茲では、大東大圖書館が所蔵する、面白い資料に就いて、簡單な紹介をしてみたいと思う。

大東文化大學圖書館の高島蔵書（高島菊次郎氏寄贈）には、「漢白石�~君碑」の明拓と清拓の折帖が各々所蔵されているが、問題は清拓（尚、本帖の拓影に關しては、平成２５年３月に公刊された本學大學院文學研究科書道學専攻の研究報告書『大東文化大學所蔵　貴重書跡圖版目録�V　高島槐安寄贈書跡1』に全拓掲載されていれば、そちらを參照願いたい）の方である。

「漢白石�~君碑」とは、後漢時代の光和六（183）年に、常山相であった南陽の馮巡や元氏縣令であった京兆の王翊らに因って立てられた碑で、碑陽は１６行満行３５字で、白石山の�~に靈驗を祈った内容が刻され、碑陰には建碑協賛者名が列記してあり、全体の大きさは２３３cm×８０cmの石碑である。

この碑石は、書の世界では良く知られた碑石で、元來河北省元氏縣白石山山麓に在ったものが、明の萬暦年間に城内に移され、更に文革時に正定縣の�驪ｻ寺境内に埋められたが、１９８９年に元氏縣の封龍山山頂に漢碑亭を造り、其の中に祝三公山碑と共に白石�~君碑も平置されて現在に至っている。後漢時代の山岳信仰を示す証左の一つとも言われているが、書としては、點畫のリズムが悪く波勢の特質が殺がれており、必ずしも漢代隷書の代表的碑文とは言い難い、とも言われている。亦た拓本も、宋拓以来、元拓・明拓・清拓と數多くある。

因って、斯様な來歴からこの碑文の拓は、「何だ白石�~君碑か」とか「清拓だろう」等と言われて、一見輕く扱われやすい拓本であるが、ここで紹介する「漢白石�~君碑」（１開から１２開までが碑陽、１３開以降が碑陰）は、些か様子が異なるのである。確かに清拓に過ぎないが、實は拓の前後に識語が附せられているのである。この識語は印刷ではなく、自筆で原�ﾂ附きである。

先ず、表紙の題簽には、自筆で「漢白石�~君碑　并陰/褚�ｺ彝審定題」と書かれ、其の下に陰刻回印の「褚印/�ｺ彝」の原�ﾂが有る。

更に末開には彼の自筆識語（２６０字彊）が有り、語末に「庚申秊十又一月褚�ｺ彝記」と有る。亦た陰刻「松窗」の原�ﾂも有る。この「庚申」は、民國９（１９２０）年である。

褚�ｺ彝とは、浙江省餘杭の人で、清末同治１０（１８７１）年から民國３１（１９４２）年の間を生きた人で、字を松窗と言い、號を禮堂・里堂等と稱し、『金石學續録』『竹人録續』「『續古玉圖考』等々を著し、篆刻家・書法家・考古家として名を馳せた、民初の文人である。

亦た、頭開にも識語（１４０字彊）が有り、

語末に、「辛酉三月餘齋老人識」と有り、陽刻「寐/翁」と陰刻「餘/齋」の原�ﾂが有る。ここの「辛酉」は、民國１０（１９２１）年を指すが、問題は、「餘齋老人」である。一体餘齋老人とは誰の事であろうか、實は清末の官僚文人である沈曾植の事である。

沈曾植とは、浙江省嘉興縣の人で、清の道光３０（１８５０）年から民國１１（１９２２）年の間を生きた人である。光緒６（１８８０）年の進士で、地方官を歴任し、梁啓超等と維新變法を主張して彊學會を創立し、晩年は上海に隠栖した人物である。字を子培と言い、號を乙盦・巽齋・寐叟等と稱しているが、別署名を甚だ多く持つ人で、「寐翁」も「餘齋老人」も其の別署名の一つである。彼は、音韻學・地理學・佛教學等に精通した史學家で、同時に能書家としても知られ、『元秘史箋註』『蒙古源流箋證』『漢律輯補』等々を著した、清末の學者文人である。

本帖は、單なる清拓に過ぎないとは雖も、清末民初の文人二人の自筆と原�ﾂが見られる面白い資料である。亦た拓本中には、多くの原�ﾂ（張�ｺ容・沈樹�縺E呉熙載等々）が認められるが、其れが本當に誰の原�ﾂなのかは、専家の確實な考証を待ちたい。しかし、「御/賜云々」の原�ﾂが有れば、天子からの直接的下賜品では無いにしても、朝廷乃至は宮中に在った拓としての可能性が生じる。何れにしても、資料や文獻に書かれた識語や押された原�ﾂは、其れが判讀さえ出來れば、其の變轉を追求する上で諸々の示唆を与えてくれて實に面白い。

筆者は、嘗て臺灣で褚氏や沈氏の書作品を見かけた事は有ったが、日常の文字に關しては、畫像で一二度尺牘を見かけたに過ぎなかった。其れが今、己の手の中に在ってじっくりと自筆を見ている、何とも言えない感慨が興って來るのを禁じ得ない。

清朝の宮廷から後期の大文人である呉熙載や張�ｺ容・沈樹�繧ﾖ、次いで褚�ｺ彝・沈曾植へ、更に複數の人を經て故高島菊次郎氏（１８７５〜１９６９、號、槐安、王子製紙社長・中支那振興総裁等を務めた企業人であるが、中國書畫の収集家として知られ、其の優品３４５件は、槐安居コレクションとして東京國立博物館に寄贈されており、大東文化大學は氏の舊蔵書３８５件の寄贈を受けたが、其の中の１件）へと渡り、其れが大東の圖書館に所蔵されて今眼前に有ると言う、資料・文獻の變遷に何處か歴史的ロマンを感じるのは筆者一人で有ろうか。

茲に、敢て拙文を附して紹介するのは、將に其の有爲轉變のロマン故である。

因みに、拓本中に押されている原�ﾂは、以下の１５顆である。この中には、「樹��/審定」（２顆）「松江/沈氏/臧本」「松江沈/氏蔵古/刻善本」「熙載/平生/珍賞」（２顆）の印が有り、書の世界ではあまりにも有名な沈樹�繧ﾆ呉熙載の二人である。他には「御/賜與福相迎」とか「君/覆」とか、「王文/�Z印」・「王璹父/收蔵印」・「王璹無/審定金/石刻辭」とか、「臣張/�ｺ容/之印」・「松坪/一字/少薇」・「少/薇/珍/賞」とか「？學/愛？/朝字」とかの文字が讀み取れるが、果たして茲に登場する王氏とは、一體誰なのか不明であるが、清末に活動した文人である事は間違い無い。

呉熙載とは、江蘇儀徴の人であるが揚州で成長し、清の嘉慶４（１７９９）年から同治９（１８７０）年の間を生き、字は讓之、號を言庵・方竹丈人・晩學居士等と稱し、�ｹ石如に私淑し包世臣に入門して書と篆刻を學び、書法家・篆刻家として其の名を馳せた、清朝中期の大文人である。

張�ｺ容とは、浙江省衢州府の人で、清の嘉慶２５（１８２０）年から光緒１４（１８８８）年の間を生き、咸豊３（１８５３）年の進士で、翰林院編集や岳州知府を務めた政治家で、字は師寛・少微（薇）、號を松平（坪）と稱し、岳陽樓の保護修葺に努めており、同治・光緒二帝の太傅を務めた晩清の大政治家翁同龢は、張氏の『瀟湘夢遊圖』に題跋を寄せて、「岳州太守賢大夫、吏才詩筆當今無」と賞賛する程の能吏であるが、同時に書畫・金石の學に深く金石収蔵家としても知られ、『岳州救生局志』『二銘草堂金石聚』等を編した文人でもある。

沈樹�繧ﾆは、松江府川沙縣の人で、清の道光１２（１８３２）年から同治１２（１８７３）年の間を生き、咸豊９（１８５９）年の擧人で、官は内閣中書を務め、字は韻初、號を鄭齋と稱し、秘籍・書畫・金石の収蔵家として知られ、『漢石經室跋尾』『續寰宇訪碑記』等を編した文人である。

王文�Zとは、清末の文人ではあるが、詳細は不明である。但し、道光２９（１８４９）年から光緒３４（１９０８）年の間を生存し、『心經印譜』等を殘した安徽省出身の書畫篆刻家として有名な黄士陵が、白文回印の「王印/文�Z」を刻していれば、黄氏と重なる時期の人物である。

尚、筆者は、この方面に關しては全く素人同然であれば、この様な大物の印が押された本拓本、果たして真拓なりや、將亦精巧な贋物なりや、書道・篆刻に精通された博學の士に、ぜひ究明解讀して頂きたいと切望するものである。

尚、茲の諸畫像は、圖書館の正式許可を得た上での掲載である。