近年、食の安全性についての消費者目線が厳しくなり、意識が高まっている。
その中で、牛肉の消費に大きく影響したのがBSE騒動であった。
この騒動により牛肉に対する消費者目線はより厳しいものになり、そして今尚影響は続いている。
このBSEについて、そもそもの原因と問題点は何かと興味を持ったのがきっかけだった。
では、そもそもBSEとはどんな病気なのだろうか? BSEとは、牛海綿状脳症(Bovine Spongiform Encephalopathy)の略称である。伝達性海綿状脳症(TSE)と呼ばれる未だ十分に解明されていない伝達因子(病気を伝えるもの)と関係する病気のひとつで、牛の脳の組織にスポンジ状の変化を起こす。病気が進行すると神経過敏・攻撃的あるいは沈鬱状態になり、食欲減退による体重減少、異常姿勢、協調運動失調、麻痺、起立不能等の症状を示す。このTSEには、山羊のスクレイピー、伝達性ミンク脳症なども含まれ、牛以外の動物にも発症する。原因については未だ解明されていないが、プリオンと呼ばれるたんぱく質のみで構成される物質が異常化したものが牛の体内に入り込み、正常なプリオンたんぱく質を少しずつ変質させていくことによって発症されるという説が有力である。 BSEの発症までの潜伏期間はおおよそ2年から8年で、発症して死に至るまでは2週間から6ヶ月を要する。この潜伏期間の間が異常化したプリオンによって正常なプリオンを少しずつ変質させていく期間に当たるが、このメカニズムについては解明されていないのが現状である。
BSEを歴史的に見ると、初のBSE発生報告は1986年にイギリスで報告されたものが最初であった。以後、イギリス国内では2004年2月までに約18万3千頭の発生が確認されている。イギリス以外ではアイルランド・ポルトガル・フランス・スペイン・ドイツなどEU諸国を中心に、日本やアメリカも含め世界24カ国で発生が報告されている。
1990年以前はイギリスやその他のEC加盟国における対策が中心で、ECとしてはイギリスからの牛の輸出制限のみであった。1990年頃からEC主導による対策が次々取られるようになり、2001年からTSEの予防・管理及び撲滅に関する欧州議会及び理事会規則にこれらの対策が統合され、EU加盟国に直接適用される規則として実施されることとなった。現在、EU諸国では次のようなBSE措置がとられている。
@と畜場におけるBSE検査
1990年4月より、危険性のある24ヶ月齢を超える牛の検査、及び30ヶ月齢を超える牛のと畜場での検査、及び疑いのある牛肉の流通の禁止した。
A肉骨粉の給餌の禁止
1994年7月より、肉骨粉の牛、羊などへの給餌を禁止した。
B肉骨粉の加工基準
1997年4月から、肉骨粉用について圧力処理(133℃、3気圧、20分)を義務化した。
Cサーベイランス(監視)
1998年5月から、BSEの発見、管理、撲滅のためにサーベイランス措置が取られるようになった。
D汚染の可能性の高い同居牛の殺処分
2001年7月から、感染牛と同一の群にいた同年齢の牛は汚染されていた飼料を給餌されていた可能性が高いため、必ず殺処分される事になった。
E特定危険部位の除去
2000年10月から牛や羊などから特定危険部位を除去しなければならなくなった。特定危険部位除去の義務は輸入肉及び肉製品に適用される。
F加工動物たんぱく質の家畜飼料への使用の禁止
2001年1月から、交差汚染の危険を最小限のものとするため加工動物たんぱく質の食用のための家畜用飼料への使用の全面禁止措置が取られた。
なお、肉骨粉については第3章において後述したい。
では、このBSEに感染した牛によって、果たして人間にはどのような影響をあたえるのだろうか?現在、BSEによる人間に対する影響として、変異型クロイツフェルト・ヤコブ病(vCJD、以下vCJDと略)との関連性があるのではないかと指摘されている。もともとクロイツフェルト・ヤコブ病自体は人間の病気として存在しており、1920年代の初めに、ドイツの神経病理学者のクロイツフェルトとヤコブによる研究報告からクロイツフェルト・ヤコブ病と呼ばれるようになった。異常化したプリオンたんぱく質により、発症すると抑うつ、不安などの精神症状に始まり、進行性痴呆、運動失調等を呈し、発症から1年〜2年で全身衰弱・呼吸不全・肺炎などを起こし死に至るプリオン病である。一般的に100万人に1人の割合で発症し、その平均発症年齢は65歳前後と言われている。
vCJDと目される症例が初めて確認されたのは1996年、イギリスで10名の患者が報告されたことが初めてであった。このvCJDはこれまでのクロイツフェルト・ヤコブ病(孤発性CJD)と比較して、若年で発症し、発症してから死亡するまでの期間が平均18ヶ月と緩徐な進行で、脳の病変部に広範に異常プリオンたんぱくが沈着したクールー班や空砲が見られるなどの特徴を持っている。vCJDを発症すると主に抑うつ、不安、自閉、異常行動などの精神障害を起こす。イギリスで初めてvCJDの患者が報告された1996年以降、2005年2月までにEU諸国を中心に169例報告され、その内イギリスにおける報告が154例、フランスで9例あった。日本においても2005年2月、初めてvCJD患者が確認された。だが日本の他、アメリカ・カナダで発生した症例についてはいずれもイギリスに渡航歴があり、これとの関連性が指摘されている。では、牛から人へ、どのように感染していくのだろうか?一般的にはBSEに感染した牛のいわゆる特定危険部位(牛の脊髄、脳、回腸遠位部など)を人間が食べてしまうと感染する危険性があり、牛肉や牛乳に関しては食しても感染の問題はないと言われている。だが疑問点がある。BSE牛の発生件数が全世界で18万件以上あることに対し、vCJDの発症報告は169例とあまりにも少ない。一見すると感染する可能性は低く見えてしまうが、実数は報告された件数よりも多い可能性もあると思う。牛から人間へどのぐらいの確率で感染するか未だ不明で、感染を防ぐには特定危険部位を避けるほか手立てがないと言えるだろう。
次に、日本におけるBSEについてみてみたいと思う。2001年9月10日、千葉県白井市で飼育されていた乳牛(ホルスタイン種・雌・5歳)が検査の結果、BSEであると確認されたことが日本における初めてのBSE発生であった。この発生報告を受け日本では次のようなBSE対策が取られるようになった。まず1つ目は特定危険部位と呼ばれる部分の処理・焼却である。BSE発生が確認された2001年9月27日、厚生労働省は生後12ヶ月以上の牛の頭蓋(舌、頬肉を除く)及び脊髄、回腸遠位部(盲腸の接続部分から2メートル以上)の除去、焼却するように指導し、同年10月18日からは法令上義務化された。もともと牛乳や牛肉には感染の恐れはないとされていたが、特定危険部位の処理により消費者に安全な牛肉を届けられるような措置が取られた。そして2つ目は全頭検査である。2001年10月18日より、家畜の処理場に運び込まれる全ての牛の延髄の組織を一部とり、そこに異常プリオンたんぱく質が蓄積しているかどうかを調べるものである。2005年8月からは月齢20ヶ月以下の牛からは異常プリオンを検出することは難しいが、特定危険部位を取り除けばリスクは少ないとの理由から検査対象を月齢21ヶ月の牛となった。
日本国内でBSEが発生した影響により、消費者は牛肉を敬遠するようになり、牛肉の消費は落ち込んでしまった。この時期に、雪印食品による牛肉偽装事件が発覚した。国の牛肉消費の落ち込みを救済する牛肉買い取り制度を悪用した最初の事件である。食品メーカー大手の雪印の子会社が起こした事件として大きな波紋を起こした。
事件の発覚は2002年1月23日、兵庫県西宮市の食品冷蔵庫会社、西宮冷蔵の水谷洋一社長の会見によって明らかになった。2001年10月末、雪印の関西ミートセンターの社員が西宮冷蔵を訪れ、冷蔵庫内で預けていたオーストラリア産牛肉「レンジャーズバレー」を国産牛の箱に詰め替える作業を行った。そして、関西ミートセンターの指示により伝票の改ざんもあった事も明らかにされた。この会見のあった同日、雪印食品の吉田升三社長も会見し、オーストラリア産牛肉663箱、計13.8トンを詰め替えた事実を認めた。1月26日にはこの13.8トンのうち1.4トンが実際に牛肉が存在しない水増し請求であった事が判明し、1月29日には雪印の関東ミートセンターにおいても牛肉偽装があった事が発覚する。偽装した総量は約30トンに及び、計3342万円を受け取った。また同日、雪印食品は食肉事業から撤退し、関西ミートセンターなど4拠点を閉鎖すると発表した。その後も雪印食品の業績は回復せず、事件発覚約1ヶ月後の2月22日、4月末をめどに雪印食品を解散すると発表した。そして同年5月10日には牛肉偽装に関係した幹部やミートセンター長ら5人が逮捕された。
この一連の雪印食品牛肉偽装事件の引き金となった国の牛肉買い取り制度とは何なのだろうか。また制度に問題点は無かったのであろうか。
牛肉買い取り制度とは、日本においてBSEが発見された2001年9月以降、消費が落ち込んだ牛肉に対して行った農林水産省の牛肉在庫緊急保管対策事業である。これは牛肉を扱う企業に対する救済策と言えるだろう。全頭検査が実施された同年10月17日以前に処理された牛肉を対象に、まず牛肉を保管している企業は、全国農業協同組合連合会や日本ハム・ソーセージ工業共同組合など6団体に牛肉の買い取り申請を行う。買い取った牛肉は農林水産省の外郭団体である農畜産業振興事業団に申請を行い、さらに農林水産省に申請した上で助成金を受け取り、助成金は6団体に交付される仕組みである。こうして買い上げられた牛肉は市場に流通できないという理由から、全国の冷蔵倉庫に隔離・保存された。農林水産省は同年12月14日、市場隔離牛肉緊急処分事業を取りまとめ、これら牛肉の全量焼却処分を決めた。買い取りの上限を1万3千トンとし、助成金額は保管対策事業では品種ごとの平均で1キロあたり707円、また焼却に関する緊急処分事業に関しては1キロあたり最高1554円の助成金が支払われ、これら焼却に至るまでの総合計費用は約290億円に及ぶものとなった。
農林水産省や農畜産業振興事業団により緊急対策としてこれらの事業が行われたが、はたして有効策と言えるものであっただろうか。まず買い上げ金額だが、2001年10月時点のオーストラリア産牛肉の卸売価格が冷凍物で1キロ当たり485円、冷蔵物で875円であったことを考えると、買い取り助成金の金額は相当高いと言える。輸入牛肉が高値で買取されるのであれば、偽装して高値で買い取らせようと思う企業があってもおかしくはないはずである。また全頭検査から緊急処分事業を取りまとめたまでの期間がおよそ2ヶ月と短く、チェック体制にも不備があった。農畜産業振興事業団による検品作業が行われるようになったのは12月25日からであった。早急に取りまとめた策ではあったが、雪印食品による偽装があったのが10月末であった事を考えるとどうしても対応が後手に回ったと考えざるを得ない。そして、この買い取り制度はあくまで相互の信頼があることが前提であった。もしそこに第3者が介入していれば偽装を防ぐことも出来たのではないかと思う。雪印食品による偽装も西宮冷蔵の告発があって初めて発覚したのであって、もしかしたら偽装された事が不明なままであったかもしれない。一見すると企業に対する良策とも思えるが裏を返せば問題点も多々あった策であったと思う。この雪印牛肉偽装事件とそれに関連する牛肉買い取り制度は、日本におけるBSE対策の問題点を浮き彫りにした事件だったと言えるだろう。
これほどまでに、BSEが広まってしまった原因は何なのだろうか。牛がBSEを発症する原因の一つとして考えられているものが、飼料として与えられていた肉骨粉である。肉骨粉とは、牛・豚・鶏などの反芻動物から食肉を除いた後の屑肉、脳、脊髄、内臓などを加熱処理の上、油脂を除いて乾燥、細かく砕いて粉末状にしたものである。安価で、たんぱく質・カルシウム・リン酸質が豊富で高い栄養価を持っている。イギリスを中心に用いられていたが、BSEとの関連性が指摘されるようになって、1988年イギリスで牛に対して肉骨粉を与えることが禁止された。日本においては、1996年3月には、BSEが人間に感染しvCJDの原因となりうると言うイギリス政府の発表を受け、イギリスから肉骨粉の輸入を禁止した。同年4月、世界保健機関(WHO)による肉骨粉を牛に与えることを規制したほうがよいという勧告を受け、農林水産省の課長通達による行政指導・通達を行った。日本において肉骨粉が全面的に禁止とされたのは、2001年9月のことである。問題となるのは、肉骨粉に関するイギリスと日本の対応である。1980年代、イギリスではレンダリング(家畜廃棄物の処理)の方法が変更された。これまでは原料の屑肉を蒸気加熱容器で100度以上、2時間以上加熱し有機溶剤を加えて加熱・ろ過して脂肪を抽出していた。しかし、オイルショック後、燃料や溶剤の節約のためレンダリング工程が簡略化され、有機溶剤による抽出も行われなくなった。充分な処理が行われなくなった結果、イギリスにおけるBSE発生を招いたのではないかと考えられる。また、イギリスにおいて自国の牛に肉骨粉を与えることを禁止した1988年以降、余った肉骨粉をBSE感染の恐れがあるにもかかわらず、世界各国に輸出していた。これによりBSEが世界各地に広まった可能性も考えられる。日本において1996年に肉骨粉使用の行政指導をおこなっているが、肉骨粉からBSE感染の危険性があると認識していたのならば、この時点で輸入禁止措置を取るべきではなかったのではないだろうか。肉骨粉の輸入を禁止しなかったために、1996年以降もイタリアやデンマークなどから肉骨粉は輸入されていた。肉骨粉がBSEの完全な原因であるとは言い切れないが、少なくとも原因の可能性のあることに対しての危機感が欠けていたように感じる。
次に、日本政府のアメリカ産牛肉輸入に対する問題である。2003年12月24日、アメリカ・ワシントン州で飼育されている牛1頭にBSE感染の疑いがあることが分かり、同26日、BSEであるとの確認がなされた。アメリカで発生した狂牛病はカナダ産であるとされた。日本ではこのBSE発生報告を受けて即日アメリカからの牛肉の輸入をストップした。そして輸入再開には全頭検査の実施を条件とした。日本の対応として安全性が確認されない限りは輸入を禁止するのは当然である。だが2004年1月よりアメリカ産牛肉の輸入再開に関しての日米両政府間の協議が始まる。この協議においてアメリカ側は全頭検査が科学的ではないと主張した。アメリカ側の主張は、BSEは潜伏期間が長く、病原体が牛の口から入って脳に達し歩行困難などの症状を起こすまでに平均5年かかる。だから病原体が回腸や脊髄にいる間、異常プリオンがみつかるはずがない。月齢30ヶ月以上の牛で検査をすれば充分であり、日本で行っている全頭検査は必要でない、というのが主な理由であった。その後2004年10月末、第4回日米BSE協議の中で、アメリカ産牛肉について
@あらゆる月齢の牛から特定危険部位を除去する
A個体月齢証明などの生産記録を通じて月齢20ヶ月以下であるとされるものに限る
B枝肉の生理学的月齢を検証する為、枝肉の格付け・品質属性に関する協議を継続する
という上記3点を条件・枠組みの下で輸入再開されることになった。翌2005年12月12日、輸入再開が発表された。
ここまでアメリカにおけるBSEの発生と牛肉の輸入禁止・再開について見てきたが、ここで問題となるのは、日本がこれまで一貫して輸入再開の条件としてきた全頭検査を緩和してアメリカの牛肉輸入を再開したのか、ということである。そもそも、アメリカは全頭検査が科学的ではないと主張していた。だが今現在においてもBSEの発生の仕組み、感染ルートや感染源については不明な点が多い。そのために全頭検査を行うことは、これらのリスク構造を解明する上で重要であるし、原因が不特定である以上はまだ全頭検査を見直す状況にはない。また、アメリカ側のBSE対策にも問題点が多い。この協議では月齢20ヶ月以下の牛に関して輸入を再開するとしたが、アメリカの子牛は、ほとんどの場合放牧場で誕生するために、いつ生まれたかを正確には把握しにくく、その牛の生年月日を個体ごとに識別するシステムがなかった。また月齢30ヶ月という線引きに関しても、あくまで牛の歯が永久歯に生え変わるタイミングで判断するというものであって、その後牛の肉質や骨格などによって月齢は判断できるとしたものであった。また特定危険部位の処理についても扁桃と回腸遠位部は全頭から除去するものの、月齢30ヶ月未満の牛に関しては脳や脊髄などは除去しておらず、輸出用牛肉に関してのみ特別に取り除くという処置をしている。これだけを見てもアメリカにおける日本側から見れば、検査体制の不備・認識の違いがあるということが分かる。2002年度、アメリカはオーストラリアに次ぐ第2位の牛肉輸入相手国で、その総量は24万トンであった。輸入量が大量であることを考えると、輸入がストップすればアメリカの生産者だけでなく、日本の消費者にとっても痛手である。結局、アメリカの検査体制は、万全であるという理由を表向きにしつらえて、アメリカ産牛肉の輸入にこぎつけたかっただけなのではないか、という疑問がなくならない。輸入が再開されて間もない2006年1月には、早くも特定危険部位の1つである脊柱が輸入牛肉から見つかり再び輸入禁止措置が取られている。アメリカ側のBSE対策が万全でない限り、輸入再開してはまた禁止、というのが繰り返し起こりかねない。消費者は、まだまだアメリカ産牛肉に対して危険性を認識しておく必要性があるだろうと感じる。
現在、消費者に安全な牛肉を提供するために、トレーサビリティ制度というものが導入されている。トレーサビリティとは、生産から流通の全ての段階において産品の取引の記録を残し、問題が発生した場合にその原因がどの段階で発生したか追跡出来るようにするものである。最近の先進国における食品の安全に対する消費者の関心が高まる中で、この制度は注目されつつある。従来から部分的に導入されていたものであるが、特にBSEの発生を契機として、生産から小売まで一貫して取引の記録を残し、誰がどこで生産し、どこで誰が加工・調製し、どのように流通したかを知ることが出来るようにすることが、食品の安全と品質の確保の最終的な担保となり、消費者の信頼を得る方法である、との考えがEU諸国や日本では強くなっている。特に、トレーサビリティは、事故が生じた場合の原因究明と産品の回収を容易にすることのほか、産品の表示の信頼性を高める手段でもあると認識されている。
このトレーサビリティ制度の導入に古くから積極的であったのはフランスであった。もともと、不正なワインの流通を防止する目的でフランスでは、原産地呼称制度のワインの生産・流通にこの制度が組み入れられていた。牛肉に関しては、BSEの発生を契機に1997年にフランスで導入されている。
EUにおいても、加盟各国に共通して適用されるべき牛肉のトレーサビリティ制度が検討された。1997年に個体識別と産地表示に関する規則が制定され、2000年には「牛肉のトレーサビリティの枠組みを定める規則」が定められて、トレーサビリティが加盟国の義務とされた。この規則は義務的トレーサビリティと自発的表示からなり、義務的トレーサビリティ制度によって、生産段階において個体識別番号を記入した耳標の牛への装着、パスポートによる飼育及びデータベースの構築の義務、また流通段階において原料家畜と牛肉との照合番号、と畜場の認可番号、解体場の認可番号、出生地、肥育地などの表示を義務づけられた。流通する牛肉の仕様が多様であることから自主的な表示制度を設け、消費者に適切な情報を提供することとした。
日本でも2001年に狂牛病が発生して以降、食品の安全に対する消費者の不安が一気に高まった。2003年6月に「牛肉の個体識別のための情報管理及び伝達に関する特別措置法」の制定により、生産者から小売業者までの牛肉トレーサビリティを義務づけた。生産段階では2003年12月、流通段階では2004年12月に実施された。日本における牛肉トレーサビリティ制度は、EUとフランスの制度を参考に作られている。
こうして見るとトレーサビリティ制度は有用にも思えるのだが、導入には難しい点もある。トレーサビリティ導入の難しい点として、1つの産品について、生産者、加工業者、流通業者などの関連する業界の一体的な取り組みが必要となることである。また、手間も含め費用がかかる事も問題である。このトレーサビリティ制度導入にはEUや日本は積極的である。しかし、アメリカでは、食品の安全は基本的にはでき上がった製品のチェックによって確保できるとの考えから、制度を導入することは企業の生産コストが増大し、非効率になるという理由から導入には消極的である。トレーサビリティ制度が、個体識別番号などによる牛の生産段階からの確認ができ、消費者にとって利点がある反面、コスト面で費用がかさむことはどうしても否めず、どれだけ普及できるかが今後の課題であると言えるだろう。
BSEの影響により一時消費の落ち込んだ牛肉であるが、これから牛肉の消費はどうなっていくのだろうか?
輸入が解禁されたアメリカ産牛肉は、まだ広く普及していないものの、徐々に普及の兆しを見せている。大手牛丼チェーンの吉野家は、2006年9月18日、約2年7ヶ月ぶりに牛丼の販売が再開した。アメリカにおいてBSEが発生し、輸入禁止の煽りを受けて以来、一貫して牛丼の販売を停止していただけに、吉野家にとっても牛丼ファンにとっても待望の販売再開と言えるだろう。販売が再開された9月18日には、全国1000店で100万食を販売し、夕方までに完売する店が相次いだ。吉野家では10月、11月の1〜5日にも1日100万食を限定で発売し、また12月1日からは午前11時〜午後2時までの時間限定ながら、全店で連日販売されるようになった。また、四国でスーパーを展開するマルナカでは、2006年11月15日、19日までの期間限定でアメリカ産牛肉の販売を始めた。
このように、アメリカ産牛肉の輸入量がまだ少ない為に一部制限があるものの、確実にアメリカ産牛肉は消費者に普及されつつある。これらを皮切りに、今後ますますアメリカ産牛肉が普及されるだろうが、当然の事ながらまだ消費者の抵抗は根強い。国産であれアメリカ産であれ、牛肉を選ぶのは消費者自身である。安全な牛肉を届ける為に検査をする行政の役割も大事ではあるが、消費者側としてもこれからは牛肉の安全性に対して正しい知識を持つことも重要な事だと思う。
本論文で、BSEと、それに直接関連する牛肉問題を述べてきた。BSEについてはまだ明確な感染源・感染ルートが把握されておらず、いくつかの防止策が施されているものの、それはまだ完璧な策と言えないのが現状であろう。また肉骨粉の輸出入に関して、政府の態度が曖昧であったり、各国のBSEに対する検査体制、危険認識に差があることを強く感じた。各国が足並みを揃えていかなければ、BSEに対する認識の差は、埋める事が難しいと思う。また、国内の牛肉問題においては、日本に古くからある同和問題との関連がある。論文中に述べた雪印食品牛肉偽装事件以外に発生したハンナン牛肉偽装事件では、逮捕されたハンナンの浅田満会長が同和食肉組合に関係し、偽装を指示し同和食肉団体から不正に補助金を受け取っていた事が問題になった。
BSEや牛肉問題に関して、問題点はまだ根深く残っている。全ての解決にはまだ時間が掛かるかもしれない。私達一般消費者としては、何処にいても、本当に安心して、安全な牛肉が食べられる事を願いたいと思う。
・家族に伝える牛肉問題 白井和宏著 光文社(2006年)
・雪印の落日 食中毒と牛肉偽装事件 藤原邦達著 緑風出版(2002年)
・牛肉と政治 不安の構図 中村靖彦著 文春新書(2005年)
・もう牛を食べても安心か 福岡伸一著 文春新書(2004年)
・農林水産省ホームページ http://www.maff.go.jp/
・厚生労働省ホームページ http://www.mhlw.go.jp/
・ヤコブ病サポートネットワーク http://www.cjd-net.jp/
・動物衛生研究所 http://niah.naro.affrc.go.jp/index-j.html/
・朝日新聞記事2002/1/23、2006/9/19、2006/10/31、2006/11/16日付(朝日新聞記事検索「聞蔵」より参照)