ギャラリー解説

書画

明山小笠原長行、行草書五絶(幕末維新、AD1822〜1891)

絹本肉筆・・縦140cm、横42cm

「明山」の下に、陽刻「長行之印」と陰刻「?芳書圃」の落款

が押されている。小笠原明山は肥前の人で、名は長行、号

を明山と称し、唐津藩主小笠原長昌の長男であるが、長昌

死去に伴い後継養子藩主小笠原長国の養嗣子となり、江

戸に出て朝川善庵に師事し、学識の深さは高名が有り世

子身分のまま幕府の若年寄・老中を務め、罷免されるも壱

岐守となって老中に再任され、長州征伐の失敗に因り再度

罷免されるが、徳川慶喜の意向で再任されて外国事務総

裁を務め、戊辰戦争では徹底抗戦を主張し、世子の地位を

捨てて江戸を脱出して奥羽越列藩同盟の参謀役を務め、

更に函館五稜郭に転じて闘うも米国船で帰京して潜伏し、

明治五年に自首して後は隠棲生活を送った大名で、明治

の海軍中将小笠原長生の実父でもある。


[ギャラリー一覧へ戻る]