素人が書を鑑賞すると言う事
書は長い歴史の変転を耐え抜いて今日に至る、中国の伝統芸術である。筆者は所謂「書」なるものが全く書けないし、書こうと思った事も無い。しかし、筆者の周囲には、「書」を事とする友人や知人が山の様に存在し、何時しか彼等に引き連れられて、「書」を鑑賞する様になってから早くも二十年が過ぎ去っている。
昨今の展覧会を見て、筆者はふと思う。「気に入った、購おう。されど拙宅の何処に掛けておこうか」と。作品自体の善し悪しではない。物は佳くても大き過ぎるため、設置場所が無く、結果購うのを諦めるのである。そこで、作家の方達にお願いしたい。作品である以上やむを得ぬ事かもしれぬが、もう少し鑑賞者が気楽に購って設置可能な大きさの作品を制作して頂きたい。亦た芸術として仕上げる事に意が費やされ、「書」は「文字を連ねたもの」と言う部分に対する意の払われ方が、やや希薄になって来ている様に感じるのは、筆者の偏見であろうか。
いずれにしても、見ていても飽きる事無く品のある書には、最近なかなかお目にかかれない。小品で良い、購いたいとの衝動に駆られる様な作品に巡り会いたい、と思いつつ展覧会に通い続ける昨今である。
平成七年十二月 於黄虎洞
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