2007年10月1日、日本郵政公社が民営化した。日本郵政公社は、持ち株会社の「日本郵政株式会社」のもと、「郵便事業株式会社」、「株式会社ゆうちょ銀行」、「株式会社かんぽ生命保険」の3つと、郵便局の窓口業務を担当する「郵便局株式会社」に分割された。
自民党は「特殊法人などの公共部門に使っていた資金を縮小させ、国民の貯蓄を経済活性化につなげるとともに、財政の健全化を目指す」として、財政投融資を撤廃する方向で改革の必要性を訴えた。
財政投融資とは、郵便貯金や簡易保険などの一部を政策のために融資することである。小泉元首相は、2001年に1951年から続いていた財政投融資の制度改革を行っている。なぜすぐにもう一度改革をする必要があるのだろうか。また、財政投融資の改革とはどのようなものなのだろうか。
財政投融資とは、国の制度・信用を背景として集められた各種の公的資金を財源として、国の政策目的実現のために行われる政府の投融資活動のことであると定義される。政府の持つ財政政策機能は、資源配分機能、所得再分配機能、景気調整機能の3つの機能を果たすために利用されている。
資源配分機能とは、国民経済において、労働力や資本などの利用可能な経済資源を国民の需要に応じて、民間の経済活動だけでは満たすことのできない公共的な需要を様々な分野に資源を配分する機能である。資源配分機能の例は、警察や自衛隊などが挙げられる。
所得配分機能とは、歳入・歳出予算の両面から国民の格差の平均化を図ることである。つまり、歳入の面では累進課税制度により高所得者には重く、低所得者には軽い税をかけている。歳出の面では生活保護費、年金、失業保険等の社会保障の給付により低所得者に多く振り分けられている。
景気調整機能とは公共投資によって市場経済の動向を操作し、好況・不況という景気の波をできるだけ少なくすることで経済の安定を図る機能である。
財政投融資は、郵便貯金や厚生年金の積立金、簡易保険などの調達部門を通じて、資金を調達している。これらの資金は、財政投融資制度において入り口の資金調達機関と出口の資金運用機関を仲介する機関である大蔵省資金運用部を経て、運用部門へ提供される。財政投融資の資金は大きく分けて、国債の引受けや地方公共団体への貸付および財投対象機関の累積損失に対する融資相当分、政府系金融機関が行う民間部門向け貸付の融資、公的企業が行う公共投資向け融資、調達部門による自主運用の4つに配分されている。
財政投融資の運用先は財政投融資計画に記されている。財政投融資計画は、内閣が1953年から予算審議の参考資料としてまとめたもので、国会に提出しているものである。投資対象機関ごとの政策融資、産業投資、政府証債の内訳を記した表、財政投融資原資見込みをそれぞれの原資ごとに記した表、財政投融資の分類を記した表の3つの表で構成され「財政3表」とも呼ばれるものである。これは予算審議の参考資料であって国会の議決と承認は必要ではない。
財政投融資計画に計上されていない財政投融資も存在する。一般会計や特別会計からの直接投資は計上されず、5年未満の短期融資も計上されていない。また、資金の調達計画と諸機関・諸団体への資金供給計画であって、資金運用部資金による国債の引き受けも計上されていない。
1995年、財政投融資計画に基づく運用先は特別会計、政府関係機関、公団等、自治体への融資、特殊会社の5つと一般会計の発行する国債の取得がある。
特別会計は38設けられていたが、財政投融資計画の対象となったのが、都市開発資金融通特別会計、国立学校特別会計などの8つであった。これらの特別会計とは別に資金運用部資金は交付税および譲与税配付金特別会計へ直接貸し付けられていた。
政府関係機関とは、設置法に基づきその予算が政府関係予算として国会の議決と承認を必要としている機関のことである。道路公団などが政府関係機関である。
公団・事業団の資金運用部資金の運用先は法令上特別法人とされ、特別の法律に基づき設置されていること、狭義の政府関係機関以外からの出資がないこと、特別の法律によって債券の発行が認められていることが要件であり、特殊法人改革以前では34機関が資金運用部資金の対象とされた。
特殊会社は、個別の設置法に基づき設けられ、国、自治体、特殊法人、民間からの出資により設立され、役員人事や業務について所管庁が監督権を持っている機関である。
2005年の中央政府一般会計における公債発行残高は、前年度よりも37兆円も増加した536兆5000億円と推定される。また、一般会計と特別会計に累積する長期債務は602兆である。だが、この中に財政投融資資金特別会計の144兆円の得別会計は含まれていない。この巨額な債務は現在も増え続けているのである。
2004年度末、郵便貯金の運用額は214兆円で、簡易生命保険では119兆円である。膨大な資金量を背景に、市場を経由せずに資金の配分がなされることで、経営状態が悪化し、すでに必要とされていないような機関に対しても硬直的に資金供給が継続されてきた。また、新たな役割が発生したなどの理由づけから、特殊法人等が存続し続けてきたのに加え、情報開示の責を免除される子会社や孫会社も次々と設立されてきた。
2002年に民営化された日本道路公団などの4つの高速道路関係の経営破綻に等しい公団に巨額の公金が投入され続けていた。2000年に本州四国連絡橋公団は資産4兆97億円であったが、債務はそれを上回る4兆2606億円であった。年間の金利支払額は1400億を超え唯一の収入といえる通行料の収入は900億円であった。政府はこの公団に対し10年間にわたって無利息で毎年800億円を貸し付けるという決定をした。このように、公団の存続のみを狙ったと思える融資が行われていた。この債務が公団から返済される保証はない。不良債権化すれば国民の負担となるのである。
公的資金を投入される財投機関のいくつかは経営悪化に当面している。だが、これらの財投機関の多くは所管庁からの天下り官僚の受け皿である。特殊法人等のトップ人事は民間人の起用が打ち出され、官僚OBの天下りは内閣への届出が必要となったが、実態に大きな変化がないのが現状である。
日本道路公団などの4つの高速道路関係の公団が民営化され6つの高速道路会社と独立行政法人道路保有・債務返済寄港が誕生した。これらの会社の会長や社長をはじめとする役員の多くは公団役員からの横滑りであり、公団からの退職金も得ている。
財政投融資の原資は将来の利息・運用益とともに国民に返済・給付されなければならない有償資金であり、税金で徴収し使い切りが原則の財政資金とは明確に区別されるべきものである。しかし、長年にわたる国家の財政悪化により、一般会計・特別会計への貸付や、その返済の延期による一時的な財政負担の軽減など、資金運用部資金による財政赤字の融資が行われてきた。このような、財政やり繰りへの支援は、財政の抱える真の問題を国民に見えにくくすることで、財政の問題解決への取り組みを遅らせている。
公的金融として財投は長期間にわたる安定的な供給によって、一定の政策目標の達成を図る手段とされてきた。しかし、資本主義が整備され、日銀が超低金利政策を採用し、民間金融機関の長期プライムレートが低下したことで、財投資金への需要は落ち込まざるを得ない状況となった。この需要が低下したことによって、一般会計の国債発行額と国債累計額は90年代に一段と加速した。
資金運用部から財投機関への貸付が長期にわたって固定し、各機関の貸出対象も民間にできないものという名目で領域が拡大し、常に大きな金利変動・信用リスクを抱えてきた。従来、そうしたリスクをシステム全体として、増大する資金量や一般会計や特別会計からの補填で吸収してきた。しかし、今後、郵貯を含めた金融自由化の進展や高齢化に伴う公的年金の取り崩し、そして一般会計の更なる切迫等で、リスク吸収力が限界を迎えた時点で、 国民の大幅な負担の上昇によってまかなわなければならないかもしれない。
一般会計は、本来厳しい国会審議を受けなければならないはずであるが、7割にも達する財政投融資計画は、国会での視点からの厳しい審議を実質的には受けていない。また事後的な決算審議も形式化している。
また、個々の機関の情報開示も不十分であり、仕組み全体の不透明性を一層増している。『財政金融統計月報』や『官報』で一定の情報開示はなされているが、それ自体が多くの国民に知られていない上に、開示内容も各機関が予算を執行するためのもので、連結情報も開示されず、公的部門の領域の適正性や効率性をチェックできるものとなっていないのである。
2001年に財政投融資制度は小泉政権の下で大きな改革を迎えた。この改革はいったいどのようなものだったのであろうか。この改革の大きな特徴は、財政投融資の中核をなしてきた大蔵省資金運用部が廃止され、財務省の管理に置きかえられたことである。
資金運用部資金に代わる財務省管理の財政融資資金は、主として、財政融資資金特別会計の発行する財政投融資債によって調達することになった。また、自主的に財政融資資金に預託された特別会計などの余裕金や積立金から構成されることとなった。調達方法は受動的資金から能動的資金への転換と見ることができる。
資金運用部資金の大半を構成していた郵便貯金と厚生、国民年金積立金の強制預託制度が廃止された。財政投融資の資源は財政融資資金、産業融資特別会計政府保証債から構成されることとなった。
従来の資金区分から言えば財投機関の自己資金なのだが、財投機関債が制度化され、これによる調達額とのかねあいの下に、財政融資資金による融資が決定されることとなった。
旧制度の下では、資金運用部が郵便貯金特別会計をほぼ自主運用できなかった。これに対して、新制度では財務省に資金配分の決定権は残るものの、財務省は財政投融資債を発行して資金を調達し、個々の機関への融資額を決定することができる。新制度における資金調達方法として、個々の財投機関の発行する財投機関債が導入された。財投機関債には政府保証がつかないので、債権の消化はそれぞれの機関の信用力によることになり、財投機関は経営改善の自己努力をするようになる。財投機関債が公募発行され市場の評価にさらされることを通じ、運営効率化へのインセンティブが高まる。政府も各機関の事業評価や政策、事業コストの分析を行い、財投政策と財投機関のあり方を見直さなければならなくなるだろうと思われる。
しかし、2001年度の改革財投の出口である特殊法人のあり方については不十分であったといえる。財投の入り口、つまり資金調達方法の財政投融資債、財政機関債の導入は市場原理に近づいた大きな改革が行われたといえるが、出口においては預託義務から解放された公的資金が、自主運用の名において国債の購入や財投債、財投機関債の購入に向かっている。また、財政投融資債の利点が強調されながらも政府保証債による財投機関の維持も行われているのである。
政府が能動的に集めた資金が経営不安定な財投機関に投入され、それらは一般会計が国債発行によって調達した資金により支えられているのである。結果的に2001年の財政投融資の入り口と出口の改革において、入り口は市場原理に近づいたものの、出口の改革が不十分であったために、借金を借金でまかなう体制の改革にはいたらなかったといえる。
「郵政民営化の出口となっている財投機関は、非効率であって赤字経営となっている」という意見に対して、「若干の象徴的な事例を除いて、日本の財投機関で業務が非効率であるという実証分析はあまり成り立たない。逆に、効率的なことを示唆する研究がある。ようするに、財政投融資の場合には、官より民間のほうが業務は効率的という常識は妥当するかどうかも必ずしも明快ではない。一般的にいえば、各財政投融資機関の赤字はほとんど政策コストとして説明できるのである。」(出典:『郵政民営化の金融社会学』2006) 確かに財投機関がすべて非効率ではないだろう、しかし、道路公団など一部の象徴的な財投機関により、多くの無駄が出ているならば、何らかの改革は必要だろう。
「財政投融資のために、国有林野事業や国鉄清算事業団などは赤字となって経営困難に陥った。」という意見に対して、各政策やそれを担っている特殊法人を個別に研究することは重要なことである。それらを分析すれば、「財政投融資が存在し、資金供給をしていたから問題になったというより、むしろ財政投融資があったからこそ債務額の増加などにより『機会コスト』が明確な形で表され、個別政策の問題があぶりだされたという場合が多いのではないだろうか。この意味では、市場金利を取り入れている財政投融資システムは、政治活動を評価する側面を持っていると考えることもできる。」などの意見があった(出典:『郵政民営化の金融社会学』2006)
「日本郵政公社労働組合(JPU、旧全逓、組合員約13万4000人)や全日本郵政労働組合(全郵政、組合員約8万6000人)は、採算性の低い郵便局の統合・廃止は避けられず、非常勤を含めて約40万人にのぼる職員をリストラの波が襲うのではないかと懸念している。菰田(こもだ)義憲JPU中央執行委員長は「過疎地の郵便局はもたない。NTTを見れば、将来は3分の1ぐらいの職員が削減されるのは明らかだ」と指摘する。NTTは、1985年の電電公社の民営化時に31万4000人いた職員を、新卒採用の抑制などにより2003年度末で20万5000人にまで減らした。(出典:Yomiuri online)」
政府は「窓口ネットワーク会社は、チケット販売など多様な商品を扱えるようになり、経営は成り立つ」という見解だが、ユニバーサルサービスや過疎地の郵便局の統廃合などの非効率な方針を採っていては、民営化後では過去の例から見ても雇用の削減や郵便局の統廃合を避けることはできないのだろう。
財政投融資は、改革されなければならないものだと思う。日本の2005年末における一般会計、特別会計、財政投融資債、自治体の普通会計、公営企業特別会計、をあわせた長期債務は746兆円にのぼり、GDPの約1.4倍にまで膨れ上がっている、これは世界の先進国の中において、日本の長期債務はかなり深刻なものであるといえる。
このような現状において、必要性の高くない機関や経営危機に陥っている機関に多額の融資をするということは国の財政をさらに悪化させる大きな問題であると思う。また、財投機関がファミリー企業を抱え込み、そこへの財投機関OBの天下りの温床になっているという事実もある。これらのことを踏まえて、財政投融資には徹底した改革が必要であると思った。
だが、この財政投融資と財投機関の切り離しの改革は、本当に郵政民営化による改革しか方法がなかったのだろうか。2001年の財政投融資改革において足りなかった出口である特殊法人を改良し、透明性のある財投制度を作ってからでも遅くはなかったのではないだろうか。
また財政投融資では、その制度を使用する人が大事なのではないかと思った。制度を使用する人、作る人が誠意を持って使用すれば、財政投融資にかかわる多くの無駄が解消され、必要なものにだけ財政が投入され、財政投融資の健全な運用が可能になるのではないだろうか。郵政民営化においても、民営化には経営の自由度の拡大を期待している面がある、これも、官が民より劣っているわけではなく、そこで働いている人と制度の問題ではないだろうか。官においては人を動かすことが、これから先も重要な課題であるだろう。
郵便局が民営化されこの先、郵便局がどのように変わっていくのか分からないが、自民党が「民営化により良質で多様なサービスが安い料金で提供が可能になり、国民の利便性を最大限に向上させる」といっていたように、今の日本において郵便局は本当にこの内容を実現できるのだろうか。また、実現しようとするのだろうか。現状では、民営化前に、いくつかの郵便局が姿を消し、郵便貯金や簡易保険に政府保証がなくなるなどあまり向上したところは見られないが、これからの郵便局の動向に期待したい。
新藤宗幸『財政投融資』(東京大学出版社2006)
滝川好夫『郵政民営化の金融社会学』(日本評論社2006)
「公的金融・財政投融資」の課題と見直しの方向
http://www.doyukai.or.jp/database/teigen/950725.htm財務省
http://www.mof.go.jp/index.htmyomiuri online
http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/special/65/yusei011.htm