『高齢者福祉について
      戦前と現在の施設の変容』

はじめに

第一章 社会福祉の意義

第一節 社会福祉の意義

第二節 高齢者福祉について

第二章 高齢者福祉の老人ホームの変容

第一節 戦前の施設

第二節 現在の施設

第三章 高齢者のための法律

第一節 戦前の法律

第二節 現在の法律

第三節 戦前と現在の法律で変わった点

おわりに

用語解説

参考文献

参考サイト

はじめに

社会福祉という分野の中に様々な意味をもつ福祉が存在する。その中で、一番興味のある高齢者福祉について研究しようと思った。社会福祉の成り立ちから社会福祉の一部として存在する現在における高齢者福祉に至るまで、そして、高齢者の介護施設の成り立ちも同様にどのような経路を辿ってきたのかを本論で考えてみたい。

第一章 社会福祉の意義

第一節 社会福祉の意義

『福祉』という言葉を辞書で調べると、「幸福」、「生活の安定・充足」などと説明されていることが多いが、現在、一般的に使われている「福祉」という言葉は、むしろ「社会福祉」と同じ意味合いをもつ言葉として認知されてきている。

「社会福祉」とは、人々の生存権を保障するために、貧困者や児童、高齢者、障害者などの社会的に不利の立場にある人に対し、援護や保護、育成などの社会的努力を組織的に行う制度やサービスをいう。

我が国において、「社会福祉」という言葉が普及し始めたのは、第二次世界大戦後の1946(昭和21)年に制定された、日本国憲法第25条「生存権、国の社会的使命」の理念に基づいている。(資料1参照)日本国憲法第25条は、すべての国民の生存権を国が保障するとして生存権保障を提起し、国民の健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を明らかにしている。また、同条2項では、これを受けて、国がすべての生活部門について社会福祉・社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めるべき債務を規定している。こういった社会福祉の中に高齢者福祉が存在する。

<資料1>

日本国憲法第25条「生存権、国の社会的使命

一項 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。

二項 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない

その後、1950(昭和25)年の「社会保障制度に関する勧告」(資料2参照)などを通じて、社会福祉の対象を経済的な困窮者や障害者・児童などの社会的に不利な立場にある者だけに限定したこともあったが、欧米の「福祉国家」や「社会サービス」などの考え方や実践していることを取り入れられ、我が国では、今日では、所得、住宅、雇用保障なども幅広く「社会福祉」の対象として含まれている。

<資料2>

社会保障制度に関する勧告

社会福祉は、社会保険、国家扶助、公衆衛生および医療と併置されたうえで、『国家扶助の適用を受けている者、身体障害者、児童、その他援護を必要とする者が、自立してその能力を発揮できるよう、必要な生活指導、更生補導、その他の援護育成を行うこと』と規定されている。

また、我が国は、従来、福祉についての考え方は、障害者や高齢者などの社会的弱者を収容保護して社会から隔離する傾向にあったが、第二次世界大戦後、デンマークのB・ミッケルセンにより、どのような障害があろうと一般の市民と同等の生活と権利が保障されなければならないという「ノーマライゼーション」の考え方およびB・ニルジェにより、大規模収容施設の脱施設化という考え方により、現在では、すべての人が地域や自宅、介護施設でADLからQOLへの向上を目指すと同時に自由に生活できる環境づくりへと大きく変化してきている。また、生活の拠点となる施設や住居の環境では、ノーマライゼーションの理念から、ユニバーサルデザインやバリアフリーといったことに重点をおき高齢者が生活をしていく上での環境が整ってきている。

第二節 高齢者福祉について

国際連合の定義では、高齢社会とは、総人口に占める65歳以上の高齢者人口(老年人口)の比率が一定以上に高くなっている社会のことをいう。高齢社会は65歳以上の高齢者人口の比率が7%を超えた社会である「高齢化社会(aging society)」と14%を超えた社会である「高齢社会(aged society)」とに分類される。また、高齢者は65歳以上75歳未満の前期高齢者と75歳以上の後期高齢者に分類される。現時点では、前期高齢者が後期高齢者より多いが2022(平成34)年以降にはこの比率が逆転し、後期高齢者が前期高齢者より多くなると見込まれている。すなわち、若くて元気な高齢者よりも身体機能が低下し健康面に問題をかかえた高齢者が多くなるだろうと予想される。

我が国の高齢者人口の現状と将来については、平成12年における我が国の人口(1億2692万人)を年齢3区分(年少人口(15歳未満人口),生産年齢人口(15〜64歳人口)及び老年人口(65歳以上人口))別にみると,年少人口は1845万人(総人口の14.5%)、生産年齢人口は8600万人(同67.8%),老年人口は2227万人(同17.5%)となっている。(このうち男性は951万人、女性は1321万人。)

これを平成7年と比べると、年少人口は157万人(7.8%)減,生産年齢人口は117万人(1.3%)減となっているのに対し、老年人口は401万人(22.0%)増となっているので、その結果、老年人口は調査開始以降初めて年少人口を上回ったのである。また、総人口に占める年少人口の割合は1.4ポイント縮小しているのに対し、老年人口の割合は3.0ポイント拡大している。従って、少子・高齢化が更に進行しているのである。(図1-1・表1-1・表1-2参照)

以上の表から読み取れるように高齢化が進む一方で子供の出生率が低下しているため、少子化も進んでいる。また、生産年齢人口の推移(表1-3参照)をみると、昭和25年には5017万人であったが35年には6047万人、45年には7212万人となっている。その後も増加を続け、昭和60年には8251万人、平成7年には8716万人となったが,12年では8600万人となり、調査開始以来初の減少となった。

総人口に占める生産年齢人口の割合の推移(表1-3)をみると、大正9年から昭和25年までは58〜59%台で推移したが、30年に60%を超えてからは45年の68.9%まで拡大を続けた。その後、昭和50年、55年に縮小したものの60年からは再び拡大に転じ第2次ベビーブーム期の出生人口が15歳以上に達した平成2年は69.5%と調査開始以来最も高くなったが平成7年から再び縮小に転じ、平成12年には67.8%となっている。

また、人口の年齢構造の変化を人口ピラミッドの形態によってみると、我が国の人口ピラミッドは、戦後の昭和25年までは若い年齢ほど人口が多く、いわゆる「富士山型」であった。しかし、昭和25年以降出生数が減少したため、昭和35年には人口減退を示す「つぼ型」に近い形になった。その後、30年代の終わり頃から第2次ベビーブームの40年代後半にかけて出生数がやや増加したため、ピラミッドのすそが再び広がり「星型」に近くなった。その後は、昭和48年をピークに出生数が再び減少傾向となった人口ピラミッドは50〜54歳、25〜29歳を中心とした二つの膨らみを持つ「ひょうたん型」に近い形となっている。(表1-4参照)従って、高齢化および少子化の増大により将来、高齢者を介護する人々が減少し、日本の経済を支える若手社会人も減少するため、日本に大きな影響を与えるだろうと予想される。

http://www.ascom.jp/より

第二章 高齢者福祉の老人ホームの変容

第一節 戦前の施設

戦前は、政府は社会事業に力を入れていたため、弱い立場の人のための保護施設というのは軽視されていたのである。そのため、なおさら高齢者のためだけの保護施設はなかったのである。しかし、江戸時代の末期から明治期に「小野慈善院」1864(元治元)年、「東京養育院」1872(明治5)年、「大勧進養育院」1883(明治16)年などに混合収容救護施設が設立されていたのである。しかし、これらの施設は字の通り混合・収容という言葉どおり、子供や障害者や高齢者を分け隔てなく収められたに過ぎなかった。施設にどんどん入れるだけ入れ、収容後についてはあまり保護されていなく、放置されるような状況であったのである。また、衛生上も良くなかったのである。これは、戦前は大家族であったので一般の高齢者は家族に扶養及び介護されることが原則であったのである。

最初に高齢者のみを救済対象とした収容施設が設立されたのは1895(明治28)年に東京市芝区に誕生した「聖ヒルダ養老院」であるといわれている。その後、1899(明治32)年に「友愛養老院」、1901(明治34)年に「空也養老院」、1902(明治35)年「大阪養老院」などが続いて設立されたのである。ただし、この時も、放置されるような状況であり、保護施設内の食事や衛生面などはよくなかったのである。また、この頃になると子供や障害者と別々の施設に分類されたが、養老施設は児童関係施設や障害者施設に比較すると施設数も少なく、養老事業が十分に展開しているとはいえない現実があったのである。ここからも想像できるように、伝統的な家族制度による私的扶養が醇風美俗として強調されていたため、表面的には高齢者問題は大きな社会問題として認識されていなかったのである

宛てがない高齢者は浮浪し、物乞いに歩くその姿をみることは決してまれなことではなかったのである。

養老院はあくまでも収容施設のため、施設の利用のしやすさや食事、衛生面において、現在の施設と全く違い快いものではなかったのである。

第二節 現在の施設

現在は、高齢者施設福祉サービスがある。高齢者施設福祉サービスの中で、介護保険制度(現在の法律を参照)に関係する〈1〉指定介護老人福祉施設(特別養護老人ホーム)、〈2〉介護老人保健施設、〈3〉指定介護療養型医療施設について説明する。

〈1〉指定介護老人福祉施設(特別養護老人ホーム)

老人福祉法第25条の特別養護老人ホームで、施設サービス計画に基づき、身体上、もしくは精神上、環境上の理由により、居宅での生活が困難な要介護者に対して@日常生活上の世話、A機能訓練、B健康管理、C療養上の世話の提供を目的とした施設である。サービスの提供においては「生活の場」であることを基本理念に、利用者の心身両面に配慮しつつ、残存機能を十分に活用し自立を促しつつ食事・入浴・排泄等の基本的生活場面から、生きがい・娯楽等の精神生活面、さらに家族・地域社会とのつながりを維持する社会生活面までも視野に入れ、QOLに配慮した支援を展開していくことが期待されている。

〈2〉介護老人保健施設

1987年に老人保健法の改正で創設された施設で、要介護者に対して、施設サービス計画に基づいて、看護・医学的管理の下における介護及び機能訓練その他必要な医療ならびに日常生活上の世話によって、自立を支援し、居宅生活への復帰を目的とする施設である。入所対象者は、症状安定期にあり、入院治療をする必要はないが、リハビリテーションや看護・介護を必要とする要介護者である。現状をみると、本来期待されている機能が十分に発揮されていなく、自宅に復帰する退所者は半数以下となっている。そこでリハビリ機能・在宅復帰機能を適切に評価する仕組みの導入を検討していかなければならないといえる。

〈3〉指定介護療養型医療施設

長期療養を必要とする要介護者に対して、施設サービス計画に基づいて、療養上の世話、看護、医学的管理下での介護、その他の世話、機能訓練、その他必要な医療によって、自立した日常生活を支援することを目的とした施設である。2001(平成13)年介護サービス施設事業所調査の在所期間別構成割合を見てみると在院者数のうち在所期間1~2年が35.6%、6ヶ月~1年が16.5%と長期にわたっているため、今後、長期利用者の療養環境の向上も課題と考えられる。

これらの施設は、常に明るい施設と質の高いサービスを目指して介護スタッフ全員が利用者さんと家族同様に接し、コミュニケーションを大切にしている。また、個人を尊重し細やかな気配りと柔軟な対応を心がけ、利用者さんに自発的に考え行動していただくためのサポートをすること、施設での生活に誇りを持ち、自分らしい暮らしを楽しんでいただくためのニーズに応えてゆこうという気配りをしている。そして、毎日を生き生きと過ごしていただくために、様々な趣味やサークル活動を用意し、バックアップしている。介護スタッフから一方的に提供させていただくのではなく、あくまでも自然体で、利用者さんの嗜好性を尊重していっている。例えば、染色工芸教室や書道教室などを開催する。さらに毎月行われる誕生日会、お花見、花火大会、クリスマス、餅つき大会といった恒例行事には、利用者さんのご家族の方も一緒に参加していただいている。また、季節によっては、足をのばし近隣の名所などを遠足も行われている。こういった恒例行事の趣旨は、利用者さんが毎日生き生きして楽しく過ごしていただくこと、利用者さんのご家族や利用者さん同士の親睦を深めてもらい、仲間と共に過ごしより一層絆を深めていただくことにある。

しかし、このようなサービスである一方で、介護者から高齢者への虐待もある。

高齢者に対する虐待は、身体的虐待、心理的虐待、経済的虐待、介護・世話の放任・放棄など様々な態様があり、(1)被虐待者は高齢女性で要介護者が多いこと、(2)介護者と加害者が同一者である率が高いことなどが指摘されている。これらの虐待については(1)家庭内虐待及び(2)施設内虐待について、以下の表で説明する。(虐待に関する法律は、現在の法律を参照)

(1)家庭内虐待に関する先行研究の調査結果概要

(1) 虐待の種類別件数

身体的虐待と介護・世話の放棄・放任(ネグレクト)の占める割合が高い。

(2) 被虐待者の性別

女性がほぼ4分の3以上を占めている。

(3) 被虐待者の年齢別

75歳以上の後期高齢者の占める割合が高い。

(4) 被虐待者の痴呆の有無

「痴呆あり」が約半数を占めている。

(5) 虐待者と被虐待者の関係

嫁、息子、配偶者で7割方を占めている。

(6) 虐待要因

研究者により要因分類の仕方が若干異なるが、過去の人間関係不和の延長線上、介護ストレス、痴呆などが要因の上位を占めている。

(2)施設内虐待に関する先行研究の調査結果概要

【特別養護老人ホーム】

(「特別養護老人ホームにおける高齢者虐待に関する実態と意識調査」(2000年3月による。)

(1)  虐待事例の有無

約3割の施設で「虐待あり」と回答した。

(2)  加害者の内訳

「他の利用者」「施設職員」がそれぞれ4割以上を占め、計9割弱となっている。

(3)  痴呆症状の有無

被害者の7割弱に痴呆症状が見られた。

(4)  虐待の種類  他の入居者によるものでは身体的虐待が半数を占めるのに対し、施設職員によるものでは心理的虐待が4割で最も多くなっている。

http://www.mhlw.go.jp/shingi/2004/02/s0223-8.html#topより

また、虐待の一部である高齢者への「拘束」に関して、以下の表で説明する。

施設全体の出入り口で鍵等で昼間自由に出入りできなかった:178(43.5)

施設内のフロアー、デイルームなど特定のスペースに閉じ込められた:130(31.8)

部屋に閉じ込められた:46(11.2)

ベッドの上で手または足を縛られた:168(41.1)

車椅子に身体を縛られる、または立てないようにされた:134(32.8)

薬でおとなしくさせられた、または行動を抑えられた:108(26.4)

その他:25(6.1) 

※ ( )内は「拘束」の経験ある409人に対する割合(%)である。

「拘束」の内容人数割合(%)
A.施設全体の出入り口が鍵等で昼間自由に出入りできなかった17843.5
B.施設内のフロアー、デイルームなど特定のスペースに閉じ込められた13031.8
C.部屋に閉じ込められた4611.2
D.ベッドの上で手または足を縛られた16841.1
E.車椅子に身体を縛られる、または立てないようにされた13432.8
F.薬でおとなしくさせられた、または行動を抑えられた10826.4
G.その他:256.1
合計409100.0

※以下「拘束」の内容はA、B、C、D、E、F、Gで示す

 「拘束」の内容と利用した医療・福祉サービスの種類の集計結果では、Aは老人ホームの短期入所や入院に多い、Bは老人保健施設の短期入所や老人ホームの短期入所に多い、Cは入院や老人ホームの短期入所に多い、Dは入院に著しく多い、Eは入院や老人ホームの短期入所に多い、Fが入院に著しく多いという結果であった。病院・診療所のデイケア、グループホーム、ケアハウスでは「拘束」は皆無であった。

逆に「拘束」を少なくした事例に関しては、「専用室での介護をする。専門病棟でケアする場合についてはあまり拘束は見られない。」ということがある。

また、高齢者への拘束の域までは達しないが、不適切なケアとして、「高齢者への子供扱いした言葉使い」「食事を途中で下げられる」「ポータブルトイレが使えるのにオムツを使う」「歯があるのに流動食を食べさせられる」「手をベッドに縛られ、いつも素足にさせられる」「放ったらかしにされる」「強い薬でもうろうとなり食事さえ出来なくなってしまった」「鍵付きの個室に入れられた」ながある。

また、医療の場では、虐待という行為に似た行為で患者をベッドに縛りつける「抑制」という言葉がある。

この「抑制」という言葉を使うことによって「縛る」ということの恐ろしさや犯罪性が覆い隠されてしまう。「ベッドから落ちて骨折したり、点滴の管を外すと危険だから、これは仕方がない」と、多くの医療関係者は考えているようであるが、そんなに罪の意識を感じないものとして日常的に医療界で行なわれてきている。

「抑制」に関する事例としては、1995年、新潟県の犀潟病院で食べたものが喉に詰まって患者が窒息死した事件があった。しかし、病院内では問題とされず、ただ単に死んだという届出が出されたのである。不審に思った保健所の人の調査で、犀潟病院では日常的に患者を縛っていたことがわかったのである。

また、聖マリア・ナーシングヴィラという有料老人ホームでは、高齢者に対する行為は「縛っていても手足が動くので人道的です。」と言って、「縛る」という行為ではなく、身動きしていると危ないので「正当」な行為であるとしている。

これらを改善していくためには、今後、介護施設利用者のことをより詳しく聞き、その家族からの介護経験、意見をもより詳しく聞くこと。そして、医療・福祉サービスの現場職員の増員と研修、施設・設備の改善による高齢者へのケアの改善を図ると共に、「不適切と思われるケア」を監視するオンブズマン制度の導入することが高齢者へのケアの質を高め、人権の擁護をすることが必要であると思う。

〈資料3〉

虐待等に対する通報義務等の例

〔配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律(平成13年法律第31号)〕

配偶者からの暴力を受けている者を発見した者は配偶者暴力相談支援センター又は警察官へ通報する努力義務を負う(第6条第1項)

医師その他の医療関係者は通報することができる(第6条第2項)

通報は刑法等の守秘義務違反にならない(第6条第3項)

第三章 高齢者のための法律

第一節 戦前の法律

戦前において現在のような高齢者の保護を目的とした法律はなかった。当時、明治7年に、近代的公的扶助立法の最初といわれた『恤救規則』(資料3参照)が発布された。この法律は前文と五箇条から構成された極めて簡単な救貧法であり、一般の高齢者は家庭で扶養されることが原則であった。そのため、『恤救規則』の対象はそのまま放置してはおけない「無告ノ窮民」(公的責任を親族や地域の相互扶助を受けることのできない極貧層)のみに限定されるという厳しい制限主義がとられていた。

<資料4>

明治七年十二月八日

太政官達第一六二号

済貧恤窮屈ハ、人民相互ノ情誼ニ因テ其方法ヲ設クヘキ筈ニ候得共、目下難差置無告ノ窮民ハ、自今各地ノ遠近ニヨリ、五十日以内ノ分左ノ規則ニ照シ取計置、委曲内務省ヘ可伺出、此旨相違候事。

恤救規則

一、極貧ノ者、独身ニテ廃疾ニ罹リ産業ヲ営ム能ハサル者ニハ、一ヶ年米一石八斗ノ積ヲ以テ給与スヘシ。但独身ニ非スト雖モ、餘ノ家人七十年以上十五年以下ニテ、其身廃疾ニ罹リ窮迫ノ者ハ、本文ニ準シ給与スヘシ。

一、同独身ニテ七十年以上ノ者、重病域ハ老衰シテ産業ヲ営ム能ハサル者ニハ、一ヶ年米一石八斗ノ積ヲ以テ給与スヘシ。

但独身ニ非スト雖モ、餘ノ家人七十年以上十五年以下ニテ、其身重病域ハ老衰シテ窮迫ノ者ハ、本文ニ準シ給与スヘシ。

一、 同独身ニテ疾病ニ罹リ、産業ヲ営ム能ハサル者ニハ、一日米男ハ三合女ハ二合ノ割ヲ以テ給与スヘシ。

但独身ニ非スト雖モ、餘ノ家人七十年以上十五年以下ニテ、其身病ニ罹リ窮迫ノ者ハ、本文ニ準シ給与スヘシ。

一、 同独身ニテ十三年以下ノ者ニハ、一ヶ年米七斗ノ積ヲ以テ給与スヘシ。但独身ニ非スト雖モ、餘ノ家人七十年以上十五年以下ニテ、其ノ身窮迫ノ者ハ、本文ニ準シ給与スヘシ。

一、 救助米ハ、該地前月ノ下米相場以テ、石代下ヶ渡スヘキ事。

その後、1932(昭和7)年に『救護法』(資料4参照)が発布された。この法律において高齢者への救済対象は65歳以上の身寄りのない老衰者で貧困のため生活できない者と規定され恤救規則より適用年齢が5歳引き下げられている。しかし、救護を受ける者には選挙権及び被選挙権はなく、さらに市民としての権利は剥奪されたのである。

<資料5>

救護法 (一部)

第一章 被救護者

第一條 左ニ掲グル者貧困ノ爲生活スルコト能ハザルトキハ本法ニ依リ之ヲ救護ス

一 六十五歳以上ノ老衰者

二 十三歳以下ノ幼者

三 姙産婦

四 不具癈疾、疾病、傷痍其ノ他精神又はハ身体ノ障碍ニ因リ労務ヲ行フニ故障アル者

前項第三號ノ姙産婦ヲ救護スベキ期間竝ニ同項第四號ニ掲グル事由ノ範圍及程度ハ勅令ヲ似テ之ヲ定者

第二條 前條ノ規定ニ依リ救護ヲ受クベキ者ノ扶養義務者扶養ヲ爲スコトヲ得ルト キハ之ヲ救護セズ但シ急迫ノ事情アル場合ニ於テハ此ノ限ニ在ラズ

第二條 前條ノ規定ニ依リ救護ヲ受クベキ者ノ扶養義務者扶養ヲ爲スコトヲ得ルト キハ之ヲ救護セズ但シ急迫ノ事情アル場合ニ於テハ此ノ限ニ在ラズ

以上のことにより、戦前は高齢者のための保護的法律は制定されなかったことがわかる。高齢者のための保護的法律が制定されなかった理由は二つある。その理由の一つは、現在と違い戦前の家族状況は大家族であったため、家族で助け合いながら高齢者の扶養や介護をしていた。こういった家族で協力してやっていくことが主であった。また、もう一つの理由は、戦前は日中戦争や日露戦争、第一次世界大戦、第二次世界大戦などといった戦時体制であったため、政府は戦争を趣旨目的とした「国民健康保険法」や「国民優生法」などを制定したのである。これらは全て人的資源対策であり、人的資源として価値がないとして考えられた高齢者や身体障害者などへの救護や保護は徹底して切り捨てられたのである。こういった戦争の世の中で太平洋戦争、1945年の敗退により救護法の時代も終わりを告げたのである。そして、敗戦後に我が国は、アメリカ軍総司令部マッカーサー及びアメリカ占領軍の支配下にあり連合国総司令部(GHQ)に先導される形で、様々な封建遺制の撤廃が政策的に押し進められ、民主主義に基づく社会福祉施策が編成されたのである。

戦前における主な判例としては『朝日訴訟』『牧野訴訟』『堀木訴訟』の三つの判例がある。

・『朝日訴訟〔最高裁昭和四十二年五月二十四日大法廷判決〕』(昭和三十九年(行ツ)第一四号生活保護法による保護に関する不服の申し立てに対する裁決取消請求事件)

本件判決内容は、原告は、生活保護法による医療扶助と生活扶助(月額600円の日用品費)を受けてきたが、日用品費月額600円という保護基準は、憲法第25条の理念に基づく生活保護法第8条2項、3条、5条に違反して違反であるとした訴訟である。最高裁は、具体的権利性は生活保護法によって生じるとして憲法第25条の具体的権利性を否定し、かつ厚生大臣の保護基準は合目的的な裁量に委ねられるとしたのである。

・『牧野訴訟〔東京地裁昭和四十三年七月十五日判決〕』(昭和四十二年(行ウ)第二十八号国民年金支給停止処分取消等請求事件)

 

本件判決内容は、原告は満70歳に達して国民年金法第80条1項に定める老齢福祉年金の受給資格を得たところ、妻がすでに老齢福祉年金を受けていたことから、同法第79条の2第5項によってそれぞれの年金額から3000円を支給停止する決定が下されたのである。そこで、このような夫婦受給制限規定が憲法第13条・14条に違反して無効であると提訴した事件である。東京地裁は、@当該規定が老齢者が夫婦者であるという社会的身分により経済関係において差別であること。Aこの差別の合理的理由が認められない限り憲法違反であるとした上で、老齢福祉年金の公的扶助的性格や老齢者夫婦の共同生活費が単身者よりもかさむという経験法則から、その合理的理由を否定して憲法第14条1項違反と判事したのである。

・『堀木訴訟〔最高裁昭和五十七年七月七日大法廷判決〕』(昭和五十一年(行ツ)第三十号行政処分取消等請求事件

本件判決内容は、盲人である原告は、国民年金法に基づく障害福祉年金を受給していたが、子の養育を理由に、県知事に対し児童扶養手当法に基づく児童扶養手当の受給資格の認定を請求したが、児童扶養手当と他の公的年金との併給禁止規定に街頭知るとの理由で却下されたのである。本件判決は、憲法第25条の規定が、「同じく福祉国家の理念に基づき、社会的立法及び社会的施設の創造拡充に努力すべきことを国の債務として宣言したものであること、そして、同条1項は、国が個々の国民に対して具体的・現実的に上記のような義務を有しすることを規定したものではなく、同条2項によって国の債務であるとされている社会的立法及び社会的施設の創造拡充により個々の国民の具体的・現実的な生活権が設定充実されてゆくものである」と判事したのである。

第二節 現在の法律

法律の一部として、介護保険制度について説明する。2004年4月に介護保険制度が導入された。介護保険制度は、介護が必要な状態になっても住み慣れた地域で、その人の希望を尊重した介護サービスを提供することであり、高齢者の自立を社会全体で支援することを目的とした制度である。

制度創設の目的は、以下の四つの分類による。

(1) 老後の不安要因である介護を社会全体で支える。

(2) 社会保険方式により給付と負担の関係を明確にし、国民の理解を得られる仕組みとする。

(3) 利用者の選択により、保健、医療サービス、福祉サービスを総合的に受けられる仕組みとする。

(4) 介護を医療保険から切り離し、社会的入院解消の条件整理を図り社会保障構造改革の第一歩とする。

介護保険制度について以下の表で説明する。

1. 保険者と被保険者 

 第1号被保険者第2号被保険者
対象者65才以上の人40才以上65才未満の医療保険に加入している人
月額保険料
(厚生省案)
基準額2500円で10年後は3500円健康保険加入者:2600円から3400円を労使折半。
国民健康保険加入者:所得割(2500円を国と折半)に加え世帯員の分を加算。
段階別保険料第1段階:老齢福祉年金及び生活保護受給者
           基準額×0.5
第2段階:住民税非課税者(世帯)
           基準額×0.75
第3段階:住民税非課税者(本人)
           基準額
第4段階:住民税課税者(政令で定める基準下)
           基準額×1.25
第5段階:住民税課税者
           基準額×1.5
 
介護サービス
給付の対象者
寝たきり、痴呆などで入浴・排泄など日常生活に常に介護を必要な人
家事や身支度などの日常生活に支援を必要な人
初老期痴呆、骨粗鬆症、脳血管障害など老化にともなう病気によって介護を必要な人

2. 申請から介護サービスまで

本人または家族が市町村・特別区への申請

市町村の職員などが訪問調査かかりつけ医の意見書

聞き取り調査表でコンピューターによる1次判定の後、介護認定審査会 (保健・医療・福祉の学識経験者で構成)による2次判定

市町村・特別区の認定(申請後30日以内に本人に通知)

介護サービス計画の作成(本人の希望を入れて介護支援専門職 (ケアマネージャー)が介護サービスの利用計画を作成)

在宅介護サービスの給付介護保険施設での介護サービス

http://www.ascom.jp/より

介護保険の被保険者(介護保険を申請している人)が要介護認定の結果や保険料について不満がある場合は、市町村の介護認定審査会に審査請求することができるのである。このようにして、利用者が介護保険施設を利用するにあたって、より利用者の心身に良い施設を提供し、利用者のニーズに合わせているのである。

第三節 戦前と現在の法律で変わった点

戦前の日本は戦時体制であり、政府は戦争で他国に勝利し、日本という国がどれだけ強いかを示し、他国を占領していくことだけに目を向け、国民の困窮に関しては見向きもしなく国民の人権は制限されていたため国民の保護を対象とした法律は施行されなかった。しかし、現在の日本は、国民主体であり政府も国民の人権を保障するようになり、上記で述べた介護保険制度や定年期になっても働きたいという希望を考慮した就労保障、国民の老後生活を考えた公的年金制度の導入などがなされてきた。また、現在では、法律にはあてはまらないが、地域社会においても高齢者への考慮がなされている。その一部としては、高齢者総合相談センターである。このようなことから、戦前に比べ現在の高齢者を対象とする保護法律は豊かになったことがわかる。

しかし、公的年金制度に関しては様々な問題点がある。その問題の一つとしては、年金だけで生計を立てている世帯が半数を超えていることである。これは、年々高齢者の比率が上回ることにより半数以上が年金だけで生計を立てていけるのか、ということである。一方では年々少子化となっているため、日本の経済を支え年金の支払いをする人々が減少する。これは、今後の日本の経済状況に多大な影響を及ぼすであろう。従って、このような問題は改善策を考えなければならないであろう。

おわりに

社会福祉の成り立ちから徐々に研究していき、社会福祉の歴史背景がわかった。歴史背景を知ることは大切だと思う。それは歴史背景を知ることによりその時代がどのような状況下にあったのかということを知ることができるからだ。今回、私は社会福祉の一部の高齢者福祉について研究しなかったら、ただ、漠然と「福祉」と口で言っているだけのままだっただろう。しかし、今回、高齢者福祉に絞って研究した結果、福祉とはどんなものか、どのような理念に基づいているのか、高齢者福祉とはどういうことを言うのか、施設における表にはでてこない裏の真の実態などを知ることができた。虐待や縛りなどの問題意識を持ちどのように改善していけばよいか考えるべきだろう。これが改善されることによって、より介護者と利用者さんとの距離が縮み、お互いに信頼を築き上げていけるのではないだろうか。また、公的年金の問題点についても近い将来を考え一人一人が問題意識を持ち改善を心得ていかなければならないのではないだろうか。

用語解説

※1 ノーマライゼーション

1960年代に北欧から始まったことであり、障害者や高齢者などを地域で当然に包合するのが通常の社会であるとする基本的な考え方である。また、それに基づく運動や施策であり、障害者などがあるがままの姿で、他の人々と同等の権利を享受できる社会を目指している。

※2 ユニバーサルデザイン

年齢・能力・体格・障害の有無などによる区別がなく、誰もが使いやすいデザインであること。また、すべての人が安全かつ快適に生活をおくれるよう設計段階から目指している。

※3 バリアフリー

高齢者や障害者が生活するうえで妨げとなるバリア(障壁、障害)のない状態である。また、障害者や高齢者が自立した活動を行えるように生活の場からバリアを取り除くことである。段差などの物理的障壁のほか、社会的、制度的、心理的障壁の除去ともいう。

※4 後期高齢者

通常65歳以上75歳未満を前期高齢者(Young old)、75歳以上を後期高齢者(Old old)として区分している。三段階に区分する場合は、65歳以上75歳未満を前期高齢者、75歳以上85歳未満を中期高齢者、85歳以上を後期高齢者という。

※5 高齢者総合相談センター

高齢者およびその家族が抱える各種の心配ごとや悩みごとの相談に応じるとともに、市町村の相談体制を支援することで、高齢者とその家族の福祉の増進を図る機関である。一般には「シルバー110番」と呼ばれている。

※6 ADL(Activities of Daily Living)

標準日常生活動作または日常生活動作と訳され、人間が自立して生活するためも基本的な身体的動作で、毎日共通して繰り返される一連の動作群をいう。

Ex)食事、排泄、着替え、整容、入浴、起居、移動

※7 QOL(Quality of Life)

「生命の質」「生活の質」「人生の質」などと訳され、生活の満足感・安定感・幸福感などの諸要因の質をいう。諸要因には、大きく分けて生活者自身の意識構造と生活の場の諸環境があると考えられ、この両者のバランスや調和のある状態を質的に高めて生活の向上を目指すことにある。

参考文献

参考サイト