住基ネットにおける個人情報の在り方

法学部 法律学科4年
平林 圭一

目次

はじめに

第一章 住基ネットとはなにか

第一節 住基ネットとはなにか

第二節 海外における個人番号制度

第二章 住基ネットの危険性

第三章 住基ネットに関する訴訟

おわりに

参考文献

はじめに

住民基本台帳ネットワークシステム(以下、住基ネット)は、1999年の住民基本台帳法(以下、住基法)が改正により2002年8月から本格導入された、国民全てに個別の番号を付け個人情報を管理する、国または、自治体によるネットワークシステムである。導入直前には、国家による監視社会につながるものとして、また、個人に番号を付けることは人権の侵害であるとして、マスメディア等にも大きく取り上げられたが、導入後は、ほとんど取り上げられることはなくなっていた。しかし、住基ネットの存在そのものに対する訴訟が数多く起こされていることや、急速な情報化による関連犯罪の増加を受けて、住基ネットとはどういうものなのか、それが21世紀の日本社会に必要なものなのかを考えていきたい。

第一章 住基ネットとはなにか

第一節 住基ネットとはなにか

住基ネットは、住基法により規定されている住民票に記載される個人情報*1のうち、本人確認情報と呼ばれる6つの情報により、ネットワークを介して全国共通の本人確認を可能にするシステムと、ICチップを利用した住民基本台帳カード(以下、住基カード)の2本の柱で形成されている。本人確認情報とは、氏名、住所、性別、生年月日の4情報に住基法改正によってつけられた住民票コード、およびこれらの変更情報である。ネットワークは各市町村のコンピュータが保有する住民票データを専用回線を用いて都道府県サーバーに転送し、それを指定情報処理機関のサーバーに転送することで実現している。指定情報処理機関とは都道府県が共同で処理を行う機関であり、総務大臣によって指定されるもので、実際には、財団法人地方自治情報センター(LASDEC)が指定されている。つまり建前上、住基ネットは自治体と公益法人で構成されており、国は直接関与しておらず、国が住基ネットに記載される情報を使用する場合は、法令に基づき指定情報処理機関が保有する情報を利用する形になる。もう一つの柱である住基カードは、住基ネットの本格導入から1年経った2003年8月25日から配布が開始された。各自治体によって発行にかかる手数料は異なるが、導入前は1枚1500円程度とされていたものが税金を投入することで大体500円程度で配布され、また、無料で配布している自治体もある。

住基ネットの目的は、2001年に決定されたe‐Japan戦略における電子政府・電子自治体を支える基盤になり、住民サービスの向上と行政の効率化を実現することにある。この具体的なメリットは、総務省によれば、1.国の行政機関等に何らかの申請・届出をするときに住民票の写しの添付が不要であること、2.住基カードを持っている人は、全国どこの市町村からでも自分の住民票の写しの交付が受けられること、3.住基カードを持っている人については、市町村を越えた転居の際に転出市町村役場に行く必要がなく、転入市町村役場に1回行けばすむこと、の3点であり、また、各自治体による住基カードを使用した個別サービスの提供、住民票コードの付与による「なりすまし」の防止も挙げられる。これに対して、デメリットとしてよく挙げられるのが、セキュリティ的な問題、システムの構築・維持にかかる費用、享受できるメリットが薄いことの3点である。

以上のように、メリット・デメリット共にいくつか挙げられるが、これらは全て住基ネットに賛成する者、反対する者の主張であり、実際にどの程度のメリット・デメリットになるのかは定かではない。よって、これらがどの程度メリット・デメリットになり得るのかを順に見ていきたい。

まずメリットであるが、一つ目の、国の行政機関等に何らかの申請・届出をするときに住民票の写しの添付が不要であることは、実際には、行政機関に申請・届出をすることは滅多にあることではなく、身近な場合でもパスポートや運転免許証の申請であり、これについては戸籍抄本が必要となるため市町村役場に行かなければならないことには変わりない。二つ目の、全国どこの市町村からでも自分の住民票の写しの交付が受けられることは、一般的に考えて、居住する市区町村以外で住民票の写しを取る機会があるとは考えづらく、また、住基カードが必要であるという前提ではその利便性はないに等しいと考えられる。三つ目の、市町村を越えた転居の際に転出市町村役場に行く必要がなく、転入市町村役場に1回行けばすむことに関しては、市区町村を越えた転居はそう何度もあるものではなく、元々、転出届は郵送によることが可能なためそのメリットはほとんどない。「なりすまし」の防止は第二章で詳しく触れるが、効果があるとは考えづらく、また、総務省でも完全な防止は無理であるとしている。各自治体によるサービスは、現在徐々に増えてきているというのが現状である。また、これは住基カードを使用することが前提で、当初稼動後1年での発行予測が300万枚(2004年3月に下方修正し84万枚)であったのに対し、実際には約36万枚で人口比の0.3%しか交付されていないことを考慮すれば、自治体のサービスによってメリットを受ける人はほとんどいないと言える。このことは滋賀県長浜市を例に挙げると、同市では、2005年4月から長浜商店街連盟の買い物ポイント機能の搭載を予定しているが、11月1日現在で対象市民5万9千人のうち住基カードの発行者は377人しかいないことからも明白である。もちろん、年々発行者は増えるであろうが、有効期限や情報変更の際の再交付等を考慮すると急激な増加は期待できないと言えるであろう。

次に、デメリットであるが、享受できるメリットが薄いことはメリットの所で述べたとおりである。システムの構築・維持にかかる費用は、国によれば、初期投資に365億円、年間の維持費に189億円かかるといわれている。これに対して、利益は行政側が手続きの簡素化等で約240億、住民側で約267億円が見込めると試算されています。しかし、運用事務費に職員の人件費は含まれておらず、また、手続きが簡素化しても職員の数が減らなければ人件費の削減は出来ず簡素化の利益は生まれないはずである。実際に、自治体の多くが住基ネットのために臨時職員の増員か事務の外注を行っており、ほとんど簡素化はされていないようである。また、住民側の約267億円の利益についても試算は住基カードの利用が全体の50%に達したものとの仮定であり、0.3%の普及率である現状では、住民側利益は期待できないことから、住基ネットの費用対効果はみこめないと考えられる。セキュリティ的な問題に関しては、数件で住基ネットへの侵入実験を行っており、安全性に問題がないことが証明されている。特に、長野県は2回に渡って実験を試みており、侵入に成功したと報道されたこともあったが、実際には、住基ネットに侵入するまでには至っておらず、実験結果からは不可能ではないが外部からの侵入は難しいといえ、その安全性は全国ネットワークに十分耐えられるものであると考えられる。

以上のように考えると、現状では住基ネットのメリットはほとんどなく、また、デメリットも一般的に言われているほどではない。しかし、費用対効果を考えれば、運用が長引くにつれ負担が増加することは明らかであるし、住基ネットの反対論で必ずといっていいほど挙げられる全国民への統一番号への不快感も考えれば、住基ネットが国民にとって有用なものであるとは考えづらい。

第二節 海外における個人番号制度

国民に統一の番号を付け管理するという考え方は今に始まったことではないし、当然、日本独自の制度でもない。というより、海外においては比較的早くから取り入れられ制度が国民の生活に定着している国も少なくない。そこで、住基ネットを海外での制度との比較によって考えたい。

海外の番号制度は、およそ三つのパターンに分けられる。これは、アメリカ・カナダ方式、北欧方式、イタリア・オーストラリア方式の三つである。アメリカ・カナダ方式は、両国における社会保障番号である「社会保障番号」や「社会保険番号」が様々な分野で転用される方式である。アメリカとカナダには戸籍や住所登録制度がなく、そのため、比較的多くの人が持っている社会保障番号を多目的利用し、個人情報も民間企業を中心に収集されている。結果、プライバシーの侵害が多発し、アメリカではプライバシー法を制定し、特に、データ照合やプロファイリングに対する規制を強化する制度を導入している。北欧方式は、スウェーデン、デンマーク、フィンランドなどで導入され、出生あるいは海外からの移住申請と同時に強制的に番号が付けられる。北欧のほか韓国でもこの方式を導入しており、日本の住基ネットもこのパターンに当てはまる。民間企業が勝手に個人情報を収集、利用するのではなく、「国家が適正に管理することで国民にとって有益であり、高福祉国家の根幹をなしている」といわれていましたが、スウェーデンのデータ検査院元院長は、「スウェーデン人は数字であって個人ではない」、「古くから番号制度が先行し、プライバシー侵害となっている」、「未導入国はわが国の方式を導入するなと指摘したい」と言っており、プライバシーの侵害という点では問題が生じている。イタリア・オーストラリア方式は個人番号の目的を、税金をかけて徴収することに限定しており、番号は申請による任意取得になっている。例えば、所得が発生した際に番号がない場合は、いったん最高税率で税金を払い、その後、確定申告をして適正課税を行い、税金を払いすぎていた場合は還付を受けることで納税することができる。番号がないことで一時的な不便さを被ることはあるが、番号がなくても生活には支障がない。

これらの異なった方式であるが、共通している点は、付番機関が国の機関であるという点であり、住基ネットのように付番機関が地方自治体という国はない。また、海外では数十年前から番号制が導入されているが、ICカードを採用している国もない。アメリカでは2001年以降、ICカードの導入が検討されたが、カードの偽造を懸念して導入は見送られた。フィンランドではカード化計画があったが、利用者が増えないまま中止された。その他、ICカードの導入の動きがあっても、国民の強い反対運動によって導入が見送られる国がほとんどで、日本のようにすんなりと導入された国はない。なぜ、ここまでICカード化が反対されるのかは、仮に、ICカードに本人確認情報以外の情報、例えば、健康情報が記載された場合、それは病歴を持ち歩かされていることと同じであり、これは、明らかにプライバシーの侵害であるからである。

第二章 住基ネットの危険性

住基ネットの稼動以降、それに関連した事件が徐々に発生してきている。ここではそれらの事件に焦点を当て、住基ネットにどのような危険があるのかを考えていく。

まず、住基カードを不正取得するケースがある。これは全国各地で起こっており、他人の住基カードを不正取得し、カードローン付きの預金口座を開設した佐賀県の事件で、佐賀地裁は、「制度のすき間を狙った計画的な犯行。国民の住基ネットワークに対する信頼を低下させた影響は大きい」として、懲役2年、執行猶予4年の判決を下した。また、住基カード発行時の本人確認の徹底に伴い、自分の住基カードをもとに顔写真以外の情報を書き換えたカードを偽造する事件も発生している。今のところ、偽造カードが使われているのは携帯電話購入時の身分証明だけだが、携帯電話を使った犯罪は近年増加しており、不正な携帯電話の取得が更なる事件を起こす可能性も秘めている。第一章で「なりすまし」の防止は効果があるとは考えづらいと書いたが、これらの事件を見れば、住基ネットが「なりすまし」を防止するどころか、住基カードの存在により、逆に「なりすまし」を増加させているのではないかとも考えられることが分かるであろう。では、他人の住基カードや偽造住基カードを使用して「なりすます」ことでどのような被害が出るのか。これは、前述した佐賀県の事件を見れば明らかである。この事件は、不正取得の住基カードで口座を開設しているが、この口座の名義人は実在の人物ということになる。つまり、本人が全く知らないうちに口座が開設され、ローンを組まれているということがあり得るのである。また、この口座が架空請求や振り込め詐欺に使用されないという保障はどこにもない。住基カードによる「なりすまし」を防止する方法は、行政による本人確認の徹底を期待する以外にはない。

次に、住基ネットに記載された個人情報が流出するケースがある。これは実際に福島県と愛知県で起きており、福島県塙町では、作成した敬老会招待者名簿に町民約1500人分の住民基本台帳ネットワークの個人コード番号が記載され一時流出していた。これは、敬老会の打ち合わせに来た区長が住民票コードに気づいたため職員が回収し、外部流出は免れた。名簿は同町保健福祉課が町独自で住民基本台帳を管理していた端末を使って作成したが、作成した職員は番号が住民票コードであることは気づかなかったという。また、愛知県飛島村竹之郷三では、住民基本台帳を基に作成した約4400人の村民の氏名、住所、生年月日の個人情報が保存されていたパソコンが盗難に遭った。いずれの事件もシステム上の問題ではなく職員の過失であるが、個人情報を取り扱っているという意識の低さが表れた結果であるといえる。

次に、住基ネットではないが、導入前の平成11年5月に発覚した京都府宇治市の住民基本台帳データ(以下、台帳データ)の流出がある。これは大量の個人情報が流出したことや、個人情報の流出による損害賠償のリーディングケースであることから詳しく見ていきたい。同市は台帳データを下もとに、乳幼児健診システムの開発業務を外部業者に委託したところ、その再々委託先業者に勤務していたアルバイト従業員が、このデータを光磁気ディスク(以下、MO)にコピーし、名簿販売業者に売却した。これを受けて同市は、データの早期回収・廃棄を優先し、全データの回収と消去を行い、今後いっさいの迷惑をかけないことを確約する念書を取りつけ、そのうえで、再発防止のための管理体制、管理システムの強化と総合的対策のために、システム監査院による監査を依頼した。しかし、市議3人より、データ流出によりプライバシー権を侵害されたとして国家賠償法1条または民法715条に基づき提訴された。

大阪高裁判決では、データそのものがインターネット上に流出したわけではなく、また、データの不正利用による具体的な被害があったわけではないとはいえ、同市の適正な支配下で管理されるべきものであるにもかかわらず、その支配下から流出したことを重視し、市議らのプライバシー権が侵害されたことを認め、同市に対し1人当たり慰謝料1万円、弁護士費用5000円の支払いを命じた。同市は判決を不服として最高裁判所に上告を申し立てたが受理されず、大阪高裁判決が確定した。名簿を売却したアルバイト従業員は、個人データをコピーしたとはいえ、MO自体は自ら持ち込んだものであるため窃盗罪には該当せず、また、現在は個人情報を保護する法律がない(平成17年4月1日施行)ため、刑事責任を問われることはない。

以上を見て分かるとおり、データの流出はセキュリティ面ではなく、それを扱う職員の意識の低さに原因がある。最近、住基ネット以外でも大手企業が立て続けに個人情報を流出しているが、サーバーへの不正侵入による流出はほとんどない。

では、個人情報の流出によってどのような被害が出るのか。一般的にはダイレクト・メール(以下、DM)等が考えられると思うが、しかし、住基ネットに記載されている情報のうち氏名、住所、生年月日、性別は、元々、不正な目的でなければ閲覧できる情報である。つまり、DMは住民票データを正規の手続を経て使用した合法的なものなのである。実際、日本ダイレクトメール協会は、苦情があると参加企業の保有リストから名前を削除するDM受取休止登録サービスを平成10年11月から行っており、ここに登録を行っている企業のDMをとめることが出来る。では、住基ネットの個人情報が流出しても何の被害もないかというと、そうでもない。一般企業が名簿を流出した場合、大抵、架空請求書が送られてくる。住基ネットの場合は流出データが全国ではなく市区町村のデータがほとんどで、そのデータを不正利用するとその経路が判明しやすいため、送付しづらいというだけのことである。住基ネットの危険性は現状ではそれほど強いものではなく、最大の懸念は、今後、記載される情報が増加するのではないかということであり、もしそれが行われれば、流出した際の被害も比例的に拡大していくのである。

第三章 住基ネットに関する訴訟

2002年8月の本格稼動以降、住基ネットに反対する団体などを通じて様々な形で訴訟が起こされている。ここでは、どういった形で訴訟が起きているのかを見ていく。住基ネットに関する訴訟は行政訴訟になるが、ほとんどが国や都道府県を相手に運用差し止めや住民票コードの取り消しを求めるケースで、例外として、西東京市で2004年8月に起こされた同市長を相手にした損害賠償請求がある。訴訟のほとんどが現在も継続中であり判決は出ていないが、富山地裁での「住民票コード附番処分取消請求事件」については平成16年6月30日に判決が下ったため、その内容を詳しく見ていく。

事案の概要は、原告らが、被告(富山市長)に対し、被告が住基法に基づき原告らに11桁の番号(以下、住民票コード)を付与した行為(以下、本件行為)は,憲法13条で保障されている原告らのプライバシー権を侵害する違法な行政処分であると主張して、本件行為の取消しを求めたことである。

争点は、1.本件行為が「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」(以下、行政処分)に当たるかどうかと、2.本件行為の違法性である。1について被告は、

「行政処分とは、行政庁の法令に基づく行為のすべてを意味するものではなく、国又は公共団体が行う行為によって、直接国民の権利義務を形成し、又はその範囲を確定することが法律上認めれれているものをいう。本件行為は、住民票の情報を表現するための記号を付したものにすぎないから、それによって原告らの地位に影響を与えるものではない。したがって、本件行為は『直接国民の権利義務を形成し、また、その範囲を確定することが法律上認めれれているもの』ではなく、『行政処分に該当しない』*2

と主張した。これに対し原告は、本件行為により、原告らの本人確認情報というプライバシーが全国の市町村端末によって、また、一定の事務を扱う中央省庁において検索及び閲覧が可能となる。このことは、原告らのプライバシー権が直接制限され、またはその範囲が確定されることに他ならない。なお、本件行為の性質は附番の通知であるが、観念の通知を含む通知にも行政処分性は認められるとした。2について原告はプライバシー権の保障および内容、国の行政機関による利用の不承認、情報漏えいの可能性等を挙げ、まとめとして、本件行為は原告らの承諾がないのに、また、個人情報保護のための措置が十分でないためプライバシー侵害の危険性が大きい状態であるのに、原告らに住民票コードを付し、全国ネット(住基ネット)に接続したものである。これによって、他の自治体又は国の行政機関が原告らのプライバシーを侵害する危険が生じたものであり、このことについては番号を付与した被告が責任を負うべきものである。よって、本件行為は、憲法13条に反し原告らのプライバシー権を侵害するものであるから、その取消しを求めるとした。これに対し被告は、法133号(住基法附則 平成11年8月18日法律第133号)3条の規定により本件行為をしたのであり、本件行為は適法であるとし、また、ファイアウォールによりセキュリティ上危険であるとはいえないこと、住基ネットにおける本人確認情報の利用の限定性、国の機関等へのデータ提供には法律上の根拠が必要であり、目的外利用の禁止を定めていることを主張し、その上で、そもそも、市区町村長は、住民基本台帳法により、住民票の記載等を行った場合には、本人確認情報の通知等に関する事務は、市区町村長に義務づけられたものであると述べた。
これらを受けて富山地裁は、

「取消訴訟の対象となる行政処分とは、公権力の主体たる国又は公共団体が行う行為のうち、その行為によって、直接国民の権利義務を形成し、又はその範囲を確定することが法律上認められているものをいう。本件行為は、市町村長が住基法7条に基づき住民票に住民票コードを記載するものである。ところで、市町村長が住民票に同条各号に掲げる事項を記載する行為は、いわゆる公証行為であるから、その性質上国民の権利義務に直接具体的な影響を及ぼすものではなく、ただ、その行為が他の何らかの法的効果と結びつけられている場合に限って行政処分性が認められるものと解される。本件行為は、氏名、住所等の文字情報によって本人確認をする場合よりも、取り扱うデータの量を減少させて迅速な検索を可能にし、かつ、確実な本人確認を実現する目的で、住民票に11けたの数字を記載したものであるから、住民票コードは、既に記載されている住民票の内容を表現するものにすぎない。そうすると、本件行為は、基本的にはもともと市町村長が実施していた公証行為の延長線上にあるというべきであるから、その性質上、当該行為そのものによって直接新たに国民の権利義務を形成し、又はその範囲を確定するものとはいえない。また、住民票コードの付与が、何らかの法的効果と結びついていると解すべき根拠もない。*3

とし、また、原告が主張するプライバシー権の侵害についても、

「住民票コードが原告らに付与されることに伴って、間接的あるいは抽象的に生じうる不利益をいうものにすぎず、採用できない。*3

とした上で、本件行為は取消訴訟の対象となる行政処分とは解されないから、本件訴えはその余の点について判断するまでもなくいずれも不適法であると述べ、訴えを却下した。

この訴訟の最大の争点は、判例の中に何度も出てくるように、本件行為が行政処分に当たるかどうかである。この訴訟は取消訴訟であるため、行為が行政処分でなければその他の争点がどうであれ取消は求められないのである。原告はプライバシーの侵害を挙げているが、行政処分でない以上プライバシーの侵害はありえない。仮に、プライバシーの侵害があるとすれば、住民票コードをつける以前から侵害があったことになる。判決によれば、市区町村長が住民票に事項を記載していた行為は公証行為(特定の事実又は法律関係の存在を公に証明する行為。登記や各種証明書の発行がある。ここでは、個人情報を住民票に記載する行為と考えられる。)であり、住民票コードは既に記載されていた内容を表現するものに過ぎず、公証行為の延長線上にあるものであるから、行為が直接国民の権利義務を形成し、また、その範囲を確定するものではなく行政処分には当たらないのである。

この裁判の他にも取り消しを求めた裁判は多数起こっており、西東京市では、先に触れた損害賠償請求のほかに、取消裁判も起こされている。しかし、富山地裁判決が言うように、確かに住民票コードは国民の権利義務を新たに形成し、また、範囲を確定するものではないため、行政処分と認めさせたうえで違法性を証明することは難しいと言わざるを得ない。損害賠償請求裁判は、住民票コードによる人格権やプライバシー権の侵害を放置したとして、不法行為によって提訴されたものであるが、プライバシー権については富山地裁と同様の結果が想定され、また、人格権については、国民に番号を付けることは家畜や工業製品などと同じ扱いにすることであるという主旨であるため、これが違憲であれば、日本に長期滞在する際に登録番号を付けられる外国人の立場がない。

ただし、これで住基ネットの正当性が認められたわけではない。富山地裁判決は、住民票に記載されていた本人確認情報の延長に住民票コードがあり、利用が限られることを前提にしており、仮にその利用が拡大されたり、新たに記載される情報が加わったりすれば、それが行政処分と解される可能性もあり得る。もし、行政処分となればその流出の可能性も含めた裁判になり、制度の不要な拡大を防ぐことも可能である。つまり、この判決を肯定的に見れば、懸念されている住基ネットに記載される情報の増大に歯止めをかけるものと見ることも出来るのである。なお、原告は判決を不服として名古屋高裁金沢支部に控訴している。

おわりに

住基ネットの未来はどうなるのか。住基ネット稼動前後では、反対しているもののほとんどが住民票コードをつけることに不快感を示していた。確かに、突然番号を付けられたのだから当然であろう。しかし、海外ではすでに数十年前から番号が付けられているし、恐らく、付番が始まってから生まれた者にとって、それほど違和感はないだろう。最近では、反対者の中にも住民票コードに付く情報が現在の4情報に限られているうちは問題ないし、現実的な処置かも知れないと考える者も出てきている。問題は、便利だという表現によって個人情報が拡大されることである。病歴などが記載されればプライバシーの侵害どころの騒ぎではない。しかも、住基カードはICカードのため、従来に比べ大量の情報を保存することができる。ICカードというと分かりづらいが、これを利用した最も有名なものは「Suica」だろう。住基ネットは「Suica」と同じ非接触式を採用している。つまり、通常に比べ簡単にデータが取り出せるのである。近い将来、すれ違っただけでデータが取り出せるかもしれないし、そうなれば、SF映画のようにいつ誰がどこを通ったかなどが分かる日が来るかもしれない。そうなれば人権は終わりである。今後は、住民票コードが不快だということではなく、これ以上個人情報が拡大されないように国家を監視することが大切であり、もし、そのような予兆が見られれば、日本は民主主義国家であり、主権者は国民であるということを強く主張していかなければならない。

  1. そもそも、住基ネットに記載される情報は個人情報ではないという主張もあり、個人情報の定義は難しいが、2005年4月1日施行の個人情報保護法によれば、特定の個人を識別することができるもの(他の情報と容易に照合することができ、それにより特定の個人を識別することができることとなるものを含む)とあり、これによれば、氏名や住所は確実に個人情報であるということが出来る。
  2. 住民票コード附番処分取消請求事件、争点(1)被告の主張から抜粋。
  3. 住民票コード附番処分取消請求事件、当裁判所の判断から抜粋。

参考文献(順不同)

『住基ネットで何が変わるのか』
著者:榎並 利博
出版社:ぎょうせい
『個人情報と人権』
著者:白石 孝
出版社:解放出版社
『「住基ネット」とは何か?』
著者:櫻井 よしこ 伊藤 穣一 清水 勉
出版社:明石書店
『プライバシーがなくなる日』
著者:日本弁護士連合会編
出版社:明石書店
『世界のプライバシー権運動と監視社会』
著者:白石 孝 小倉 利丸 板垣 竜太
出版社:明石書店
『個人情報保護法のしくみと実務対策』
著者:渡部 喬一
出版社:日本実業出版社

参考Web Site(順不同)

「住民基本台帳ネットワークシステム」
http://www.soumu.go.jp/c-gyousei/daityo/
「MSN-Mainichi INTERACTIVE」
http://www.mainichi-msn.co.jp/
「アサヒ・コム」
http://www.asahi.com/
「神戸新聞Web News」
http://www.kobe-np.co.jp/
「NIKKEI NET」
http://www.nikkei.co.jp/
「NPO 日本ネットワークセキュリティ協会」
http://www.jnsa.org/
「最高裁判所ホームページ」
http://courtdomino2.courts.go.jp/home.nsf
「個人情報と住基ネットを考えるサイト」
http://tantei.web.infoseek.co.jp/kojin/
「国民共通番号制に反対する会」
http://kokuminbango.hantai.jp/
「JDMA」
http://www.jdma.or.jp/
「個人情報保護に関する法律」
http://www.kantei.go.jp/jp/it/privacy/houseika/hourituan/030307houan.html