1997.12.18 に更新しました
読解の実例 ・ 「大納言殿参り給ひて」(第二九三段)を例に
『枕草子』第二九三段に、下記のような一節が見られる。とりあえず読んでみよう。
■第二九三段■
大納言殿参り給ひて、ふみのことなど奏し給ふに、例の、夜いたく更けぬれば、御前なる人々、一人二人づつ失せて、御屏風・御几帳のうしろなどに、みな隠れ臥ぬれば、ただ一人、ねぶたきを念じて候ふに、「丑四つ」と奏すなり。「明けはべりぬなり」とひとりごつを、大納言殿、「いまさらにな大殿籠もりおはしましそ」とて、寝(ぬ)べきものともおぼいたらぬを、「うたて。何しにさ申しつらむ」と思へど、また人のあらばこそは、まぎれも臥さめ。 主上の御前の、柱に寄りかからせ給ひて、少し眠らせ給ふを、「かれ、見たてまつらせ給へ。今は明けぬるに、かう大殿籠もるべきかは」と申させ給へば、「げに」など、宮の御前にも、笑ひ聞こえさせ給ふも、知らせ給はぬほどに、…………
この一節に見られるように、『枕草子』回想的章段の叙述には地の文中の主語や、会話文中 における話し手、聞き手などが省略されていることが多い。したがって、この一節を作者の体 験に添って理解するためには、読解の際にそうした事情を補足して進める手続きが必要である。 しかし、『枕草子』においてその手続きは、それほど困難なものではない。この一節で最も 困難な箇所は「『丑四つ』と奏すなり」とある部分のみである。この奏上者は文中に出てこな い人物であり、当時の内裏における時刻奏上の知識が要求されるところである。こういう部分 はけして曖昧にすませず、文献できちんと調べて実態を把握する手続きが必要である。 いまこの一節の主語や対象者、話し手・聞き手、あるいは一部語彙の意味を補足して読ん でみると、次のようになる。
大納言殿(伊周様が)参り給ひて、ふみ<漢籍>のことなど(一条天皇様に)奏し給ふに、例の<例によって>、夜いたく更けぬれば、御前なる人々(天皇様と中宮様のお側の女房たちは)、一人二人づつ失せて、御屏風・御几帳のうしろなどに、みな隠れ臥ぬれば、(私=清少納言は)ただ一人、ねぶたきを念じて候ふに<我慢してお仕えしていたところ>、(近衛府の舎人が)「丑四つ(午前二時半)」と奏すなり。「明けはべりぬなり」と(私=清少納言が)ひとりごつを、大納言(伊周様が)、「いまさらにな大殿籠もりおはしましそ」とて、(私=清少納言を)寝(ぬ)べきものともおぼいたらぬを、(清少納言は)うたて<いやだ>、何しにさ申しつらむと思へど、<御前に私以外に>また人のあらばこそは、まぎれも<ごまかしても>臥さめ。
主上の御前の(一条天皇様が)、柱に寄りかからせ給ひて、少し眠らせ給ふを、(伊周様が)「かれ、見たてまつらせ給へ。今は明けぬるに、かう大殿籠もるべきかは」と(中宮定子様に)申させ給へば、(中宮定子様は)「げに」など、宮の御前にも、笑ひ聞こえさせ給ふも、知らせ給はぬほどに、…………
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