://www.jti.co.jp/JTI/Welcome.html
日本医師会 http://www.med.or.jp/
全日本民医連 http://www.min-iren.gr.jp/index.html