ひきこもり〜抜け出すために必要な周囲の力とは?〜


法学部 政治学科 3年 04142267
中嶋 有希子


−目次−


はじめに


第1章 家族はこの現実をどう受け止めるのか

第1節 親との関係

 @ 父親

 A 母親

第2節 兄弟との関係


第2章 ひきこもる人達の心の声とは

 第1節 本人の希望・・・自分はこれからどうしたいのか

 @ このままの状態でいたい人

 A ひきこもり状態から抜け出したい人

 第2節 現実・・・・実際に実行できるのか(抜け出したい人)


第3章 ひきこもりから脱出するために必要な新たな人間とは?

 第1節 家族でも友人でもない新しい人間との出会い

 @ もらわなければならない自分以外の人間からの力

 A ひきこもりから脱出するための色々な方法

 第2節 社会参加するとは


おわりに


参考文献







はじめに


最近、ひきこもりという言葉をよく耳にするが、その人口は100万人とも言われている。ひきこもりの定義とは、6ヵ月以上自宅にひきこもって社会参加しない状態が持続していて、他の精神障害がその第一原因とは考えにくいもの。というのが一般論である。また、同じように最近よくニートという言葉を耳にするが、ひきこもりとニートとのはっきりとした違いは家族以外との対人関係があるか。だと思う。

私はこの論文では、ひきこもりから脱出できた人が、抜け出すまでに周囲との関係がどう変わっていったのか。ひきこもりから抜け出すためには、周囲の人たちのどんな力が必要なのかを、外に出るまでの過程にも触れながら書いていこうと思う。

第一章 家族はこの現実をどう受け止めるか

ひきこもっている本人と一番近くにいる家族は本人とどう向き合うのか?

第1節 親との関係

親と子どもの関係は終わりがない一生続くものである。教師と生徒の関係では、一定期間が過ぎれば、その関係も終わりを迎える。関係に終わりがない親と子。もし、子どもがひきこもってしまっても、親は逃げることができないのである。

ひきこもってしまった子どもとの関係。ここでは、父親の場合、母親の場合に分かれて本人との関係について見ていこうと思う。

@ 父親

 父親とは、朝早くに家を出て夜になると帰ってくる。これが一般的な家庭なのだろう。もし、自分の子どもがひきこもりになってしまったら、父親は母親まかせにしないで真剣に子どもと向き合っていけるのだろうか。もちろん例外はあると思うが、妻にむかって「お前の育て方が悪いからだ」などと言ったり、思ったりするケースは多いのではないか。実際、医療機関やネットなどで相談をするのは母親が一番多く、父親からの相談は母親の半分以下であるという。子どもの問題に対しては、両親が一緒に解決していくことが理想である。

 私の親戚に子どもがひきこもりの家庭がある。父親は完璧な仕事人間で、子どものことは母親任せであった。このひきこもりのことについて、この父親の兄である私の父に相談してきたのは母親であった。この父親は、子どもの件については自分に責任はないと言い、この件は妻に任せっきりであった。最初は、子どもがひきこもっていることすら家族以外の人間には隠そうとするくらいこの問題には消極的であったが、だんだんと私の家族と話をするようになった。そして、今の家庭の状況、自分の今までの子育ての仕方が間違っていたのか、自分達夫婦はこれからどうしたらいいのか。など本音や弱音を話すようになった。

 ひきこもっている本人(食事の時だけは家族と顔を合わせていた)とは最初、何を話したらいいのかわからず、何も喋らない状態が続いたらしいが、少しずつ小さなことでも話しかけるようにしたらしい。そして今では本人とも会話が続くようになった。大人にとっては小さなことでも子どもにとっては大きいこともあるのだ。

 父親は子どもにとって絶対的な存在である。そんな父親の期待に応えられず、ひきこもってしまった子ども達は、父親から何かアクションを起こさないとずっとひきこもったままである。自分にとって大きな存在の父親に、ひきこもっている状態の自分をそのまま受け入れてもらうことは、本人にとっての大きな前進であろう。

 「父親は母親とは違うものだ。父性を求める子どもの態度には、そのことがはっきりと表れている。「気づかっていながらも現実社会を生きるために叱ってほしい」と願っている子どももいる。母親と同じことをする必要はない。父親は母親と違って現実を踏まえることで必要となる。子どもの依存の対象として、子どもを受け入れると同時に、社会との関わりの橋渡しになってやることが大切である。父親の役目は、社会と関わることの喜びを子どもに伝えることである。父親には人間関係の喜びや悲しみを、現実社会の中で生きている男性モデルとして素直にふるまっていけばいいのだ。」1

 しかし、私の親戚の家族のように、会話ができる状態になることができる例は少ない。現実は、大半は母親任せにしている。父親がいかに、逃げずに子どもと関わっていくかが、子どもをひきこもりから脱出させる鍵となってくるのである。



A 母親

 母親は子どもにとって一番身近な存在である。医療機関やインターネットでの相談も母親からの相談が一番多い。一番身近な存在の母親だからこそ、子どもがひきこもった時「私のせいなのではないか」などと自分を責めてしまう。私も母親に「もし私がひきこもりになったら、最初に自分のこと責めるの」とたずねてみた。母は「やっぱり最初は自分のこと責めちゃうかもしれない。育て方が悪かったのかな、とか、愛情が足らなかったのかなとか(考えてしまう)。」と答えた。これは母親なら誰でも考えることだろう。しかし、「自分の生涯を投げうって子どもに尽くしていかなければならない」などと自分を犠牲にする必要はない。そう考えてしまうと、ひきこもりの子どもを持つ家庭は、社会との関係を断ち、家族そのものがひきこもり状態となってしまうのである。

 「24時間子どものことばかり考えるのではなく、親自身が個人的な楽しみや息抜きの場を持つことは必要である。親自身が「社会参加」しないことには、子どもに対して社会復帰を促すうえでも説得力がないのである。」2

 ひきこもっている過程で退行、つまり「子ども返り」をしてしまうケースがある。とくに母親に対して起こる場合が多いのだが、一日中そばにいてほしがる、母親と同じ布団で寝たがる、やたらと身体を触りたがるといった常軌を逸したスキンシップを求めてくるので、こういったものは禁止すべきである。ひきこもっている子どもが久しぶりにこういって自分に甘えてくる行為は母親にとっては嬉しいかもしれないが、スキンッシプをとらなくてもそのぶん会話を増やすなど、コミュニケーションを十分に確保するようにすれば、自然とこういった行為はなくなっていくのである。

 「精神分析家のウィニコットは、他人と一緒にいてもプライバシーを持つことができる能力を「ひとりでいられる能力」と呼んだ。この能力は、例えば母親のそばで遊んでいる子どもは、その母親を『他人』として意識することなく、まるで一人で遊んでいるかのように振舞うことができる、というものである。それでいてこの子どもは母親がそこにいる、ということは知っていて、だからこそ安心して遊ぶことができる。ここでの母親は『他人』ではなく、子どもが遊ぶための『環境』のようなものである。そのため、この子どもは恐怖や恥を感じることなく、他人と一緒にいることができるのだ。」3

 このように、母親は子どもにとって一番身近な存在だからこそ、子どもに対してある程度の距離を置かなければならないのかもしれない。ひきこもりでは、この「ひとりでいられる能力」が、何らかの理由で育たなかったために、「他人」として意識されすぎてしまうことから起こるとも考えられている。

第2節 兄弟との関係

 ここでは、ひきこもっている本人とその兄弟の関係についてみていくことにする。

ひきこもりを持つ家族が、医療機関やインターネットで相談する場合、兄弟姉妹からの相談も予想以上にあるという。兄弟姉妹にとっても、ひきこもりは大きな問題として受け止められているのである。このことは本人と同居している場合はもちろん、結婚やその他の事情によって他の地域に住んでいる場合でも、両親が高齢化していくなかで、ひきこもっている本人の将来を案じているからにほかならない。父親との関係の節で、私の親戚の家庭の話をしたが、このひきこもっている少年にも二つ歳が離れた姉がいた。もともとこの姉は無口なせいかもしれないが、弟(本人)の話を姉にしてみても、クールに「弟は弟、私は私」というような答えを返された。

 兄弟姉妹はやがて大半は、結婚や就職などでいずれは家を出て行くものである。もし、ひきこもっている本人の対応に深く関わってしまうと、もし家を出なくてはならない時にそれが正当な理由であっても、ひきこもっている本人は見捨てられたと感じ、余計に傷ついてしまう場合もある。それを避けるためには、もしかしたら兄弟姉妹は本人と深く関わるべきではないのかもしれない。ある程度距離を置いて、第三者的な立場で本人とメールしたり、相談の相手になったりすれば、本人と長く関わりを持てるのである。親よりも長く付き合っていく兄弟姉妹だからこそ、冷静に「ひきこもり」という現実を見ていかなければならないのである。



第2章 ひきこもる人たちの心の声とは・・・自分はこれからどうしたいのか

 ひきこもっている人たちの本音が知りたい、と思ったので、この章で取り上げる。本章では、ひきこもりの人たち1000人以上を対象にしたネットアンケートをもとに見ていこうと思う。ひきこもりの人たちに直接アンケートをすることはかなり困難であるということと、直接顔が見えない分、正直に答えていると思われるからである。

第1節 本人の希望

 ひきこもる人たちの将来を考えてみると「ひきこもりの状態でいたい人」と「ひきこもりの状態から抜け出したい人」の大きく二つに分かれると思う。ここではその二つについて、現在の気持ちやこれからどうしようと考えているのかなどについて見ていこうと思う。

@ ひきこもりの状態でいたい人

 私はひきこもり状態である人は誰もが将来は「ひきこもり状態から抜け出したい」と考えているものだと思っていた。しかし、「現在の生活に満足している」というアンケートで<やや満足している>と答えた人が4%、<満足>が3%、<どちらでもない>が13%だった 。4<やや満足>と<満足を>合わせたら7%、それに<どちらでもない>を合わせたら20%の人が、ひきこもり生活に満足しているということになる。この結果を見て、一つ仮説を立てた。このアンケートで<満足>などと答えた人は、何か目的を持ってひきこもっているのではないか、という仮説である。それかひきこもる期間を決めているか、単純に甘えているだけではないか。実際、親に自ら「今日からひきこもる!!」と宣言してひきこもった例もあるという。「何か目的がないと、とてもひきこもりなど続けられない」というのは私の考えだが、<満足>と答えているということは、心の余裕がないとできないことだと思う。そして、もしかしたら、ひきこもり生活を続けながらも自分の将来計画をきちんと立てているのかもしれない。

A ひきこもり状態から抜け出したい人

 では逆に、ひきこもり状態から抜け出したい人は、どのくらいいるのであろうか。「好きでひきこもっているわけではないが、自分ではどうしようもない」というアンケートに対して、<とてもそう思う>と答えた人が58%、<ややそう思う>が27%となっている。この二つを合わせると85%の人がひきこもりから抜け出したいが、自分だけの力だけでは抜け出せない、と答えている。このアンケートから、ひきこもっている多くの人が苦しんでいることがわかる。よく、ひきこもっている人に対して「甘えだ」、「外に出て働け」などと言う人がいるが、彼らは好きでやっているわけではないのである 。5「自分ではどうしようもない」と答えていることから、誰かの力を借りたいと思っていることが推測できる。しかし、突然ひきこもりを始めたのではなく、だんだんとひきこもり生活が始まった人たちは、前者に比べて「誰かの力を借りる」ということが思いのほか難しいのではないか。突然型のひきこもりは、周囲がひきこもった原因がわからないので、逆に自分以外の人の力を借りやすいのかもしれない。徐々に型は、周囲にその原因がわかる人物がいる可能性が高い。そうであるから、意地をはる場合があったりして素直に誰かに頼れないのではないか。

 「親元を離れて自立したい」というアンケートでは<とてもそう思う>と答えた人が48%、<ややそう思う>が30%となっており、この二つを合わせると78%にもなる。6これは意外な数字ではないであろうか。大体の人のひきこもりのイメージとは、親元から離れないで、経済的にも、精神的にも親に依存している、というものではないであろうか。この「自立したい」という気持ちの裏には、親へのうっとうしさやわずらわしさからくるもの、親への申し訳なさからくるものがあると思う。この二つの意見では後者の「親への申し訳なさ」からくるものの方が、心に占める割合が大きいと思う。よくひきこもって家庭内暴力を引き起こす、という話を耳にするが、自分自身が、親なしでは生きていけないと一番よくわかっているはずであり、家庭内暴力は、親が自分のことを受け止めてくれると信じているから起きる行為である。しかし、家庭内暴力の底にある感情は「悲しみ」である。暴力を振るうことで自らも傷つき、暴力を振るう自分が許しがたく、そのような「許せない自分」を育てたのはやはり両親なのだ、という自責と他責の悪循環があるだけなのだ。

 また「経済的負担が気になる」というアンケートでは、<とてもそう思う>と答えた人が66%、<ややそう思う>が24%、合わせて90%の人が親への経済的負担を気にしているということになる 。7素直にこの気持ちを親に話してしまうと、「そんなことを考えているのなら働きなさい」などと言われてしまうのではないか、という不安な気持ちがあるので、なかなか表に出さないが、心の奥では申し訳なさと後ろめたさを感じているのではないであろうか。このアンケートから、本人たちは、自分の今現在の状況を冷静に考えているということがよくわかる。しかし、自分だけの力ではどうしようもないということも考えているからこそ悩んでしまい、その結果、さらにひきこもってしまうという悪循環に陥っているのである。これらの結果を分析してみると、引きこもりをしている本人たちこそ、私たちが思っているよりもはるかに、他者との関係を求めているのである。

第2節 現実・・・実際に実行できるのか

 ここでは、ひきこもりから抜け出したいと思う人が(抜け出すことを前提に)周囲との関わりの中で、実際にそう決意するまでの葛藤と心の変化を見ていこうと思う。斎藤環『ひきこもり』から、事例を紹介する。

@ 葛藤〜人との関わりの中で変化した心

★ K(19歳、女性)のケース

 Kがひきこもったきっかけは、高校の不登校であった。高校の進路を決めるときKには行きたい高校があったのだが、親に反対され、自分の意見を言うことができず、あきらめることしかできなかった。そしてある高校に入学したのだが、入学式の日に何ともいえない孤独感に襲われ、たった2日で不登校になってしまった。最初の頃はたまに買い物に出かけるなどしていたが、だんだん、焦りを感じるようになっていったという。そして、次第に外に出ることもなくなっていき、ひきこもりが始まったのである。Kは、部屋の窓から見える学生たちの姿を見るたび「自分は何をしているのか」「自分はずっとこのままなのだろうか」などと考え込むようになった。そして、こんなに苦しむのは、自分に希望とは違う高校を強く勧めた両親のせいだと恨むようになった。誰かのせいにしていかないと生きていられなかったという。たまに親と顔を合わせると、言われることはいつも同じ「高校に行くなり、アルバイトするなり、どうにかしなさい。」という言葉であった。Kは自分の家族であっても、すごく頭にきて「殺してやりたい」と何度も思ったという。

 そんなKに転機が訪れた。同居していた祖父の死である。祖父は生前Kに「まだ死にたくない」と言った。祖父のぽつりと言ったその言葉に、Kは「生きる力」をもらったように感じたという。それから少しずつ、「今、自分がやらなくてはいけないことは何なのだろう」と考え始め、「高校に行ってみよう」と決心し、自分で高校を探し、通信制の高校への入学を決めた。

 同い年の友人もでき、その友だちに自分の“ひきこもり”のことや何度も死のうと思ったことなどを話すと、友だちはKの気持ちを全部受け止めてくれたという。そしてKは「こんな風に悩んでいるのは自分だけじゃなかったのだ」と感じるようになった。そして高校を卒業し、無事就職した。今、働き続けられるのは、人間の温かさを感じることができたからだという。

 

Kのひきこもったきっかけから、働くことになるまでを見てきた。もともとKは人付き合いが上手なほうではなかった。高校のクラスに馴染めず、二日で不登校になったときは、親を憎み、自分を憎んでいたが、あるときの祖父の「まだ死にたくない」という言葉でKの中で何かが変わったのである。この一言だけでひきこもりから抜け出せたというのはあまり説得力がないと思われるかもしれない。しかし、普段ひきこもりをしていて、周りになにも希望を見出せない中で聞いた祖父の生きることへの執念の言葉は、ひきこもるKには十分に響く言葉であったのであろう。

 この事例は、不登校からひきこもりになるという典型的なケースだった。いくつか事例を読んできて、誰かの一言がひきこもりから抜け出すきっかけだったというのは多い。注目すべきなのは、ひきこもり関連の本などを読んで(家族などが買ってきたのであろうと推測する)、そこに書いてある同じひきこもりの人たちの体験談を自分と重ねて、「こんな風に苦しんでいるのは自分だけじゃないのだ」と思うことが多いということである。そう思うことによって、それまで自分の殻に閉じこもっていた心が、自分以外の人間に共感する心に変わっていく。他にも似たような人がいるということで安心することから、だんだんと外の世界に出て行こうとするパワーが出てくるのであろう。いくつかの事例を見てきて、ひきこもりから抜け出すことができた裏には、必ず本人以外の誰かの影響がある。このことから、ひきこもりというのは、本人だけの力ではどうにもならない問題なのである、ということが改めてわかる。



第3章 ひきこもりから脱出するために必要な新たな人間とは

第1節 家族でも友人でもない新しい人間との出会い

 ひきこもりから抜け出せたケースで、第三者が介入して解決に導いたという解決方法が多く見られる。

 ここで、先ほどのネットアンケートを紹介する。「ひきこもりから抜け出すためには、家族以外の第三者の手助けが必要だと感じる」というアンケートでは、<とてもそう思う>と答えた人が47%、<ややそう思う>が34%、<あまりそう思わない>が12%、<全然そう思わない>が5%、<無回答>が2%という結果になっている。<とてもそう思う>と<ややそう思う>を合わせて8割の人が第三者の力を必要と感じているということは重要な結果である。8

ここでは、本人と第三者の関わり方やサポートの現場をみていく。

@ 自分以外の人間の力をもらわなければならない

 ひきこもりの当事者の集まりなどで話される事例の中で、抜け出す上で決定的だったのは、第三者との出会いと答える人は多いという。逆に自分の力だけで抜け出せる可能性は、ひきこもりが長期化してしまった場合には非常に低い。だから、上のアンケートで<とてもそう思う><ややそう思う>と答えた人はひきこもり期間が比較的長い人ではないであろうか。推測してみると、ひきこもり期間が長い人ほど、家族との間に見えない壁ができてしまっていて、心の中では抜け出したいと思っていても、きっかけがわからなくなっているのではないであろうか。もちろん、家族の一言(行動)が外に出るきっかけになったケースも多いが、それと平行して、本人が強がってしまったりして、きっかけを逃しているケースも多いのだと思う。であるから余計に、そこに第三者が現れて新しい刺激を与えたとしたら、反動もついて「外に出てみよう」という気持ちも強くなるのではないであろうか。そして<あまりそう思わない>と答えた人は、ひきこもっている期間が短い人で、まだ心に余裕があるので、「自分一人で抜け出せる」と考えているのであろう。また<全然そう思わない>と答えた人は、過去に第三者が介入して嫌な思いをした経験があった場合や、サポートということへの強い反発も含まれるのだろう。いじめが原因でひきこもったケースなどでは強い人間不信から「他人なんかに自分は助けられない」と思い込んでいる人もいるかもしれない。

 このように、第三者の介入について見てきたが、確かに他人が介入することを生理的に受けつけない人や、過去に嫌な思いをしている人もいるかもしれない。しかし、実際、アンケートでも、引きこもりの本人の8割が「第三者の手助けが必要」と答えている。本人が家族に向かって「誰か人呼んできて」などと頼むとは思えないので、家族の人たち、周りにいる人間がこういう本人たちの声を頭に入れておく必要があるだろう。また、家族にとっても、第三者の介入というのはとてもいいことだと思う。自分たちだけで解決しようとすると、家族自身も外の世界と自然に接点を持たないようになる傾向があるし、他人が入ることによって、新しい風が入り、家族自身も希望が見出せる環境になっていくのである。

A ひきこもりから脱出するためのいろいろな方法

 ここまで第三者の介入の話をしてきたが、本人は社会と関わりを持てないことに苦しんでいる。その本人を抱える家族も悩んでいる。自分たちの力だけで解決できないときには、まわりのサポートが大切になる。ここでは、ひきこもりのサポートについてみていこうと思う。

 「解決には、さまざまな支援策をうまく組み合わせることが大切である。医学的な疾患が背景にあるときは、医師の診断と投薬治療が有効である。しかし、逆に考えれば病気ではない場合、薬だけの治療では解決しないことになる。気持ちが混乱している。不安な気持ち、怒りや葛藤が強いときはカウンセラーに相談することが有効である。どのように解決したらよいのかわからないときも、支援プランを作るために相談するとよい。いきなり学校や会社に戻ろうとしてもうまくいかないときは、さまざまなプランが用意されている。フリースクール、デイケア、適応指導教室など、本人にあったものから徐々に参加し、慣れていくというものだ。」9

 

次に実際のサポート現場を見ていこうと思う。紹介するのは(社)青少年健康センター「茗荷谷クラブ」である。この社団法人青少年健康センターは「ひきこもり」という言葉が広く知られる前の80年代から、不登校をはじめとする思春期の問題に取り組んできた。茗荷谷クラブの目的は、学校や職場へ行くことに困難を感じている人たちに、出会いと憩いの場を提供しようというものである。毎週必ず来る人、たまに顔を出す人、利用の仕方はさまざまで、毎回20名近い参加者がある。その半数に近い人数のスタッフ(精神保健福祉士、臨床心理士、教職経験者をはじめ大学院生のボランティアなど)が一緒に行動しているのが、このクラブの際立ったところといえる。ゲームやレクリエーションをすることが多いが、気分が乗らなければ無理に加わる必要はないとし、自分なりのペースで参加することが尊重されている。

 この事例は、本人を預ける家族の立場から見て、スタッフに精神保健福祉士、臨床心理士などが含まれているから安心できると言えるだろう。ひきこもりからいきなり学校や職場に戻るのではなく、こういった自分のペースが守られている場所で、ひきこもっている間に忘れていた(失っていた)人と関わることを取り戻していくのであろう。この事例は、家から出られる人が対象だが、出られない場合はどんなサポートがあるのかを次に見ていこうと思う。

 第一章で紹介した私の親戚の場合は、本人は家族とは多少会話があり、一緒に食事をするのだが一切外には出ないケースで、カウンセラーに相談することになった。最初は両親が出向く形だったのだが、カウンセラーが家の中へ入って、本人と粘り強く話していたという。それを何回か続けていくうちに、今度はカウンセラーの車に乗って、家から一番近いコンビニへ買い物に行けるようになったのである。それからは、週に一回は外へ連れ出すようにしたらしい。本人は中学1年の頃からひきこもっていたのだが、今では大検をとり、一人で電車に乗れるようにまでなった。

 これは、カウンセラーが直接家に入り本人を説得して、成功した事例である。夕方のニュース番組でこのケースと似た事例をよく放送しているが、失敗した事例は聞いたことがない。果たしてうまくいく事例ばかりなのであろうか?推測だが、本人を外へ連れ出すこと自体は力ずくでもできるので、カウンセラーがいなくても大丈夫だろう。しかし、大事なことは、本人が納得しているかどうか、外へ連れ出した後、どのように人との関わり方を教えていくか、であると思う。あまり、表には出てこないが、やっと外に出られるようになってフリースクールなどに行っても、人間関係で悩んでしまい、またひきこもってしまうケースも多いのではないであろうか。外へ出るようになったといっても、まだ安心しないでカウンセラーと親がしっかりと本人の現在の状況を把握し、長期にわたって協力していかなければならないのである。

第2節 社会に参加するとは

外の世界に出られたとして、多くがいずれは働くことになるであろう。働くということは社会参加することである。ここでは、ひきこもりの人たちの仕事をする意識を「仕事を始めたとしたら、生活がどのように変わるか」というネットアンケートをもとにみていこうと思う。

  「この結果には、働くことに対する恐怖と期待が素直に表れている。「親に負い目を感じなくてすむ」(66%)、「欲しいものが買える」(61%)、「自分に自信が持てる」(56%)などは、裏を返すと働いてないことで何が一番辛いかの表れである。つまり自信がなく、親に対して負い目があり、もちろん欲しいものが買えないということなのである。残りの結果も見てみると、「責任やノルマが生じてストレスが増える」(54%)、「わずらわしい人間関係が増える」(54%)、「緊張のあまり体調を崩すと思う」(38%)となっているように、マイナスの可能性も考えており、決して就労に非現実的な夢ばかりを見ているわけではない。ストレスが増える、とくに人間関係に関する不安感は強いだろうし、この二つが本人にとっては一番大きいことなのだろう。」10

仕事をするということは、ひきこもりから抜け出した後には、必ずついてまわる問題である。働くということにプラスの思いも抱いていれば、マイナスの思いも抱くということは、普通に生活している私たちでも同じである。しかし、人間関係をわずらわしいと考えている人も多いことから、そういう不安を取り除くために、働くことや学校へ復帰する前にフリースクールなどを活用し、他人と関わって人を信用すること、人と共感し合う心を作り直すことが大事なのである。



おわりに

 このように、ひきこもりから抜けだすためには周囲の人たちのどんな力が必要なのかをみてきたが、結論は「第三者の力」が必要なのだということがわかった。このことは、本人たちの8割が感じていることなので間違いはないだろう。そして第三者の力と同様に大切なのが、他者に共感する心だ。また、共感してもらうことで安心し、外へ出る勇気もでてくるのだ。 ひきこもりは増え続けている。しかし、ひきこもった原因が本人にもわからないケースも中にはあるという。今後はこのようなひきこもった原因についても詳しく調べていきたい。







1.富田富士也 「新 引きこもりからの旅立ち」P.205 ハート出版 2000.4

2.斎藤環 「ひきこもり」P.140 NHK出版 2004.1

3.ひきこもり:メンタルヘルスについて http://www.heartcompany.co.jp/mental/_withdrawal.html

4.斎藤環 「ひきこもり」P.83  NHK出版 2004.1

5.斎藤環 「ひきこもり」P.83  NHK出版 2004.1

6.斎藤環 「ひきこもり」P.84 NHK出版 2004.1

7.斎藤環 「ひきこもり」P.84 NHK出版 2004.1

8.斎藤環 「ひきこもり」P.85 NHK出版 2004.1

9.東京都ひきこもりサポートネットhttp://www.hikikomori-tokyo.jp/article/index.php

10.斎藤環 「ひきこもり P.91 NHK出版 2004.1



参考文献

斎藤 環 監修「ひきこもり」 NHK出版 2004.1

富田 富士也 「新 引きこもりからの旅立ち」 ハート出版 2000.4

井上 敏明 「ひきこもる心のカルテ」 朱鷺書房 2002.2



参考サイト

 

ひきこもり:メンタルヘルスについて

http://www.heartcompany.co.jp/mental/_withdrawal.html

東京都ひきこもりサポートネット

http://www.hikikomori-tokyo.jp/article/index.php