1999年度 山崎ゼミナールは昨年度と同様に『英語コーパス言語学』を学んでいます。前期はコーパス言語学をやっていく上で欠かすことのできないコンピューターの基本的な知識の習得を目的とし、後期から本格的にコーパス言語学へと入っていきます。このページでは『コーパス言語学とは何か?』ということを扱っていきたいと思います。
山崎ゼミナールで扱っている『コーパス言語学』は一般的にはあまりなじみのない言葉です。『コーパスって何?』という疑問は当然として、実のところ『言語学』という言葉にさえも疑問を持つ人は少なくないはずです。そこで以下では次の3つの言葉が具体的にどのような事柄を意味するのかをそれぞれ簡単に定義して、最終的に『コーパス言語学とは何か?』ということを説明していきたいと思います。そして最後にコーパスを使った基本的な研究結果のサンプルを見ていただきたいと思います。
@「言語学」とは何か?
A「コーパス」とは何か?
B「コーパス言語学」とは何か?
Cコーパスを使った基本的な研究結果のサンプル(興味のある方はどうぞ。@〜Bだけでも十分です)
@「言語学」とは何か?
「言語学(linguistics)」とはその名前の通り、人間が日常生活で使うことばについて研究する学問です。したがってその研究の対象は私たちの身の回りに無限に存在するといっても間違いではありません。しかしこれではあまりに漠然としていて世間で言語学者と呼ばれる人々がいったい何を研究しているのか、また私たち山崎ゼミナールの学生が何をしているのかということがわかりにくいため、もう少し具体的に「言語学」は何をその研究対象とするのかについて述べることにします。「ことば」とは、おおざっぱな言い方をすれば、私たち人間が意思、喜怒哀楽の感情、そして考えなどを他者に伝えるための記号の体系と言うことができます。したがって、その「ことば」を研究する言語学が目指すのは、「ことば」という記号を一定の考え方で矛盾がないように組織化し、意思、感情、そして考えなどを他者に伝えるための仕組みを解明することにあります。
A「コーパス」とは何か?
「コーパス(Corpus)」とは簡単に定義すると、『実際に話されたり書かれたりしたことばをパソコンの中で使うことが出来るようにしたテキスト(データ)の集まり』ということになります。ここでは細かい言及は避けますが、一口に「コーパス」と言ってもその種類は多岐にわたり、どのような言語研究に使うかによって様々な構造やデザインが存在します。最もわかりやすく、具体的なコーパスの例としては、『シェークスピアに代表されるある作家の文学作品全てを集めたもの』を挙げることが出来ます。
B「コーパス言語学」とは何か?
以上@、Aから「コーパス言語学とは何か」を簡単に定義してみると、『コンピューターを使って扱うことの出来るコーパスに基づいて人間のことばを様々な角度から研究していく言語学の1分野』となります。皆さんもご存知のように近年のパソコン技術の発展とその普及には目覚ましいものがあります。ですから、最近急速に発展してきた、とっても新しい言語学の1分野であるといえます。
Cコーパスを使った基本的な研究結果のサンプル
コーパス検索結果に基づく"big",
"large", "great"の本質的意味の違い
今回は学問的散文とフィクションという二つのジャンルにしぼり、それぞれのコーパスを基にコンコーダンスを作成し、同意語といわれる
"big", "large", "great"
の本質的意味の違いについて考察してみようと思います。下の表は上記の三語のジャンル別頻度と十万語あたりの頻度を表にしたものです。これに基づいて以下の考察を行なっていきたいと思います。
Raw counts | Normed per 100000 | |
Academic prose (163812 words) | ||
big | 17 | 10 |
large | 158 | 96 |
great | 105 | 64 |
Fiction (205176 Words) | ||
big | 137 | 67 |
large | 46 | 22 |
great | 134 | 65 |
まず "big" について見ていくことにします。学問的散文において
"big" は全部で17件の用例がありますが、そのなかで
"big" は "barn, mistake, problem,
companies, impetus, rise, ticket" などの語とコロケーションしています。それらの語との結びつきから判断できるのは
"big" が物理的大きさを表すのに使われているということです。一方、フィクションの中では
"big" はその用例の中で半数以上が
"bastard, brother, children" などの何らかの人を示す語と結びついているため、物理的大きさ、特に生態の大きさを表すのに多く使われることがわかります。更に付け加えておくと、"big"
は他の被修飾語の性質・状態を表わす形容詞、例えば、"white,
yellow, wide" などと一緒に使われて物体の物理的な大きさを表します。例としては以下のようなものがあります。
1.This morning my mother bought Jamie a big,
blue fluffy dog
2.The etals of the big yellow roses ripened
3.…for depilatories and ramophones glow
on the big wide screen
次は "large" についてですが、学問的散文では量とものごとの規模の大きさについて言及する場合に多く用いられます。前者は
"number, proportion, quantities, amount"
などの語とコロケーションしていることから明らかであると思います。特に
"number" とのコロケーションが今回使用したコーパスの中では多く、158件の用例中12件すなわち、約一割がこの単語と結びついていました。後者は
"famines, manufacture, species, system"を初めとするものごとの規模を表す単語とつながりが多いことから判断できます。また、もう一つ着目すべきなのは名詞
"scale" とハイフンでつながれた形で形容詞として使われている用例が3件もあることです。これによって進行中のものごとの大きさを表しています。今回使用したコーパスには下記のような用例がありました。
1.large-scale conversion to exotics was dropped
as
2.large-scale famines, devastating wars,
3.large-scale manufacturing in the third
quarter of
フィクション中において "large"
は "big"と同様に身体的大きさ表すほか、容器や場所の広さを表すのに使われます。一般的に同じ形容詞が、たとえ対象となるジャンルが異なっていても、似通った単語と結びつくのは当然の事柄ですが、今回検索したコーパスの中には
"number" に代表される単語とのコロケーションは1件しかありませんでした。
第三に "great" について考察していきたいと思います。学問的散文中では
"large"と同様に量を表す時に用いられることが多いようです。しかし、"deal"とのコロケーションが全34件中(比較級、最上級を除く)、約2割の6件あることにも着目すると、"large"
が "deal"と結びつかないという点に両者の違いがあることがわかります。
1.would still have been heralded as a great
contribution to science
2.Cassirer's view and show that there is
a great deal of quantity
3.Deletion in this context is no great problem
そして、この単語には、"interest, favour,
effort" などの語コロケーションすることから判断できるように、強さを示す意味もあります。
1.Virginal music was in great favour at the
courts of Henry
2.Great effort is invested in safety
3.In the 1960s and 70s there was a great
deal of interest
フィクションにおいても先ほどと同様に "deal"
とのコロケーションがその用例の中に多くみられます。
1.I think there's a great deal women could
do for the world
2.I have a great deal on my mind. When you've
finished
3.As it happened, he thought a great deal.
He thought of Helene's knee
しかし、フィクションというカテゴリーの中では重要性や身体的大きさなどの学問的散文より広い意味も見られます。それらを以下の例に示しておきます。
1.Until one day the War, like a great cloud,
rolled away
2.the sea was like a great heaving monster
3.You have done it! You have done your great
task.
以上 同義語といわれる "big", "large",
"great" の3語についてコーパスの検索結果に基づいてそれぞれの意味の違いを考察してきました。最後にそれら3語の本質的意味の違いをまとめておきたいと思います。"big"は物理的な大きさを、"large"
は量を言及する際に用いられ、"great"
は "large"と同様に量を言及する際に用いられますが、特に
"deal" とのコロケーションで多く使われます。このように英語では「大きさ」をあらわす際に、上記のような使い分けがなされることが今回の考察から分かりました。
またこれらの3語の意味本質的な意味の違いをを知ることによって、私たちはまた2つのカテゴリーにおける語彙の頻度分布をも説明することができます。大きさをあらわす際に、フィクションは物理的大きさ、特に物体や人、そして場所の大きさを扱うことが多く、学問的散文ではある特定の意味を持つ(一定の)大きさと量をあらわすことが多いため、前者においては
"big" の使用頻度が高く、後者では
"large" のそれが高いことがわかります。また、"great"
は両カテゴリーにおいて "deal" とのコロケーションで同程度用いられることも先の説明から明らかです。しかしながら、フィクションというカテゴリーの方が学問的散文に比べ、多様な描写や関係性が含まれることが予想されるため、意味の範囲が広くなることでしょう。
今回のコーパスによる検索によって、同義語といわれる語をそれぞれがどのような語句と結びつくかを中心に考察していくことによって、その違いが明らかになるということも認識できました。