ギャラリー解説
書画
芳石三好直澄、行書七絶(近代、AD1844〜1922) |
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絹本肉筆・・縦104cm、横35cm 「七十三叟芳石逸史」の下に、陰刻「三好直澄」と 陽刻「芳石仙史」の落款が押されている。三好芳 石は相模の人で、名は直澄、号を芳石と称し、父 藤本松山が書を志し、彦根藩の太田統典就いて 学ぼうとしたが若死にしたため、祖父が太田氏を 招いて芳石に学ばせている。芳石は三十三歳(明 治八年)の時に、横浜に書塾三好学校を設立し、 15年程で700人以上の門弟を養成するが、同 時に女学校や撃剣道場なども設立して幅広い教 育活動を展開し、明治二十五年に横浜に来住し た市河得庵と共に、「金港の双璧」と賞された書 家で、中林梧竹とも交わりを結んでいる。 |