街頭防犯カメラと法規制

 

大東文化大学 法学部 政治学科
学籍番号05142262
前田 敬

 

−目次−

 

はじめに

第1章 街頭防犯カメラ

  第1節 街頭防犯カメラとは

  第2節 街頭監視カメラの運用状況

  第3節 街頭防犯カメラのプラス面とマイナス面

第2章 街頭防犯カメラの運用規定

  第1節 警察の運用規定

  第2節 自治体の条例

  第3節 商店街

第3章 街頭防犯カメラとプライバシー権

  第1節 京都府学連デモ事件

  第2節 山谷監視カメラ事件

第4章 街頭防犯カメラの法規制

おわりに

 

はじめに

  最近、凶悪事件や少年の犯罪がメディアで大々的に報じられるようになり、実際の犯罪件数の増減は別として、日本の安全神話が崩れた、という声が聞かれるようになりました。その影響もあってか、様々な防犯グッズが売れるようになり、その中のひとつ防犯カメラは、社団法人「日本防犯設備協会」よると、映像監視装置の国内市場規模が2000年の1186億円から2005年には1867億円に急成長しています。防犯カメラは、様々な場面で活用されています。地下鉄やJRの構内、コンビニ、銀行の窓口やATM、新宿歌舞伎町などの繁華街、民家の住宅、などいろいろな場所で見受けられ、今や防犯カメラに自分の顔や行動を撮られずに生活することは不可能なほど、監視カメラは街中に増えています。

  しかし、普段生活していく中で監視カメラを意識することは少なく、監視カメラがどのように使われているかはまったく知られていません。このゼミ論文では、街中で目にする街頭防犯カメラがどのような役割を果たしているのか、撮影したデータはどのような保存方法をとっており、撮影されたデータが流出する危険性はないのか、などの防犯カメラの制度上の仕組み、また何の承諾もなしにカメラで不特定多数の人を撮影することは肖像権やプライバシーの侵害に当たらないのか、などの法律からの視点、この2つの観点から街頭防犯カメラを見ていきたいと思います。 

 

第1章 街頭防犯カメラ

  第1章では、街頭防犯カメラとは何か、という解説を中心に、街頭防犯カメラが実際にどのように使われているのか、また街頭防犯カメラはどのようなプラス効果とマイナス効果をもっているのかについて述べていきたいと思います。

第1節 街頭防犯カメラとは

  街頭防犯カメラとは、警視庁や県警などの警察、商店街の組合や商工振興団体、市などの行政団体によって、繁華街、街頭、街路周辺に設置されている防犯カメラのことを指します。犯罪が発生する可能性が極めて高い繁華街等の公共空間に、複数の監視カメラを設置することで、映像データを一括管理する施設です。これは、繁華街を常時監視することができ、また映像を録画することで、犯罪の捜査にも役立てることができます。さらに、監視カメラがあることを公表することで、犯罪の抑止や被害の事前防止、風俗環境の浄化等の効果が期待することができます。  実際に、街頭監視カメラを設置されている場所としては、警視庁が運営しているものとして、渋谷区宇田川町地区、豊島区池袋地、大阪府警が設置した大阪市西成区あいりん地区があります。自治体が運営しているものとして、武蔵野市、宮崎市、松本市があります。商店街が運営している中野商店街、銀座並木通り商店街、横浜市元町商店街などがあります。また今後、街頭監視カメラの設置を予定している商店街、検討中の商店街も含めると、街頭監視カメラが設置されている場所は100ヵ所を下らず、今後も増えていくと思われます。

第2節 街頭防犯カメラの運用状況

  実際に、街頭防犯カメラが運営されている地区として、新宿区歌舞伎町地区があります。この地域では、警視庁が運営元として2002年2月27日に、ドームカメラ36台、固定カメラ18台、高感度カメラ1台の計55台が設置されました。 これは新宿区歌舞伎町で、暴力団関係者や外国人による殺人、強盗事件などの凶悪事件が続発していること、2000年に新宿署管内で起こった凶悪事件88件のうち48件が歌舞伎町地域で発生していること、1平方q当たりでの凶悪事件発生率が、東京都全体に平均と比べて、約196倍という高さにあること、等の状況に危機感を持った地元の歌舞伎町商店街振興組合が、監視カメラ設置の要望書を警視庁に出したことを受けて、設置されました。 この街頭防犯カメラによって撮影された映像は、新宿署と警視庁本部に送られ、専従の担当者が24時間体制でモニターし、110番通報に基づく事件・事故への対応や、客引き、違法露店などの排除に活用されています。また録画されたデータは警視庁本部に送られ、HDDレコーダーにより、ハードディスクに録画されます。このデータは厳格な管理のもと1週間保存され、保存期限が過ぎたデータは、ハードディスクの自動上書きにより、画像データは消去されることになっています。もし新宿署が録画されたデータを必要とする場合、正当な理由がある場合に限り、警視庁から必要最小限のデータの提供を受けることができます。

第3節 街頭防犯カメラのプラス面とマイナス面

  街頭防犯カメラの数が増えていることから分かるように、犯罪の予防策・対応策として、街頭監視カメラは、警察だけでなく、自治体や商店街などのからも高い期待が寄せられています。しかし一方で、プライバシーの問題や、監視カメラの効果を疑問視する人からは、街頭防犯カメラの設置に反対する声もあります。ここでは街頭防犯カメラのプラス面とマイナス面を考えていきたいと思います。  まず街頭防犯カメラを設置するプラス面として、監視カメラがあることを周知させることで犯罪の予防・防止を期待することができます。新宿歌舞伎町での刑法犯認知件数を見てみると、街頭防犯カメラを設置した平成14年は2103件(路上犯罪の認知件数は571件)、設置して4年たった平成18年は1686件(路上犯罪の認知件数は479件)、また宇田川町では、該当防犯カメラを設置した平成16年で刑法犯認知件数1405件(路上犯罪の認知件数は233件)、2年後の平成18年は1252件(路上犯罪の認知件数は219件)、と街頭防犯カメラが犯罪の予防・防止として一定の効果を挙げていることが分かります。  また録画された映像データが犯罪捜査に役立った事例もあります。平成19年1月〜6月末までの半年間で、警視庁本部において録画された58件の映像データが警察署長に提供され、うち29件が犯人の検挙活動、事案の立件等に活用され、傷害致死事件や強制わいせつ事件などの事件の解決に役立ちました。特に最近は、監視カメラで撮影された映像を元に、犯人の顔や服装を国民に知らせ、公開捜査を行うことも増えてきました。 さらに、商店街の街頭防犯カメラでも、駐車場荒らしを逮捕し、暴走族、ゴミのポイ捨て、客引きなどが減少するなど、風俗環境の向上に効果を挙げています。

  では逆に、街頭防犯カメラを設置するマイナス面を考えてみると、カメラの費用とプライバシーの問題が挙げられます。  街頭防犯カメラを設置する場合、カメラにかかる費用として、安いもので1万円、高いもので100万円します。当然、高いカメラの方が性能が良く、夜でも鮮明に映像が見ることができる、映像をズームしてみることができる、などの機能がついています。また映像を保存するデジタルレコーダーや映像を監視する際に使われる監視モニターなどの周辺機器も安くはなく、4万円から15万円します。 実際に街頭防犯カメラにかかっている費用の実例を見てみると、一番高い新宿歌舞伎町の例では、カメラ50台で2億円、維持費に年1億2千万円かかっています。またできるだけ安く抑えている例としては、金沢市が設置しているカメラ48台で、3400万円、中野ブロードウェイのカメラ8台で400万円などがあります。このように、設置するカメラの台数や性能にもよりますが、街頭防犯カメラを設置する場合、安くない費用が必要であり、それだけの費用対効果を上げているのか、疑問視する声があります。

 プライバシーの問題としては、撮影された映像がデジタルで記録されることによって、警察による市民監視を危惧する声があります。「顔認識技術」という技術を使うことで、元データと一致する顔かどうかを瞬時に判断することができます。例えば、運転免許証の作成時に警察が保管している顔写真を元データにすれば、誰がどこを歩いているかを警察がリアルタイムでわかるということになります。 実際に、日本でも、2006 年 5 月に、財団法人「運輸政策研究機構」が主体となり、国交省鉄道局や東京メトロや NTT コミュニケーションズなどが協力して、東京の千代田線霞ヶ関駅で、顔認識技術について約2週間の大掛かりな実験が行われました。この実験では、毎日30〜40人の帽子・眼鏡・マスクなどで変装した男女が、改札口を通過し、天井の2台のデジタルカメラが対象者の顔を撮影して登録データと照合したところ、約80%の確率で識別が可能となりました。 これは顔認証の屋外での公開実験として世界初であり、しかも動画での実験でしたが、20年以上前の写真や10kg太った写真、双子でも正しく認識したため、実験は成功に終わったといえます。もし、この技術を警察が運営している街頭防犯カメラに導入すれば、日本は、警察が国民一人一人の動きを把握し管理する監視社会となり、自由な言動が保障されない、とても息苦しい社会になってしまう危険性があります。  このように街頭防犯カメラを利用することには、プラス面とマイナス面の両方があります。しかし、今のところ、街頭防犯カメラのマイナス面より、利便性を重視する声のほうが大きく、今後、街頭防犯カメラを利用した防犯体制は増えていくことが予想されます。その中で、防犯カメラの有用性を優先して、プライバシー権を制限するのか、プライバシー権を尊重して、防犯カメラに厳しい制限をかけるのか、この2つのバランスは、今後考えていかなければならない問題だと思います。

 

第2章 街頭防犯カメラの運用規定

  第2章では、現在、街頭防犯カメラがどのような制限の下、運用されているのかを紹介していきたいと思います。現在、街頭防犯カメラに関する明確な法律はなく、運用規定は、その有無も含めて、街頭防犯カメラの設置主体の自主性に任されている状況です。ここでは警察、自治体の条例、商店街の運用規定の3つを紹介していきます。

第1節 警察の運用規定

  警察が設置した街頭防犯カメラは、各都道府県の公安委員会規則と街頭防犯カメラの運用要綱に基づいて運用されています。各県警の運用規定は、データの保存期間に長短の違いがあるものの、ほぼ同じ内容になっています。 その内容とは、まず、管理運用体制として、街頭防犯カメラシステムが設置された場所を管轄する警察署長が、街頭防犯カメラシステムの総括責任者として、街頭防犯カメラシステムの管理及び、運用データの管理及び活用に関する任務に当たります。街頭防犯カメラシステムが設置された場所を管轄する警察署の生活安全課長は、街頭防犯カメラシステムの運用責任者として、街頭防犯カメラシステムの保守及び点検、モニター業務に従事する者の指導、データの保管に関する任務に当たります。あらかじめモニター従事者指定簿により指定したモニター従事者以外の者をモニター業務に従事させてはならない、等の現場の責任者を指定することが決められています。 次に、プライバシーへの配慮として、総括責任者は、街頭防犯カメラを設置する場合は、プライバシーを不当に侵害しないよう配慮した場所を選定すること、設置区域内の見やすい場所に、街頭防犯カメラが設置されている旨の表示札を設置すること、また録画したデータを犯罪の捜査や警察の職務に遂行に活用する場合は、統括責任者の承諾を得なければならず、必要最小限度の範囲に限ることが定められています。 運用状況を公表する方法としては、総括責任者は、街頭防犯カメラシステムの運用状況について、四半期ごとに、生活安全部生活安全企画課長を経て警察本部長に報告すること、本部長はその報告を取りまとめ、四半期ごとに公安委員会に報告することになっています。また本部長は、報告を取りまとめ、半年ごとに公表することも定められています。 情報の守秘の規則として、撮影されたデータから得た情報は、地方公務員法第34条第1項に規定する職務上知り得た秘密として取り扱うものとされ、この守秘義務に違反して秘密を漏らした者は、行政庁内の処分(懲戒処分など)だけでなく、地方公務員法第60条第2項に基づいて1年以下の懲役又は3万円以下の罰金に処せられることになっています。

第2節 自治体の条例

  自治体が街頭防犯カメラを運用する場合は、自治体が条例として運用規定をつくっている場合があります。その例として、杉並区が全国に先駆けて2004年に施行した「杉並区防犯カメラの設置及び利用に関する条例」があります。 この条例の目的としては、防犯カメラの適正な設置及び利用に関し、防犯カメラの有用性に配慮しつつ、区民等の自由と権利・利益を保護することが挙げられています。条例の中身は、まず、一定の要件に該当する防犯カメラの設置主体(杉並区、公共機関、商店街、準公共の場所にかかわる設置者)は、防犯カメラ設置利用基準を区長に届け出ること。次に、カメラ取扱者に対し、制限・義務として、責任者の設置義務、設置表示義務、秘密保持義務、設置目的の範囲外利用や第三者提供の禁止、等が定められています。また区長は必要があると認めたときは、防犯カメラ取扱者に対し運用に関し、報告を求めることができます。この条例に違反した場合は、区長は防犯カメラ取扱者に対し、当該違反行為の中止、その他違反を是正するために必要な措置をとるべき旨を勧告をすることができます。  この条例は、今まで無法状態にあった監視カメラに対し、条例という形で初めて法規制したという点で、高く評価されていい条例だと思います。しかし、この条例の基本原則として、防犯カメラ設置者と利用者に一般的な自主的努力義務を課したものになっており、仮にこの原則を遵守しなかったとしても、区長からの勧告があるのみで、法的制裁はなく、実効性が疑われます。杉並区長は、この条例に対して、今後も条例を検証、改善する姿勢を持ちつづける必要があると述べているので、今後もさらに検討を重ね、厳格な罰則等の設置などの導入を考えていかなければならないと思います。

第3節 商店街

  商店街の場合、街頭防犯カメラの運用規程があるところとないところがあります。またプライバシー対策や運用規定についても、警察や行政の指導を受けている商店街もあれば、指導を受けていないところもあり、商店街の中で、統一された規定はありません。映像データの第三者への提供は、完全に禁止している商店街が1つ、他の商店街では警察が令状を持ってきた場合や、自ら被害を訴える場合のみ、映像データの第三者への提供が許可されています。 このように商店街では、運用規定の有無や規則にもばらつきがあり、商店街の自主性に委ねられている形です。これでは、条例が制定されていない場所で、防犯カメラによるプライバシーの侵害が行われていたとしても、発見することができず、また発見したとしても、適切な対応するだけの法的根拠がない状態です。この状態を改善するためにも、今後国会で速やかに、防犯カメラの規制に関する法律の制定が望まれます。

 

第3章 街頭防犯カメラとプライバシー権

  第3章では、警察が街頭防犯カメラで公共空間を撮影し、録画することは、憲法13条に保障されたプライバシー権の侵害にあたらないのか、という疑問を、京都府学連デモ事件と山谷監視カメラ事件の2つの判例から考えていきたいと思います。

第1節 京都府学連デモ事件

  この判例は、昭和44(1969)年、最高裁において、警察官による犯罪捜査のための容貌等の写真撮影とプライバシー権について、争われた事件です。  被告人Xは、集団示威行進に参加し、先頭集団の列外先頭に参加していましたが、交差点で集団が警備の機動隊と衝突したことにより、混乱状態に陥り、公安委員会の許可条件および道路交通法に基づき警察署長の付した条件に違反する状況となりました。これを視察していたA巡査は、この状況を現認して、許可条件違反の事実ありと判断し、集団の先頭部分の行進状況を写真撮影しました。これに対し、Xは抗議をしたが、A巡査がこれを無視したため憤慨し、同巡査に治療が約1週間かかる傷害を負わせました。これによりXは傷害および公務執行妨害の罪で起訴されました。 第1審で有罪判決を受けたXは、本件写真撮影は令状によらず、かつXの同意なくして、その肖像権を侵害したものであり、適法な職務執行にあたらない旨を主張して、控訴しました。  

  これに対する最高裁の判決は、

「憲法第13条は『すべての国民は、個人として尊重される。生命、自由および幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。』と規定されている。これは、国民の私生活上の自由が、警察権等の国家権力の行使に対しても保護されるべきことを規定されており、何人も、その承諾なしに、みだりにその容貌・姿態を撮影されない自由を有するものである。しかし、個人の有する自由も公共の福祉のため必要のある場合には相当の制限を受けることは同条の規定に照らし合わせても明らかである。犯罪を捜査することは、公共の福祉のため警察に与えられた国家作用の1つであり、警察官が犯罪捜査の必要上写真を撮影することは許容される場合がある。  撮影される本人の同意がなく、また裁判官の令状がなくても、警察官による個人の容貌等の撮影が許容されるのは、現に犯罪が行われるもしくは行われたの間違いがないと認められる場合であって、しかも証拠保全の必要性および緊急性があり、かつその撮影が一般的に許容される限度をこえない相当な方法をもって行われるときである。このような場合、写真撮影の対象の中に第三者である個人の容貌等を含むことになっても憲法13条に違反しないものと解するべきである。  これを本件に当てはめると、巡査Aの写真の撮影行為は、違法なデモ行進の状態および違反者を確認するために、一般的に許容される範囲で行われたものであり、適法な職務執行である」1

  として、控訴を棄却しました。

   この判例は、撮影とプライバシーをめぐる考え方の基準とされ、現在まで変更されていません。この考え方をまとめてみると、「警察官が正当な理由なく、個人の容貌等を写真撮影することは憲法13条に反する、そのうえで、捜査上撮影が許されるのは、実際に犯罪が行われたと認められ、証拠保全の必要性、緊急性があり、手段の相当性がある場合である。」ということになります。

第2節 山谷監視カメラ事件

  この判例は、昭和63(1988)年に、東京高裁で、警察が設置した監視カメラは、最高裁が京都府学連デモ事件で示した警察官の写真撮影の基準に違反しているとして、監視カメラのビデオテープの証拠能力が争われた事件です。  山谷地区では、以前から、無許可の集団示威行進や人身傷害に至る集団対立抗争事件が発生していたため、山谷警察署は、山谷通りに面する歩道の電柱に、雑踏警備用の円筒型テレビカメラを1台設置していました。このカメラは、派出所から遠隔操作をすることができ、山谷通りの状況を撮影し、派出所内のモニター用受信機にその画像を映し出すとともに、これをビデオ録画していました。  昭和61年9月、警察官がカメラとビデオ装置を始動してモニターを監視中に、無許可集団示威行進と認められる一団が現れたため、カメラを操作してその状況を撮影録画しました。その後、集団が再び現れ、駐車してあった警察車両の赤色回転燈や窓ガラスを損壊したので、その状況を引き続き撮影・録画しました。  被告人Xは、このビデオ画像から器物損壊の犯人と特定され起訴されましたが、弁護人はこの撮影・録画が、京都府学連デモ事件で最高裁が示した、警察官の写真撮影が許される際の基準に違反する、と主張してビデオテープの証拠能力が争われました。第1審では、ビデオ撮影・録画を適法と認めて有罪判決が出ましたが、被告人Xはこれに対し控訴をしたところ、東京高裁は次のように判示しました。

「承諾なくして、みだりにその容貌等を撮影されない自由は、プライバシーの権利として憲法13条の保障するところである。しかし、京都府学連でも事件での最高裁判例はその具体的事案に即して、警察官の写真撮影が許容されるための要件を判示したものにすぎず、この要件を具備しないからといって、犯罪捜査のための写真撮影が許容されないわけではない。現場において、犯罪が発生する相当高度の蓋然性が認められる場合、あらかじめ証拠保全の手段・方法をとっておく必要性および緊急性があり、かつ、その撮影・録画が社会通念に照らして相当と認められる方法でもって行われるときは、現に犯罪が行われる時点以前から犯罪の発生が予測される場所を継続的、自動的に撮影・録画することも許されると解すべきである。」2

 この判例では、犯罪が発生する可能性が高い場所では、犯行時点以前からの撮影は容認される、という判断を出しました。警察庁は、この判例と先の京都府学連デモ事件の判例を根拠に「路上・街頭ではプライバシーが一部制限されており、法律上、街頭カメラが許されないわけではない」としています。 しかし、監視の対象にされているかもしれないという不安を与えること自体がデモなどの行動を萎縮させ、思想の自由・表現の自由などの憲法の保障する権利の享受を事実上困難にする可能性がある。またビデオによる撮影は、公共空間におけるものであっても,重要な権利・利益を制約しており,しかも黙示的合意があるとはいえないことから,強制処分(警察が有形力の行使を伴う手段以外で、個人の意思を制圧し、身体、住居、財産等に制約を加えて強制的に捜査目的を実現する行為)であり、この強制処分は、憲法31条の「何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない」という趣旨から考慮するに、国民の重要な権利・利益を制約する強制処分に対する立法的コントロールの規定、つまり個別の法律がなければいけない。などの観点から、この2つ判例をもっても警察のカメラによる監視は正当化できないという意見もあります。

 

第4章 街頭防犯カメラの法規制

  第2章で見たように、街頭防犯カメラに対する一定のルールはなく、判例や自主的なルールの下で、任意に運用されている状態です。これでは、街頭防犯カメラが悪用されたとしても、止めることができません。第4章では、民主党が2003年に国会に提出した「監視カメラ法案」をもとに、街頭防犯カメラの法規制について考えてみたいと思います。  民主党は、2003年7月、第156回通常国会に「行政機関等による監視カメラの設置等の適正化に関する法律案」を提出しましが、審議未了となり、継続審議となっています。この法案は、行政機関等による監視カメラの設置等の適正化を図り、みだりに容貌の撮影をされない自由、みだりに私生活に関する情報の収集又は管理をされない自由、政治活動の自由その他の国民の自由と権利を保護することを目的としています。

  この法案の中身は、 監視カメラを一定の場所に継続的に設置する行政機関の長は、次に掲げる基本原則にのっとり、監視カメラの設置、当該監視カメラによって記録された画像の取扱い等に関し、以下のように、適切な措置を講じなければならない @監視カメラの設置に当たっては、あらかじめその設置目的が明確にされていなければならず、かつ、その設置目的が適正なものでなければならないものとする A監視カメラの設置に当たっては、設置目的に照らし正当な理由がある場合を除き、当該監視カメラによって撮像される個人に対し、その設置場所及び設置目的が明示されなければならないものとする B画像は、当該監視カメラの設置目的の達成に必要な範囲内で取り扱われなければならず、かつ、当該画像によって識別される特定の個人の同意がある場合又は法令に規定がある場合を除き、設置目的以外の目的に利用され、又は提供されてはならないものとする C画像は、設置目的の達成に必要な範囲内で正確な内容に保たれなければならないものとする D画像の取扱いに当たっては、設置目的に照らし正当な理由がある場合を除き、本人が適切に関与し得るよう必要な措置が講じられなければならないものとする E画像の取扱いに当たっては、漏えい、滅失又は毀損の防止その他の安全管理のために必要な措置が講じられなければならないものとする、 となっています。  

  この法案は、防犯カメラに対する統一的な法規制であること、画像の取り扱いについて撮影された本人が関与できること、設置場所を明確に公示すること、などの点から高い評価ができます。 しかし一方で、この法案には不満も残ります。この法案では、警察や自治体などの行政機関が設置する防犯カメラを対象としており、民間のカメラは民間に任せるとして、民間の商店街などが設置する防犯カメラは対象にしていません。たしかに、警察や自治体は権限や強制力を持っており、行政機関が運用している防犯カメラが悪用された場合、国民が受ける被害は大きく、民間のカメラよりも厳格な規制が必要です。しかし、民間のカメラも、録画されたデータが警察に提供される点で、警察が運用しているカメラと同じといえます。またイギリスでは万引き防止のために、更衣室に防犯カメラを設置した店が訴えられるなどの問題が発生しており、民間のカメラにも設置場所などのルール作りが必要だといえます。  さらに、この法案では、この運用基準に違反したときの処理について触れられていません。運用基準に反する疑いがある場合に適切な勧告や命令ができる機関、また撮影された人間からの苦情を処理する機関として、第三者機関の設置についても考えていく必要があると思います。

おわりに

  このゼミ論で、街頭防犯カメラを取り上げたのは、自分がよく出かける新宿に街頭防犯カメラが設置されたのがきっかけでした。街頭防犯カメラで撮影された映像はどのように使われているのかについて興味を持つようになりました。気になり始めると、今度は自分が生活する中でさまざまな場所で防犯カメラを見ることに気づきました。そこで、この疑問に自分で答えるためにゼミ論で街頭防犯カメラを取り上げることを決めました。   その疑問は、1章で取り上げた内容で、答えを見つけることができました。街頭防犯カメラで撮影された映像はモニターで監視され、録画されます。警察の場合、録画されたデータが流出しないように、モニター室の入退出の管理はしっかりなされており、また街頭防犯カメラの運用規定をつくり、画像データの取り扱いについてしっかりとしたルール作りがなされていました。

  しかし、そのルールが正しく守られているのかは、外から判断する方法はありません。また商店街などの民間の街頭防犯カメラは、そのルール作りは各自の裁量にまかされており、運用規定を作っていない商店街もありました。これでは、プライバシー権の侵害が行われたとしても適切な対処ができません。そこで今度は街頭防犯カメラに関する法律について調べてみました。 まず、警察官の写真撮影に関する判例として、京都府学連デモ事件を、ビデオカメラの設置の判例として、山谷監視カメラ事件の判例を見てみました。この2つの判例からは、「警察官が正当な理由なく、個人の容貌等を写真撮影することは憲法13条に反する、そのうえで、捜査上撮影が許されるのは、実際に犯罪が行われたと認められ、証拠保全の必要性、緊急性があり、手段の相当性がある場合である。」「現に犯罪が行われる時点以前から犯罪の発生が予測される場所を継続的、自動的に撮影・録画することも許される」という裁判所の判断基準が分かりました。しかし、「犯罪の発生が予測される場所」という表現は抽象的であり、街頭防犯カメラを設置される場所について、もっと議論が必要だと感じました。

  そこで、日本にある街頭防犯カメラの統一的な法規制の一案として、民主党が2003年に国会に提出し、継続審議扱いとなっている法案について、調べてみました。この法案が2003年に国会に提出されているにもかかわらず、今も採決が行われずにいるのは、国民・政治家のこの問題に対する意識の低さが影響していると思います。自分もこのゼミ論に取り組むまでは、統一的な法規制がないことも知りませんでした。何か防犯カメラに関する不祥事が起きれば、話は一気に進むのでしょうが、できればそんな事件が起こる前に、街頭防犯カメラの設置を促進している警察・行政が主体となり、街頭防犯カメラに反対する人の声もしっかり聞きながら、法律の整備を進めていってほしいと思います。

 

[参考文献]

[参考したホームページ]