フランス国民投票後の1992年9月下旬から10月中旬に、EC12ヶ国を対象に行われた世論調査では、欧州連合条約への賛成意見は43パーセントであった。欧州連合への支持率は、1991年春の調査から3回連続して低下した。またEC加盟国であることに利益があるという回答も半数を割った。こうした統合への支持離れは、イギリス、ドイツ東部地域、イタリア南部など不況下の地域に目立っている。一方、後発地域であるスペイン、ポルトガルでは、「わからない」という回答が多く、条約への無関心さが伺える。12ヶ国全体の数字は、賛成43パーセント、反対27パーセント、わからない30パーセントであった。
世論調査で見る限り、条約支持は43パーセントであるから、いかに条約の中身が域内市民に理解されてないかが分かる。したがってEC加盟国政府は、この条約の中身を国民に的確に理解させるべきであろう。そして、国民に論争させ、国民のための欧州連合条約、統合への道を、国民自身に切り開かせるべきではないかと私は考える。
そのことが受け止められた会議が、1992年バーミンガムで開かれた、EC臨時首脳会議である。この会議はデンマーク、イギリス、フランスにおける、この条約に対する市民の批判を正面から受け止めるためのものであった。ここで宣言されたのが、バーミンガム宣言で、ECの権限集中の是正と政策の意思決定の公開性など、市民のニーズに対応するものだった。この会議で、開かれたECを強化するための宣言が採択された。
@ECと加盟各国との権限配分 A条約と市民の利益との結びつき BEC活動への各国のより密接な関係 C欧州市民に身近な条約の達成を強調したものであった。
これらの視点は市民にとって大切である。この宣言が、この条約への各国市民の参加権を保障したものと考えられるからである。重要な問題は、EC委員会、欧州議会が、この宣言を受けて、今後どのようにその未来を築いていくか、である。
EC機構の中で、市民の民意を反映しているのが欧州議会である。本論文では市民の代表である欧州議会をとりあげ、アムステルダム条約が調印された後の変化、その動向、各国の市民の意見、ECの決議を見ていきたいと思う。
デンマーク・ショックで有名なデンマーク、そして、EUの先導的な役目を担ってきたフランスのEC憲法に関する国民の声を例にあげて、考察を試みてみる。デンマーク議会はEU条約を承認したが、国民は国民投票においてマーストリヒト条約を拒否した。その理由は何だったのか。第1はEUの官僚システムに対する批判である。ブリュッセルのEC官僚にはデンマーク出身の官僚もいるが、その官僚たちの市民権設定について、デンマーク国民が疑問を持ったからである。EC官僚ははたして小国の意見を吸収してくれているのだろうかという理由である。第2に防衛政策の面で国民は反対した。例を挙げると、英独共同軍に自国軍が組み込まれ、デンマーク軍の独自性が失われるというのである。第3に統一市場が完成すると、自由市場が拡大し、小国の企業の競争力が弱く、大国の大企業に吸収される心配があるというのである。第4に、欧州連合条約に基づく欧州市場統合、通貨統合、政治統合が実現すると、デンマークの福祉水準が低下するから反対であるという。第5に、単一通貨制度が完成すると、デンマークの通貨もECUに吸収され、EC内で最適経済条件にあるデンマークは、他の加盟国の犠牲になるから反対であるという。
フランスの国民投票は、今後のヨーロッパ統合のキーを握るだけに世界的に注目を浴びたが、事前に3つの予測がなされた。@大差で可決、A僅差で可決、B否決である。結局国民はAを選択した、投票結果は、賛成51.05パーセント、反対48.95パーセントの僅差で可決された。フランスの世論調査機関であるIFOPが国民投票前の9月7日に行った調査では、回答者の50.5パーセントが賛成、49.5パーセントが反対であった。反対論の見解はさまざまである。農民は「条約を批准したら農業保護が打ち切られる」、一部の労働者は「社会保障が軽視される」と、極右派は「国家の正当性を失う」、その他は「主権の放棄だ」等であった。この他の各国でも、この条約を承認するに至ったとしても僅差であり、民意の中での反対派の意見も強く、各国はこの状況をどう打開するか悩まされていた。
このような状況で、民意を反映する欧州議会は、どのような動きをするのであろうか、欧州議会の仕組みとともに、その動向を見ていこうと思う。
欧州議会の前身である共同総会、それを引き継いだ欧州議会においても、その構成員である議員は、長らく各国国会議員の互選により選出されていた。民主的正統性を高めるために、1976年9月20日に採択された理事会決定(通例「欧州議会選挙法」と呼ばれる)により、議員は直接普通選挙によって選出されることとなった。
しかし、この1976年欧州議会選挙法は、簡潔な内容で、(1)選挙が木曜日から日曜日までの4日間の期間に行われること、(2)任期5年、(3)選挙後1カ月の間を置き、最初の火曜日に欧州議会に登院し、代表適格性(選挙合法性)を確認すること、(4)理事会の審議に付すべく統一選挙手続き草案を作成すること、などを規定しているのみであった。実際の欧州議会選挙制度は、各国の国内選挙制度に準じて規定され、この直接選挙法に基づく第1回欧州議会直接選挙が1979年に行われた。その後、5年毎に選挙が行われ、また拡大に伴う新規加盟国での選挙が行われている。2004年6月の選挙が第6回目に当たる。
1992年のEU条約に至って「EU市民権」(Union citizenship)の概念が導入され、本国以外のEU加盟国に居住しているEU市民に、居住国における地方議会と欧州議会への参政権が保証された。これを受けて1993年に理事会で採択された「欧州市民権」執行のための指令(Directive 93/109/EC)は、登録義務や選挙権・被選挙権などについての基本原則を定め、それ以外については加盟国の裁量に委ねた。 要するに、欧州議会選挙はなお各国別の制度の下で行われ、選挙管理業務も各国選挙管理委員会が担当する。欧州議会事務局には選挙(管理)を担当する部局は存在しない。
こうした欧州議会選挙制度の現状を追認するように、アムステルダム条約では、旧条約の「統一的な手続き」(uniform electoral procedure)という文言が「共通の原則」(common principles)に弱められて、欧州議会側もこの「共通の原則」の二大原則として「有権者との親密さ」と「比例代表制」を打ち出した。こうした「共通の原則」に立脚している限り、加盟国は自国で施行する欧州議会選挙法制に関して裁量を認められることとなっており、このような現行の制度は、将来的にも定着すると見られている。
欧州議会は構成国の市民から直接選出され、EU市民の民意を反映した機関である。欧州議会は1962年に前身のEEC議会、その後欧州議会になっても、1979年に直接選挙制が導入されるまでは、加盟各国の議会が議員を任命していた。直接選挙制は、1958年にEECが発足し、1967年にECへと統合の度合いが高まり、それに伴って域内の人の移動が頻繁になるにつれて、市民の声が共同体の運営にどのように反映していくかが大きな問題となってきた。2001年時、議員定数626名・任期5年の欧州議会の権限は、諮問、監督的権限に限られていたが、その役割は次第に拡充され、欧州委員会提案の法案に意見を述べるほか、政策分野によっては閣僚理事会との共同決定手続きによって法案を採択することができる、など、議会が意思決定へ参加する民主的正当性を得てきている。ただ議員総数の枠が、EU条約を改定したアムステルダム条約によって、上限が700名に設定されたため、欧州連合の東方への拡大の伴う制度上の課題の一つとなり、2000年12月の首脳会議で合意したニース条約で2005年現在の上限が732名となった。議席配分は国別人口比を基に決定し、解散規定はない。
現在の議席配分は、独99、仏・英・伊各78、スペイン・ポーランド各54、オランダ27、ポルトガル・ベルギー・ギリシャ各24、チェコ・ハンガリー各24、スウェーデン19、オーストリア18、スロヴァキア・デンマーク・フィンランド各14、アイルランド・リトアニア各13、ラトビア9、スロベニア7、エストニア・キプロス・ルクセンブルク各6、マルタ5。ドイツ(人口8.254万人、つまり人口83万人あたり一議席)に比べて、ルクセンブルク(人口41万人、約7万人に一議席)である。このことがあらわすように、「一票の格差」が大きいという問題も指摘されている。
欧州議会の所在地はストラスブール(本会議)、ブリュッセル(委員会、事務局)、ルクセンブルク(事務局)の3ヶ所。定数732人。任期5年となっている。
EU条約第N条第2項は「加盟国の政府代表の会議が、1996年に本条約、AおよびB条に定められた目的に従い、修正が必要な場合、本条約の諸規定を検討するために招集される」と規定していた。このことから、EU条約に修正を加える必要があることは当初より明文化されていた。しかも1996年という期限を明示した規定であった。いわゆる「再会条項」である。これは明らかにEU条約に積み残した問題である。各国は、この条約が問題を先送りした過渡期的性格を持つという認識を持っており、成立したばかりのEU条約に対して、加盟国とEUの各期間が完全に満足していないことを示していると言える。実際、この条約では、立法手続きにおける特定多数決の拡大や、欧州議会や欧州委員会の定員問題、あるいはWEU(西欧同盟)、NATO(北大西洋条約機構)との関連を含めた共通外交安全保障政策や司法内務協力について、「共同体化」が十分はかられず、むしろ政府間協力的色彩を濃くしたものであったからである。
欧州議会は、1987年に発行された単一議定書の頃から、ECの設立諸条約改正に当たって、不満を抱えていた。その中で最も重要なものは、条約改正手続に関する自己の権限についてであった。つまり、欧州議会が、条約改正に十分発言権を有していないという不満であった。
条約改正権限の拡大要求は、個別の政策分野に対する様々な欧州議会の不満と、欧州議会の主張の前提となるものであった。つまり、もし条約改正に欧州議会が最終発言権を持たせる「同意手続」を獲得できれば、政府間会議での条約改正交渉全般に、圧力をかけることができるのである。すなわち、加盟国政府の外交交渉により決定された条約改正案について、もし不満足であるということであれば、これを欧州議会が同意しないことができ、条約改正草案に不同意が議決されれば、政府間会議における全ての交渉が無に帰する可能性をもつものであった。しかし言い換えれば、このことは、加盟国にとっては危険性を持つものでもある。これは使いようによっては、最も過激で、劇的な権限となりかねないのである。
後々、政府間会議における欧州議会の参加のしかたについては、EU加盟国において討議された。最終的に政府間会議開催直前の1996年3月25日に、EUの一般理事会において、政府間会議の協議には、欧州議会が「密接に連携する」という方式で合意した。
1996年の政府間会議開催にあたっては、欧州議会は、EU条約第2項の規定に基づき、機関としての正式な「意見」を求められることになっていた。実際、EU条約に改正を加える「政府間会議」の開催にあったては、当然EU条約の規定に従い、この手段がとられた。
欧州議会はこれまで同様、事前に欧州議会内の有力委員会である制度問題委員会において、レイモンド・デューリー(ベルギー/社会党出身)とハンヤ・マエイ・ベーゲン(オランダ/キリスト教民主党出身)を共同報告者として、報告書を作成し、これを提案した。欧州議会は制度問題委員会のメンバーによるこの報告をもとに、1996年3月13日、本会議で4時間におよぶ討議を行った。その後、2時間かけて投票を行い、賛成267、反対120、棄権71で、この決議を採択し、政府間会議開催についての欧州議会の正式な「意見」とした。これが、『1996年政府間会議に関するEU条約の機能に関する3月13日の決議』である。トリノでの正式な政府間会議の開催に先立つこと16日前のことであった。
この欧州議会の決議は、28項目におよぶ包括的なものであった。それによれば、欧州議会はEU条約の改正を目的とした政府間会議の開催について、賛成の「意見」を与えることを目的として、EU条約の必要な改善と改正をはかり、かつ、「真の政治同盟」のためにとされていた。また政府間会議に当たっては、EUが権限を拡大する中で、民主主義が十分に確保されていない状況、つまりEUの用語でいう「民主主義の赤字」の状況が昂進しているという認識を示し、条約の見直しが必要であると指摘し、権限が複雑化し、無駄の多い現在の意思決定過程の見直しが必要だと述べている。さらにEUは拡大を目前にしており統合過程を円滑にするためにも見直しが必要だと述べた。
特に、この決議は、EU条約の結果については、理事会における公開性と「民主的な責任」が欠如しており、ECSC(欧州石炭鉄鋼共同体)が創設した制度的メカニズムが適切には適用されてこなかったし、さらに加盟国が増大することになるEUのメカニズムが簡単に移植されるとは考えられないことなどを指摘し、「単一的な制度の枠組み」のなかで、行政、立法、予算、監督の機能について、全般的な改善が必要であるという認識を示していた。
制度面で欧州議会の見解について具体的にいくつか見ていこうと思う。 T,ECSC(欧州石炭鉄鋼共同体)とEURATOM(欧州原子力共同体)が直接統合条約の中に組み込まれるべきこと。 U,防衛を含む外交安保政策、及び司法・内務協力の問題は、共同体の制度の下に扱われるべきこと。 V,かつてのEC事項、外交安保事項、司法・内務協力という3つの「柱」については、特別の事項については、期限を限定した過渡期において確保されるべきこと、対外政策に関する条約の全ての諸条文は単一の箇所を設け、その下に編成されるべきこと。 W,EUはそれ自身の権限において、法人格を付与されるべきこと。 X,EUがますます多様性を帯びていることに鑑み、将来、柔軟性のある協定が必要であるが、これが、単一の制度的な枠組みや、共同体法の蓄積、補完性の原則、さらには経済的、社会的一体性の原則を損なうものであってはならないこと、「アラカルトな欧州」に導くことになってはならないこと。 Y,より協力かつ、より民主的なEUの機関への移行が図られるべきこと。1996年の政府間会議はEUの機関へ新たな権限を移譲することに集中するべきではなく、EU各機関の役割の明確化と各機関の適切な均衡を達成することに集中すべきこと。 Z,欧州委員会は、欧州委員会の独自性の維持、発議権の維持、加盟国が最低1名は欧州委員を確保しているべきこと、欧州委員会の一体としての責任、その効率性は維持されるべきことと述べられている。特に、作業方法においては、欧州委員会委員長の権限強化、欧州委員会の内部の機構改革の必要性が提唱されている。また欧州委員会の委員長の任命にあたっては、欧州理事会が提出する名簿から、欧州議会が直接選挙する。欧州委員会の他のメンバーについては、欧州委員会委員長と加盟国政府間の協議で指名されること、欧州委員会は一体として欧州議会による最終承認の投票をおこなうということ、などである。
欧州議会の「意見」の決議を受けて、マーストリヒト条約が積み残した問題に対処すべく、1996年3月29日、EU条約の改正を目的とした政府間会議が、EU条約改正手続きを定めたN条に従い、イタリアのデーニ首相を議長としてトリノで開催された。その結果、司法・内務問題、市民寄りの政策、公開性、機構の有効性の改善、外交における意思決定の構造についての提案が12カ月以内になされることになった。
欧州議会のそもそもの権限は、事実上、諮問および理事会に対する協力のみに限られていた。これでは欧州議会は、「議会」とは名ばかりの存在であった。その後、1970年台の予算条約、1975年の理事会との間での調停手続の導入、1987年の単一欧州議定書(SEA)での協力手続の導入、1992年のEU条約での共同決定手続の導入、1999年5月に発効したアムステルダム条約による共同決定手続の大幅拡大と次第に権限を強化させている。
(1)立法権
1958年のローマ条約では、欧州議会の権限は諮問手続(consultation procedure: 議会は意見表明する)のみであったが、単一欧州議定書(SEA)では協力手続(cooperation procedure: 議員過半数の絶対多数で否決した案件を理事会が覆すには理事会の全会一致の決定を要する)および同意手続(assent procedure: 対外関係等の分野につき国内法の「批准」に準じる手続のこと)が導入された。
EU条約では、同意手続の範囲拡大および共同決定手続(co-decision procedure: 絶対多数で否決した案件を理事会が採択することは不可)が導入され、アムステルダム条約では、協力手続から共同決定手続への移行および共同決定対象分野の拡大が行われた(基本的に諮問手続、共同決定手続および同意手続の3つに集約)。
ニース条約では、欧州議会が共同決定権を有する分野において、理事会が「強化された協力(enhanced cooperation)」を発動する際の同議会による同意手続が導入された。
各種手続の対象分野は以下のとおり。括弧の中は断りのない限り欧州共同体設立条約。・諮問手続(consultation procedure):性別等による差別の禁止、統合、市民の欧州議会選挙権、共通農業政策全分野、サービス自由化、移動の自由、競争政策、間接税の調和、経済通貨同盟の過剰な赤字、雇用政策のための指針、共通通商政策の知的財産・サービスへの拡大、労働者の社会的保護等、社会保護委員会の設置、環境、欧州中央銀行(ECB)役員の指名、警察・司法協力) ・協力手続(cooperation procedure):経済・通貨統合のいくつかの局面。→欧州憲法条約で廃止予定。 ・同意手続(assent procedure):主として候補国の新規加盟や特定の国際協定に関する事項。他にも、市民権やECB(欧州中央銀行)の特定の業務、ECB及びESCB(欧州中央銀行機構)の法令改定、構造基金及び結束基金、欧州議会選挙の統一的手続が挙げられる ・共同決定手続(co-decision procedure): 国籍による差別禁止、域内移動・居住の自由、労働者の自由移動、移住労働者のための社会保障、営業の自由、外国人の取扱、資格の相互承認、サービス、国際運輸、域内市場、雇用、関税協力、労働者の保護、男女機会均等原則、教育、職業訓練、文化育成、奨励金措置、保健、消費者保護、欧州横断ネットワーク、欧州地域開発基金、研究と技術開発のための枠組プログラム、研究、環境、開発協力、公的記録の入手、共同体の財政利益への不正行為の予防、統計、データ保護機関の設置。
欧州議会との関連で、アムステルダム条約で行われた修正では、第J,18条の「共通外交安全保障政策に関する財政」規定が注目される。これは目立つものではないが、「政府間協力」下にある共通外交安保政策の「共同化」への一歩と捉えることができる。EU条約にあっては、共通外交安保政策の行政経費はEU条約において共同体予算にはじめて組み入れられたが、今回、運営上の支出についてもより詳細な規定を設けた。つまり、「軍事もしくは防衛の意味を持つ作戦から生じる支出を除き」、また「理事会が全会一致でこれとは違う決定をしない限り」という限定付ながら、共同体予算になったということである。しかも、この財政は、条約から必然的に生じる「義務的経費」ではなく、欧州議会が拒否権を持つ「非義務的支出」として扱うことになった。この規定を補強するために、今回、共通外交安保政策については、新たに欧州議会、理事会、欧州委員会の3共同体機関の協定が締結された。共通外交安保政策には、J,4条の規定で「共同行動」において欧州委員会が関与できるものの、欧州議会が除外されていたことに着目し、欧州議会の権限については過小評価される恐れはあるが、欧州議会のこの領域での参加は、政策の実施に際して、最も重要となる予算の面から確実に強化されているということがいえる。
司法・内務協力に関していえば、欧州議会は共同体事項に漸次的に移行されることを望んできた、アムステルダム条約はこの方向に沿ったものとなったといえる。欧州議会のこの領域での立法過程への関与は、「警察司法協力」、及び「警察司法協力のEC事項化」において、欧州議会の関与が最も弱い形態であるとはいえ、立法手続きとして「諮問手続」が導入された。
元々、EU条約では、欧州理事会議長と欧州委員会が、本編の対象分野で行われた議論を欧州議会に「定期的に通知」し、この分野での基本的側面について、欧州議会の見解が「正式に考慮」され、また理事会に対して欧州議会は「質問」や「勧告」ができ、実施された事柄に対し「討論」することが規定されていた。今回、アムステルダム条約で、加盟国の法や規則の接近を目的とする「枠組みの決定」や、本編の目的と一貫するその他の目的のために行われる決定、あるいは加盟国に勧告する「協約」の策定で、欧州議会は「諮問」される義務を得た。またアムステルダム条約とEU条約との違いは、この分野の運営予算は、それまでは理事会がEC予算か加盟国の拠出課金かいずれかで賄うことを決定していた。今回は理事会が全会一致で異なる決定をしない限り、EC予算で賄うことに決した。また、この領域は、加盟国の判断でケースバイケースによって司法審査の対象になっていたが、新たに枠組み決定や理事会の各種の決定の合法性と解釈、協約の解釈、その実施措置の合法性と解釈に関し、選考、判決を行うことが可能となった。つまり、この領域全体が欧州裁判所の司法審査の対象となった点が注目される。
共通外交安保政策、及び司法・内務協力における欧州議会の権限について、共通して言えることは、程度の差はあるものの、その方向性においては、いわゆる「3本の柱構造」の「共同体化」が徐々に進みつつあると言う事ができるであろう。
次に欧州委員会との関係を見ていきたいと思う。欧州議会と欧州委員会、この2つの組織の関係こそが今後のEUの一つの重要なポイントになると私は考えている。欧州委員会との関係では、欧州議会は二重多数決(投票数の3分の2以上かつ総議員過半数の賛成)で欧州委員会を総辞職させることができる。これまで、欧州委員会に対する譴責(不信任)動議は、1999年1月の譴責動議まで計5回上程されており、そのうち3回は投票に及んだものの、全て否決されている。ただし、同年1月の譴責動議上程後に設立された独立専門家委員会の3月15日の報告書を受け、改めて欧州議会側がサンテール欧州委員会への譴責動議を提出する旨の意向を示すや、欧州委員会は翌日未明に自ら総辞職を表明した。
新欧州委員会発足時には、欧州議会による欧州委員会全体としての承認を要する。これに関し、最近では2004年のバローゾ新欧州委員会発足時には、数人の委員候補が委員として不適当であるとして欧州議会の一部が反対したため、当初10月末に予定されていた承認投票が見送られ、新欧州委員会の発足が半月ほど遅れる事態となった。
また、欧州委員会には、欧州議会に年次活動報告の提出義務、および質問回答提出義務がある。 一方、議長国との関係では、理事会議長国より議長国プログラムおよび欧州理事会(首脳協議)につき報告を受けるのが通例であるが、それ以上の監督権限はない。 また、欧州議会は任期毎に1名の欧州オンブズマン(マーストリヒト条約で導入)を任命する。欧州オンブズマンはEU諸機関の行政活動に対する苦情を受け、調査・報告・調停等の非強制的な手段によりその解決を図る。
97年6月のアムステルダムでの欧州理事会における条約草案についての合意を受けて、欧州議会は、この条約の検討を欧州議会内委員会である制度問題委員会において鋭意。検討した。制度問題委員会はEU条約からの慣行に倣い、今回はギリシア出身で欧州人民党のデミトリス・ツサトソス、およびスペイン出身で欧州社会党のイニーゴ・メンデス・ド・ビーゴの2名の共同報告者による報告を作成させていた。6月26日ブリュッセルでの本会議において、この報告は、賛成265、反対94、棄権25をもって採択された。これは、『アムステルダム条約首脳会議の結果に関する第1次評価』となって現れた。
さらにアムステルダム条約が10月2日に調印されたのを受けて、11月19日、欧州議会は本会議においてアムステルダム条約についての最終評価を下す決議を行った。これが『アムステルダム条約に関する欧州議会の決議』である。
この決議は単にアムステルダム条約の「評価」を行うというものだけではなく、それに基づき、欧州議会がアムステルダム条約の「批准勧告」を加盟国に求める体系をとっている。欧州議会の採択の結果は、賛成348、反対101、棄権34であった。
次にこの決議の内容に触れよう。注目すべき点は、アムステルダム条約を判断する際の基準として、6つの指針を挙げている。そしてアムステルダム条約の個別的な欧州議会が改善と見る点と不満な点を列挙していく。条約改正による欧州議会の立法領域での権限拡大については、すでに上述したとおりであるから、欧州議会が不満とした点について述べていこうと思う。
まず、拡大EUの効率的、かつ民主的な機能に関して必要な制度改革が、アムステルダム条約に欠如していることを遺憾とした。そして、制度改革がなされないうちは、EU拡大を欧州議会は阻むことを示した。さらに、いかなる条約も欧州議会の同意を必要とし、新たな条約改正の手法が、条約改正の準備と採択のために導入されるべきとした。
制度面の不備については、立法について残された領域、すなわち、農業、魚業、財政・競争政策、観光・水資源、構造政策、EC条約に基づく法の接近、及び第3の柱の下で立法行為に「共同決定手続」が拡大されることを求め、欧州の市民権にとって特に重要性を持つ、EC条約において「共同決定手続」が導入されたものの、欧州委員会の「全会一致」にそって行使されることを指摘し、共同決定手続の民主的正当性を大きく損ねているという事実を遺憾とする旨を指摘している。
こうした個別具体的な不満を指摘する一方、欧州統合のための政府間会議のための手法について、それが限界を見せたとの認識を示した。政府間会議での交渉が基本的に加盟国による、伝統的な外交交渉の手法を取っていたことへの不満を表明した。
アムステルダム条約が発効した後も、EU条約改正規定であるEU条約48条が変更されずに残る点に関して、これまで予算領域で行ってきたような「機関間協定」によって、政治的にバイパスする形で、政府間会議での条約改正作業に欧州議会が直接関与し、かつ承認できるよう主張している。またそのための提案を欧州議会に代わって欧州委員会が行うよう求めている。言い換えれば、欧州議会みずから条約改正草案を打ち出していくというのではなく、EUの機関として欧州議会は、欧州委員会に対して、欧州議会の意向を盛り込んだ形での憲法改正の原案を作成させ、合わせてEU条約の改正規定に縛られることなく、EU条約の改正規定の修正を実質的に図っていくということを求めた。
条約改正の条文の変更は、アムステルダム条約でも行われることはなかった。そのために次回の政府間会議では、「機関間協定」でこれを乗り越え、欧州議会が直接関与する方向を明示的に打ち出したと言える。「政府間会議を」古典的外交と位置づけ、この手続きをアムステルダム条約で最後とし、加盟国議会とともに、欧州議会が関与して、「政府間会議」の性格を根底から変えていくという方向を打ち出したのである。しかも注目されるのは、欧州委員会をその草案提出者として位置づけていることである。
以上で、アムステルダム条約の成立の経緯と政府間会議での欧州議会の関与、EUの立法手続における変更点、そしてアムステルダム条約に対する欧州議会の評価を見てきた。アムステルダム条約は欧州議会にとっていかなる意味を持ったのであろうか。 第1にアムステルダム条約では、欧州議会の権限は確実に拡大しているといえる。単一議定書で導入された「協力手続」が、EU条約で導入された「共同決定手続」の形態に漸次移行していくという形で、つまり、「協力手続」は廃止する方向に進んでおり、この多様な形態が並立するEUの立法手続の簡素化と欧州議会の権限拡大が同時に進んでいるということがいえる。 第2に欧州議会は、「3本の柱」といわれる政治構造を構成する「共通外交安全保障条約」(CFSP)や、現在「犯罪問題に関わる警察司法協力」という名で、より具体的な形を取りつつある「司法内務協力」(CJHA)においても、徐々にではあるが役割を強めつつある。特に欧州議会は予算権限を介し外交安保共同政策にその影響を広げつつあることは、注目すべきである。今後も欧州議会の政策決定過程での発言権は、予算権限を通して拡大すると思える。
では、アムステルダム条約が提起した欧州議会に関わる問題はどのようなものか。欧州議会は条約改正への参加については、N条の規定により、開催の賛意に関して「意見」は聴取されるが、それ以上の権限はなかった。しかし、欧州議会の長年にわたる強い働きかけと、統合推進国の支持により、「政府間会議」を通した条約改正への関与は強化されてきた。すなわち「リフレクション・グループ」への欧州議会代表2名の参加が実現し、1996年3月29日に始まった「政府間会議」にも、欧州議会は条約上というより加盟国の賛意を得て、2名の代表を出すことにも成功した。従って、政府間会議の結果であるアムステルダム条約についての欧州議会の評価は一応の成果を得たというものであった。しかしながら、当事者に近づいたことでの問題も出てきた。すなわち、条約改正作業を目的とする政府間会議への関与といっても、政府間会議に「フル・ステイタス」で参加できるのではなく、加盟国と同等、同格のものではない。加盟国閣僚が物理的に頻繁に条約改正の会議に参加できないことで、本来EU市民の代表であり、理事会とそのメンバーと同格であるべき欧州議会とその代表が、一定の範囲で加盟国外相が持つ権限を委任している外相の「私的代表」と一種「同格」の地位で外交交渉と素案作りに席を置いているという状況がある。つまり欧州議会が理事会の機関に「吸収」、もしくは「格下げ」される危険がここに存在していることである。欧州議会がその決議において政府間会議を「古典的外交の手法の限界」と評した理由は、まさに欧州議会がおかれたこの中途半端な状況を背景にしていた。
EUによる欧州統合は「拡大」と「深化」を進め、EU機関、各加盟国政府、そして欧州議会の各勢力の激しい確執の中で、未来に向かう政治体の性格を明らかにしていくと思われる。欧州議会自身の今後の政府間会議への関与の仕方、権限拡大は、加盟国が増えていく可能性を秘めたEUの統治の性格を規定するものとして、今後も極めて注目される。EU条約の改正でその役割が高まる欧州議会ではあるが、それではこの機関の問題はどのようなものなのであろうか。
第1に、アムステルダム条約についての欧州議会の政治的意思は、上記の決議に示されている。しかし、欧州議会を構成する各政党の投票行動を分析すると、問題を残している。条約改正といった重要な争点に関する欧州議会の決議に関する投票数は、ほぼ500前後で推移している。つまり、アムステルダム条約に反対する議員とほぼ同数かそれ以上の議員が投票に参加していないことを意味する。このような態度は、欧州市民の民意の反映を体現すべき欧州議会のモラルの欠如を示しており、欧州議会の民主的正当性を損なうものとなっている。 第2に、欧州委員会も拡大を前にして問題を抱えている。欧州委員会の委員は25名を超え、その運営に支障を来すことは、欧州議会自身が指摘するように明確なものとなっている。また、委員会は、その本来の役割であるはずの統合推進者としての機能も問われることになるだろう。欧州議会は欧州委員会に対して、欧州議会の意向を代行させる形で、条約改正の発議権の行使を求め、再度の条約改正草案を作成することを求めている。欧州委員会は、高度に政治的で、極めて困難な仕事を背負わされたことになる。もし、欧州委員会が欧州議会の期待に十分応ええなければ、欧州議会と欧州委員会の関係は厳しいものとなるだろうと思われる。
拡大し深化するEUにあって、加盟国議会はEUでいかなる役割を果たしうるのであろうか。加盟国議会は、欧州議会と違い、その憲法上の規定に基づき、条約改正の批准権限を持っている点で、欧州議会とは別の意味での重みを持っている。しかし、議院内閣制をとる加盟国の多くは、国内与党の幹部やその党首がEUの理事会や欧州理事会を構成しているため、そこでの交渉の結果を損なう行動を取れない性向を本来的にもっている。
はたして、欧州議会が主張するように、「古典的手法」に沿った従来の加盟国主導の政府間会議の開催ではなく、欧州委員会が条約改正草案を持って政府間会議の開催を求めることはできるのか、つまり、EU機関の主導による条約改正ができるのか、この点が大きな焦点となるであろう。
EUによる欧州統合は「拡大」と「深化」を日々繰り返し、拡大に先立ち行われるであろうアムステルダム条約に続く新たな条約改正では、そのための政府間会議の開催を誰が発議するのかという初期段階から、欧州議会、加盟国議会、理事会、加盟国政府の思惑と確執の中で、激しい駆け引きが行われ、その過程で新たなEUの統治構造が形成されるであろう。EUの新たな条約改正と欧州議会の立法過程での更なる関与の拡大は、現代のEUの「統治」の性格、つまり、統合体の基本的性格を決める決定的要素となるといえるであろう。今後、条約改正手続の変更も含め、条約改正全般に対する欧州議会の動向は、極めて注目すべきものになるであろう。