今年度のゼミ論のテーマを「在宅福祉サービスの中のホームヘルプサービス」とした理由について述べたい。私が就職活動をしていた時、初めは在宅介護の仕事に携わりたいと考えていたが、次第に施設介護の仕事に携わりたいと思うようになった。その転換のきっかけとなったことを考察したかったからである。最終的に、私は施設介護の仕事に携わるという道を選択した。私は、在宅介護の仕事を選択しなかった。その転換は、そもそも「在宅介護」とは本来何を意味し、何を目的とするのか、昨年度の論文テーマである「施設介護」と異なっている点は何か、ということに疑問を抱いたことから始まった。
これらの疑問を中心に在宅福祉サービスの中の「ホームヘルプサービス」を中心に在宅福祉サービスについて研究していきたい。
まず、平成13年(2001年)の厚生労働省の身体障害者によると、在宅の身体障害者数は324万5000人と推計されている。この身体障害者数は年次毎に増加し、昭和55年(1980年)の実態調査結果の身体障害者数と比較すると164.1%増加している。(表1-1参照)特に肢体不自由と内部障害は増加している。
年齢階級別に身体障害者数の年次推移をみると、70歳以上では昭和55年(1980年)は87.6人だったが、平成13年(2001年)では、96.2人と千人当たり約9人も増えている。
(表1-2参照)これらの結果は、身体障害者の高齢化を示している。
在宅の身体障害者を身体障害者手帳の障害等級に着目すると、1,2級の身体障害者の割合が増加している。昭和55年(1980年)の調査結果では45.1%となり(表1-3参照)、在宅の身体障害者の重度化がみられる。また、障害の重度化は昭和40年(1965年)の大きな増加を除いて、概ね増加傾向も示している。障害の重複とは、視覚障害と肢体不自由、視覚障害と聴覚・言語障害等身体障害の中での重複を示し、知的障害との重複は示していない。
平成13年(2001年)の実態調査結果では、17万5000人にも増加している(表1-4参照)。これらの障害の組み合わせをみると、肢体不自由と内部障害の重複障害が最も多くなっている(表1-5参照)。
以上の実態調査結果から、身体障害者の数的増加、高齢化、重度化、重複化の実態が浮き彫りになっていることがわかる。
年次 | 総数 | 視覚障害 | 聴覚・言語障害 | 内部障害 |
昭和55年 | 1,977 | 336 | 317 | 197 |
昭和62年 | 2,413 | 307 | 354 | 292 |
平成3年 | 2,722 | 353 | 358 | 458 |
平成8年 | 2,933 | 305 | 350 | 621 |
平成13年 | 3,245 | 301 | 346 | 849 |
年次 | 総数 | 18〜19歳 | 20〜29歳 | 30〜39歳 | 40〜49歳 | 50〜59歳 | 60〜64歳 | 65〜69歳 | 70歳以上 | 昭和55年 | 23.8 | 3.5 | 4.9 | 7 | 16 | 33.7 | 55.8 | 68.7 | 87.6 | 昭和62年 | 26.7 | 2.2 | 4.9 | 9.1歳 | 15.7 | 31.7 | 56.9 | 72.9 | 88 | 平成3年 | 28.3 | 3.9 | 4.1 | 8.3 | 13.4 | 28.9 | 54.5 | 75.9 | 90.4 | 平成8年 | 28.9 | 2.3 | 3.8 | 7 | 12.2 | 26.2 | 49.6 | 72.1 | 96.2 |
年次 | 割合 | 昭和55年 | 32.70 | 昭和62年 | 38.30 | 平成3年 | 40.10 | 平成8年 | 43.20 |
重複障害者数 | 構成比(%) | 対前回増加率 | 昭和35年 | 44 | 5.3 | − | 昭和40年 | 215 | 20.5 | 488.8 | 昭和45年 | 121 | 9.2 | 56.3 | 昭和55年 | 150 | 7.6 | 124 | 昭和62年 | 156 | 6.5 | 104 | 平成3年 | 121 | 4.4 | 77.6 | 平成8年 | 179 | 6.1 | 147.9 | 平成13年 | 175 | 5.4 | 97.8 |
(注)「構成比(%)」は、調査年度の総数に対する構成比を示す。
資料:厚生省大臣官房障害保健福祉部監修『日本の身体障害者・児』第一法規出版、1998年に一部加筆
障害の種類 | 推計数 | 構成比(%) | 総数 | 175 | 100.00% | 視覚障害者と聴覚・言語障害 | 13 | 7.4 | 視覚障害と肢体不自由 | 29 | 16.6 | 視覚障害と内部障害 | 14 | 8 | 聴覚・言語障害と肢体不自由 | 50 | 28.6 | 聴覚・言語障害と内部障害 | 8 | 4.6 | 肢体不自由 | 51 | 29.1 | 3種類以上の重複障害 | 10 | 5.7 |
資料:厚生労働省『身体障害児・者実態調査』(平成13年)
次に、身体障害者の数的増加、高齢化、重度化、重複化の実態から、身体障害者の日常生活の様子も変化してきている。
厚生労働省の『平成13年(2001年)身体障害者実態調査における日常生活動作の介助状況』をみると、一部介助と全介助を必要とする者を合わせると、「日常の買い物をする」が100万7000人(31.0%)、「外出をする」が90万5000人(27.9%)、「洗濯をする」が82万2000人(25.3%)、「身の回りの掃除・整理整頓をする」が81万6000人(25.1%)、「食事の支度や後片付けをする」が80万8000人(24.9%)、「入浴をする」が68万1000人(21.0%)、「衣服の着脱をする」が51万8000人(16.0%)、「排泄をする」が38万人(11.7%)、「家の中を移動する」が36万1000人(11.1%)、「寝返りをする」が26万5000人(8.2%)、「食事をする」が24万7000人(7.6%)となっている。(表1-6参照)
これらの状況から、日常生活動作の介護ニーズがきわめて高いことを示している。特に、「日常の買い物をする」を含めた外出するための移動介護は、全部介助を必要とする割合が高く、「日常の買い物をする」が67万9000人(20.9%)にも達している。
このようなことから、昭和56年(1981年)の国際障害者年には、障害のある人もない人も、共に地域社会で生活していくという「ノーマライゼーション」の思想が謳われ、また平成4年(1992年)に開催されたOECD外相会議では、「クオリティ オブ ライフ(生活の質)」と「エイジング イン プレイス(生まれたところで老いる)」という考え方が大きなテーマとして取り上げられ、『施設福祉』から『在宅福祉』への大きな流れが生まれた。
こうして、どんなに重い障害のある人でも、その人の持っている能力を生かした生活を目指し、また自らの生活を自らの判断で選択し、住み慣れた地域社会の中で可能な限り自立した質の高い生活を継続していけるように、障害者本位のサービスの提供を実現していくことが重要となり、デイサービス事業、短期入所事業、居宅介護事業などの在宅福祉サービスが中心となってきている。
まず、ホームヘルプサービス事業は、昭和37年(1962年)に厚生省の国庫補助対象事業として予算化された。
それ以前は、昭和31年(1956年)4月から長野県上田市・諏訪市など13市町村による「家庭養護婦派遣事業」が実施され、昭和33年(1958)年4月から大阪市が「臨時家政婦制度」が実施され、昭和34年(1959)年に東大阪市が「老人家庭巡回奉仕員制度」を発足させる等、人口の都市集中化や核家族化が進む中で増加する一人暮らしの高齢者や高齢者のみの世帯に対する在宅福祉サービスが地方自治体によって導入される動きが広がっていた。
こうした動きを受け、昭和38年(1963年)に制定された老人福祉法(昭和38年(1963年)法律第133号)に家庭奉仕員派遣事業が盛り込まれ、それまでの老人ホームへの措置入所という施設福祉に加え、在宅福祉事業が国の施策として確立されることになった。
昭和37年度(1962年度)から制定化された国の老人家庭奉仕員派遣事業で現行の制度と異なる主な点は以下の三点に挙げられる。
@ 派遣対象者は、老衰・心身の障害疾病等の理由により、日常生活に支障をきたしている高齢者の属する要保護老人世帯とされていたこと。
A 派遣回数は、一世帯当たり少なくとも週1日以上とされていたこと。
B 実施主体は都道府県または市町村となっており、事業の一部を委託する先は都道府県社会福祉協議会・市町村社会福祉協議会のみとなっていたこと。
その後、昭和40年(1965年)老人家庭奉仕員派遣事業の通知によって派遣対象は「低所得の家庭」という言葉に置き換えられ、実施主体は市町村のみとされ、事業の一部の委託先は市町村社会福祉協議会等と変更され、昭和44年(1969年)には、1世帯当たりの派遣回数が従来の週1日以上から週2日程度と変更された。
さらに、昭和45年(1970年)には、「老人家庭奉仕員事業運営要網」を「寝たきり老人家庭奉仕員事業運営要網」と改め、在宅の寝たきり老人に対する援助施策としての明確化が図られた。
第2章 在宅福祉サービスについて第1節 在宅福祉サービスとは
在宅福祉サービスとは、在宅介護を支える専門的サービスであり、中でもホームヘルプサービス・ショートステイサービス・デイサービスは、在宅福祉の三本柱といわれている。「このサービスの量的基盤整備については、障害者プランの七ヵ年計画が上積みされることになったため、2002年までには、ホームヘルパー21万5000人・ショートステイ6万45000人分・デイサービスセンター1万8000箇所が最終整備目標(朝倉・1998)」になっている。
「さらに、在宅介護支援センター・老人訪問介護ステーション・老人日常生活用具等給付事業・高齢者サービス総合調整推進事業・高齢者総合相談センター(シルバー110番)(朝倉・1988)」がある。
以下、先に述べた在宅福祉の三本柱である@ホームヘルプサービスAデイサービス事業Bショートステイ事業の三種類のサービスについて説明する。
C ホームヘルプサービス(ホームヘルパー派遣事業)とは、障害を持つ高齢者が可能な限り在宅の生活ができることを目的に、障害のある65歳以上の高齢者及びその家族が利用できa)身体介護サービスb)家事援助サービスc)各種相談や助言を内容としたサービスを提供する。すなわち、虚弱や寝たきり・認知症などの高齢者の自宅を訪問し、介護や家事・各種相談・助言を行い、安心して老後生活が送れるよう援助すると共に、家族の介護の負担を軽減するサービスである。
サービスの量は、多くの市町村では週1〜週2回、1回当たり2〜3時間というのが実情であるが、「1994年から北九州市が『24時間巡回介護モデル事業』を始め、その後、秋田県鷹巣町や大阪府枚方市などが取り組み、全国に広がりつつある(太田・1995)。」利用料は、1時間当たり930円(1997年度)を上限としている。
ホームヘルプサービスの実施主体は市町村であるが、この事業は社会福祉協議会や特別養護老人ホーム・在宅介護サービスのガイドラインを満たす民間事業者などへ委託することができる。1992年からは、市町村が委託先として適当と認定した介護福祉士や農業協同組合などへも委託ができるようになった。このように、委託型のホームヘルパーが急増し、8割を超えてきている。
D デイサービス事業とは、在宅の虚弱の高齢者や寝たきりの高齢者がデイサービスセンターに通所し、具体的機能の維持向上の訓練などを通じ、自立生活がより可能になるようにすることと家族の心身的負担の軽減をはかることを目的としている事業である。
利用できるのは、おおむね65歳以上の要介護高齢者(65歳未満でも初老期痴呆の人は含まれる)及び身体障害者であって、虚弱または寝たきりなどのために日常生活を営む上で支障がある人となっている。
サービスの内容は、通常1〜2回、朝から夕方までデイサービスセンターにおいて、入浴・食事・日常生活動作訓練・生活指導などが実施される。すなわち、在宅の高齢者が通所して、リハビリテーションや生活サービス(食事・入浴)を中心に行われるサービスのことをいう。
また、デイサービス事業は、利用者の状況によって、重介護型(A型)・標準型(B型)・軽介護型(C型)・利用人員が従来の2分の1程度(8人以上)の小規模型(D型)・痴呆性の高齢者向けの毎日通所型(E型)という五種類の類型に分類されている。費用は、原材料費などの実費負担となっている。
また、1996年からホリデーサービスの加算制度が発足し、休日のデイサービス利用が可能となった。また、痴呆性老人の夜間徘徊などに対応して、夜間老人を預かるナイトケアを実施するセンターもある。
E ショートステイサービス(事業)とは、おおむね65歳以上の要介護高齢者(65歳未満でも初老期痴呆の人は含まれる)を介護している人が、病気・冠婚葬祭・介護疲れなどの場合に、介護者に代わって要介護高齢者を一時的に特別養護老人ホーム・養護老人ホーム・老人短期入所施設などに保護し、介護者の負担の軽減を図ることなどを目的としている。
利用できる期間は、原則7日以内となっているが必要に応じて最小限の範囲で期間の延長ができる。1994年からは計画的利用の場合は、最長三ヶ月利用できるようになった。
現行のホームヘルプサービス事業等の目的は、要介護者に対する支援であり、現在の利用者の現状をより良くし、「生活の質」を高め、自己の心身の回復を目指し、生活を送れるようにすることである。
ホームヘルパーは、市町村社会福祉協議会や指定居宅サービス事業者に所属し、サービス利用者の家庭を訪問する。勤務形態は、常勤・非常勤・登録型などの勤務形態がある。
<ホームヘルパーの業務内容>
1)体介護:食事・排泄・衣類着脱・入浴・身体の清拭・洗髪・通院等の介助・その他必要な介助
2)家事援助:調理・衣類の洗濯・補修・住宅等の掃除・整理整頓・生活必需品の買い手となる・関係期間等との連絡・その他必要な家事
3)相談援助:生活・身の上・介護に関する相談および助言・住宅改良に関する相談および助言(1993年からリフォームヘルパー制度が導入された)・車椅子および介護用のベッド等の福祉機器ならびに介護用品の適切なし使用、家族介護者への精神的な支援・その他必要な助言(保健・医療等に関する情報の提供等)
相談援助に関しては、ホームヘルパーは仕事上「守秘義務」が発生するため、利用者の情報開示や個人情報、家族関係などを他人に漏らしてはいけない。加齢、障害等により、心身機能が低下すると精神的に様々な援助は重要な位置を占めている。
そのため、上記以外に利用者とのコミュ二ケーションも大切である。これは、援助するという機能を十分に発揮するためにも利用者との信頼関係を築く努力は欠かせないのである。利用者は、心身のハンディのために自分の意志を伝えたり、相手の意向を汲み取ったりすることが上手にできないことが多いため、援助者の側から積極的にコミュ二ケーションを通して意志の疎通を図ることが重要である。
コミュ二ケーションは言葉だけでなく、表情や身振りなどの非言語コミュ二ケーションも大きな意味をもつのである。すなわち、表情・身振り・視線などの動作・スキンシップ・両者の距離(120pが適切だといわれる)などである。いずれにしても、誠実な対応が望まれる。
<ホームヘルパーの業務遂行規定>
利用者の人格を尊重して業務を行うこと。
業務上知り得た利用者の身の上及び家庭に関しての情報は、決して他に漏らさないこと。(守秘義務)
勤務中、その身分を証明する証票を常に携行すること。
以上のことから、ホームヘルパーは、要介護者が自立し、1人で生活する糧をもう1度取り戻すためにも大切な人材であることがわかる。今後、我が国はますます高齢者が増加するので、ホームヘルパーなどの専門的介護者が必要になる。しかし、今後、増加する高齢者に対して、専門的な介護者の割合は比例しておらす、介護現場は人手不足および人材不足という重要な問題を抱えていることが現状である。
その中で、人材を普及させるために、今日、各地で盛んに「ホームヘルパー養成講座」が行われている。平成7(1995)年、専門性の高い人材の養成のカリキュラムの見直しが行われ、研修がされるようになった。各過程の目的等は以下の通りである。
TABLE border=1>以上のことから、ホームヘルパーは介護専門職としての基本的な第一歩を踏み出している。介護職を徹底しており、級によって基本から応用までの範囲がみられるが、世間では、“働くにあたって最低2級以上のホームヘルパー資格を持っていれば大丈夫”と言われているが、実際に現場では、予想以上の技術力およびその場での判断力・回転性など、多角的能力が必要されており、実務においても“最低2級以上”という考えは、現場では追いつかない状態である。しかし、こういった状況に早急に対応するよう実技や実習は、講座のレベルも上がり、現場に対応した技術力をもつホームヘルパー資格者を全国的に増加させている。
本来、ホームヘルプサービスは、利用者の居宅に赴き、利用者の生活不自由な部分を補いつつ、利用者の本来の生活機能をできる限り再機能させ、利用者本人が自分自身で生活できるようになるために支援することである。
しかし、現状では上記のような理想とはほど遠いケースも多々ある。現状では、利用者の家族や息子の嫁、配偶者といった介護者のみならず、ホームヘルパーによるストレスなどからくる八つ当たりやそのはけ口として利用者への虐待が年々増加している。いわゆる『高齢者への虐待』である。
高齢者虐待とは、「高齢者の人権を侵害する行為のすべて」であり、その結果として、「高齢者が人として尊厳を保てない状態に陥ること」である。すなわち、人間らしく生存することが侵される行為である。
人権については、1948年に制定された世界人権宣言第1条により「すべての人間は生まれながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である。人間は、理性と両親とを授けられており、互いに同胞の精神をもって行動しなければならない」と規定されている。また、日本国憲法第1条により「基本的人権の尊重」として、人権は法以前に侵すことのできない「永久の権利」であると規定されている。以上のような高齢者の人権を侵害する行為を『虐待』とされるのである。
高齢者虐待行為の種類は、主に(1)身体的虐待(2)心理的虐待(3)性的虐待(4)経済的虐待(5)介護や世話の放棄の5種類が考えられている。(下記の表を参照)
区分 | 内容と具体例 | 身体的虐待 | 暴力的行為などで身体に傷やあざ、痛みを与える行為や、外部との接触を意図的、継続的に遮断する行為 | 心理的虐待 | 脅しや侮辱などの言語や、威圧的な態度、無視、嫌がらせ等により精神的、情緒的に苦痛を与えること | 性的虐待 | 高齢者本人との合意のないあらゆる形態の性的な行為またはその強要 | 経済的虐待 | 高齢者本人との合意なしに財産や金銭を使用し、本人の希望する金銭の使用を理由なく制限すること | 介護や世話の放棄 | 意図的であるか、結果的であるかを問わず、介護や生活の世話を行っている家族が、その提供を放棄または放任し、高齢者の生活環境や身体・精神の状態を悪化させていること |
上表の高齢者虐待行為及び下記の図表のデータを参考に、在宅介護サービス事業所等(従事者)による調査結果では、様々な視点からみた「虐待」と考えられる事例件数は、過去1年間(平成14年11月1日〜平成15年10月31日)に、介護業務等従事者個人が知り得た虐待と考えられる事例件数は、269件もあった。
虐待を受けている高齢者、すなわち「被虐待者」については、「被虐待者」の年齢及び性別は、平均年齢は81.7歳であり、年齢区分は「75歳〜84歳」が最も多く42.0%という数値がでた。また、性別でみると「男性」は28.6% 「女性」は71.4%という数値である。次に、 被虐待者の痴呆の状態があるかどうかであるが「痴呆あり」は、77.7%という数値である。
これに対して、虐待をしていると思われる中心的な人、すなわち「虐待者」については、「虐待者」の年齢及び性別は、年齢区分は「40〜65歳未満」が最も多く、62.8%にのぼる。性別でみると「男性」が53.2%「女性」が46.5%である。
被虐待者との続柄は、多い順に数値を示すと、「息子」35.7%、「嫁」21.6%、「配偶者」19.7%<妻:10.4%、夫:9.3%> 、「娘」9.7% などである。(下記円グラフ参照)
次に、 虐待者の介護への取り組み状況からみると、「主たる介護者として介護を行っている」が最も多く、48.0%である。その中で、介護の協力者の有無を尋ねたところ、多い順に、「相談相手がいる」39.5%「介護に協力者がいる」34.9%「相談相手も協力者もいない」17.1%という数値がでた。
虐待の状況という視点からみると、虐待の具体的内容は「心理的虐待」が最も多く、58.7%にのぼり、その中でも具体的には「暴言・脅迫等の言葉による暴力」が最も多いという結果がでた。次いで、「介護や世話の放棄」が55.8%、「身体的虐待」が44.6%、「経済的虐待」21.2%の順となる。(下記グラフ参照)
※具体的な虐待内容の割合は、それぞれの虐待内容に対する割合
このような虐待をどのように発見したかについては、事業所の「記入者自身の気づき」が25.3%、「記入者以外の事業所内の職員の気づき」も同様に25.3%であり、両者を合わせると、サービスを提供している事業所関係者の気づきが半数50.6%にのぼる。
最初に虐待に気づいたきっかけとしては、「高齢者本人の言動」39.4%、「虐待者の言動」38.3%、「高齢者の身体状況」34.9%となっている。
虐待が最も深刻だった時点での被虐待者の状態は、「生命に関わる危険な状態」8.6%、「心身の健康に悪影響がある状態」51.7%、「本人の希望や意思が無視、軽視されている状態」である。(下記グラフ参照)
虐待者および被虐待者が虐待行為を自覚しているかどうかについては、虐待者の57.2%は、自分が虐待をしているという自覚を持っていなかったが、被虐待者の47.6%は、自分自身が虐待されている自覚があった。(下記グラフ参照)
また、被虐待者からの虐待についての意思表示、すなわち被虐待者が辛い目にあっていることを記入者に知らせようとしたことがあるかどうかについては、「話す、または何らかのサインがある」が52.8%(半数)を占める。
上述したような虐待の発生要因は、「被虐待者と虐待者のこれまでの人間関係」が48.7%、「虐待者の性格や人格」が47.2%、「被虐待者の痴呆による言動」が37.9%、「虐待者の介護疲れ」が30.9%などであった。(下記グラフ参照)
以上のような身体的及び精神的な高齢者虐待行為の他に、高齢者の精神的な心に付け込むといった騙し行為で『SF商法(催眠商法)』という悪徳商法がある。高齢者に対して年間被害件数が増加している『オレオレ詐欺』などの『振り込め詐欺』と手口に比べて穏和だが、現在、最も高齢者が騙され、精神をむしばんでいく悪徳商法である。
SF商法(催眠商法)とは、対面販売型であり、勧誘方法は主に戸別訪問・街頭でのビラ配りである。SF商法の対象者は、主に主婦や「お年寄り」といった高齢者全般である。また、もし、騙されてしまっても、クーリングオフ(契約の無条件解約)が可能である。
本節では、第三章第一節でみてきた内容をもとに、虐待に対してどのように対応すればよいか、という改善方法を中心に考えていきたい。
虐待に対する対応と現在の状況は、在宅介護サービスの利用から主に入院・施設サービスや施設入所等のサービスを利用したケースが41.3%(約4割)であった。(下記横棒グラフ参照)
また、在宅介護において、新たに導入したり、追加利用した介護サービスは、「通所介護」が21.6%、「訪問介護」が20.4%、「ケアマネージャー等の訪問回数の増加」が20.1%、「短期入所者生活介護(ショートステイ)」が18.2%、「特に変更はしていない」が28.3%等であった。
このような虐待の対応について、対応の困難度は、「多少、難しさを感じた」が47.6%、「極めて対応に苦慮した」が46.4%という数値がでた。
こういった虐待への対応として、援助上困難であった理由は、主に「自分がどのように関わればよいのか立場上難しかった」が37.5%、「虐待者が介入を拒む」が35.3%、「自分がどのように関わればよいのかわからなかった」が15.6%という数値がでた。
非虐待者の現在の状況は、「虐待が見られなくなった」が23.1%、「改善に向けて取り組んでいる」が43.1%であり、合わせて役7割(66.2%)の事例が、改善もしくは改善に向けて取り組まれている。(下記円グラフ参照)
こういった虐待の現状を改善するために必要であるとされる制度や仕組みとしては、「相談窓口の整備」「専門スタッフによる支援」「関係機関の連携会議」「対応マニュアルや対応事例集の整備」など、大まかなことから、些細なこと、細かなことまで見逃さずに対処する必要がある。(下記横棒グラフ参照)
そのためには、介護従事者は、虐待行為になる前の小さな段階から見抜いていかなければならない。虐待行為を未然に防ぐ力も必要である。もちろん、虐待行為発生後の対処の仕方も早急に且つ安全に非虐待者を保護しなければならないと考えられる。
次にSF商法に関する改善点については、事例をもとに考えていく。
【事例】
路上で呼び止められ、クジを引くと「当たった」と言われ、特設会場へ連れて行かれた。会場では、卵1パックやおしゃもじなどの日用品が「欲しい人は手を挙げて」と、無料で配られた。最後に「本日の目玉商品だよ。この磁気マットレスが通常の半額です。」といわれ、興奮状態の中で35万の磁気マットレスを購入してしまったが、後で考えると高額だし、不必要なので解約したい。
この商法では、まず安売りや講習会を名目に人を集め、締め切った会場で日用品を無料か無料同然で配り、「貰わねば損、買わねば損」という一種の催眠状態を作り出すのである。消費者が冷静な判断力を失った状態で、最後に高額な商品を買わせようとするものである。
これは、「新製品普及会」という業者が初めて行ったため、その頭文字をとってSF商法と呼ばれている。上述したように高齢者や主婦が狙われやすい商法である。
SF商法では、通常の展示販売と異なり、陳列された商品を自由に選択できないため、訪問販売法が適用され、契約日を含めて8日以内であれば、クーリングオフ(契約の無条件解約)が可能である。本事例でも、販売業者に内容証明郵便でクーリングオフの通知を出し、解決することができたのである。
この商法では、消費者が興奮した状態で商品の購入を決定するため、後で品質、価格などについてトラブルになることがある。また、臨時の会場で販売するため業者が所在不明となり、返品・アフターサービスなどが受けられないこともある。安易に「無料贈呈」などといった言葉につられて会場に行かないこと、また日頃から不必要なものは買わないように心がけることが大切である。
論文を執筆するにあたって、介護現場では、利用者は、介護スタッフの目の見えないところで虐待に遭っているということがデータをもとにわかる。しかし、虐待者は身近な家族のみならず、現実に介護スタッフによる虐待もある。私は来年の春から介護スタッフとして働くことになっている。介護のプロを目指す以前に一人の人間として虐待といった非人道的行為を見逃さぬよう日頃から気をつけていきたい。また、SF商法にひっかかるということは、ただ単に純粋に騙されてしまった場合のみならず、寂しい高齢者が他人にかまってもらいたいために故意に騙されることもある。そういったことも起こらないように身体的面だけでなく、精神面も一人一人の高齢者と向き合って支えていきたい。そのように接することによって高齢者の生活が向上するよう見守っていきたいと考える。