ギャラリー解説蛟蛟
書画
黄虎洞手習い、陰陽刻自用遊印六顆(現代、AD2024、9、12) |
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縦横・1.5x1.4cm 歪な小さい石を平らにす可くゴリゴリ削っていたら、1.5セン チ角のサイコロ状になった。其の途端サイコロだから一から 六までの數字を含んだ意味有る言葉を彫って見よう、などと 亦た亦た馬鹿な事を考えてしまった。一から三までは古璽文 で、四から六までは金文で各々刻した遊印で、「一空」「二天」 「三思」「四目」「五車」「六物」である。「一空」は何も無く空しい 例えで、宋の范仲淹の「岳陽樓記」に「長煙一空皓月千里」と 有り、「二天」は恩人の事を表す言葉で、『後漢書』蘇章傳に「 人は皆一天有り、我は獨二天有り」と有り、「三思」はよくよく 思案する事で、『論語』公冶長に「季文子は三思して後行う」 と有る。「四目」は四方の事を廣く見て良く知る事で、『書經』 舜典に「四目を明らかにし四聡を達す」と有り、「五車」は蔵書 の多い例えで、『荘子』天下に「恵施は多方、其の書は五車」 と有り、「六物」は歳時日月星辰の事で、『春秋左氏傳』昭公 七年に「六物は同じからず、民心は壹ならず」と有る。夫々に 意味の有る言葉ではあるが、「一空二天三思四目五車六物」 と並べると、「己には特段の能力も無く虚しいなあと嘆きつつ 其れでも目を掛けて頂いた恩人・恩師らを思って彼是思案を 繞らし、四方を見回すと確かに人様より多い蔵書を持っては いたが、そんな物は六物の變化と共に塵芥と成り果て、再び 何も無いなあと嘆く日々である」と言う、今の己の状況を表し てもいる。 |