現地調査報告 清掃人の社会発展に関する展望 3/5

2.バンギー解放運動の展望

 第2に、Scavengersの用法・定義について。バルヴェー委員会からバスー研究班にいたる諸調査委員会はScavengersを狭義の屎尿処理人、Sweepersを道路清掃労働者の意味に使い分けている。他方、国勢調査にみるようにScavengersを広義の清掃労働者とする用法も存続し、いろいろな意味で混乱をまねいた。国勢調査に編纂されたScavengersはしばしば狭義の屎尿処理人と理解された。全国計画はこれまでの諸委員会の用法に反して、Scavengersに乾式便所からの屎尿処理に従事する労働者と道路清掃を主体とする通常の清掃労働者の双方を含め、国勢調査と同様の用法にしたがっている。全国計画におけるScavengersの用法が先行諸委員会の用法から逸脱したのは、広義の清掃労働者全般を計画の対象とする必要性の生じたことが背景となっている。さらに、全国計画は職業訓練および自営希望者に対する補助金・融資計画の対象を非指定カーストの清掃労働者にも拡大しており、これまでの狭義の屎尿処理人を対象とした諸計画よりも裾野の広いものとなっている。
 第3に、自治体雇用清掃労働者に対する全国計画のインパクトについて。広義の清掃労働者の大部分は地方自治体に雇用されている。雇用・労働条件の自治体間格差は小さくないものの、一旦常雇に採用されれば安定した所得がえられる。自治体に2名以上の世帯員が清掃労働者として雇用されているケースも少なくなく、彼らの平均的な世帯所得は社会的発展を十分に可能にする水準に達している。しかし、負債による所得の漏出や政治力・求心力の欠如により、集団的な社会発展は実現されていない。かようななか、全国計画は自治体雇用清掃労働者の更生は自治体の責任において行なうように規定している。しかし、自治体は必要数の清掃労働者を維持する必要があり、清掃労働者の職業転換を推進しうる立場にはない。また、自治体に雇用される清掃労働者とりわけ常雇は既得権益に固執する傾向が強く、大きなリスクのともなう職業転換を志向するとはおもえない。日雇も常雇予備軍の性格を有しており、補償的雇用制度やウエイティング・リストを通して常雇と繋がっている。かような状況を踏まえると、自治体雇用清掃労働者の間に職業転換の動きが生じるとは考えづらい。結局、自治体の雇用する清掃労働者は全国計画の射程から外れてしまうものとおもわれる。
 第4に、民間団体の役割について。全国計画は民間団体の役割を明確に規定していない。これまでのバンギー解放計画は概して州政府の反応が鈍い状態のもと進められてきたが、乾式便所転換の実績は州により大幅に異なっている。計画に関わった民間団体の組織・戦略の優劣が実績の差をうむ大きな要因となった。グジャラート州の清掃研究所、ビハール州の国際簡易便所研究所やマハーラーシュトラ州のガーンディー記念基金などが当該州のバンギー解放計画の遂行に果たした役割は大きい。これらの民間団体は代替便所の開発、乾式便所所有者に対する便所転換の説得、自治体に対する働きかけ、関連部局の官僚や社会活動家の訓練・育成など草の根レヴェルの活動で貢献してきた。また、清掃研究所は低コスト衛生計画のなかで結節機関として主導的な役割を果たした。これまでは主にガーンディー主義に基づく民間団体がバンギー解放運動に関わってきた。しかし、全国計画の意図する清掃労働者の更生を効果的に実現するためには、ガーンディー主義機関以外の多数の民間団体の協力が不可欠である。全国計画に対する民間団体の関わり方はもちろん地域事情を考慮したものでなければならないが、同時にこれまでのバンギー解放計画のなかで実績をあげてきた諸機関の組織・運営・役割などをモデルとして類型化し、州・地域間の相互発展に役立てる努力も必要とされよう(20)。
 第5に、簡易調査の組織と精度について。簡易調査は全国計画のなかできわめて重要な役割を担っている。簡易調査に基づき受益者の確定と登録が行なわれるからである。かような重要性にもかかわらず、簡易調査の組織と精度には諸種の問題がある。一番大きな問題は選択可能な諸種職業の概略についての事前説明なしに、直接希望する職業を聞き取っていることである(21)。清掃労働者は独占的労働市場となっている清掃業以外の職業について実践的な知識を有していない。このため、非現実的な想定に基づいたり人気に引きずられた職業選択が起こりえる。グジャラート州の簡易調査結果が若干の特定職業への集中を示しているのもこの表れといえよう。職業選択にあたってはもちろん受益者の希望を重視しなければならないが、同時に雇用吸収の可能性も検討しなければならない。たとえば、アムダーヴァード県都市部の簡易調査結果は縫製業5232人、運転手1101人を示しており、仮に職業訓練がうまく機能したにしても彼らの多くは雇用吸収されないであろう。それゆえ、職業訓練を開始する前に関連職業に関する情報の提供と雇用吸収の可能性を踏まえ、受益者の希望を調整する必要があろう。かような業務には政府機関よりも民間団体の方が適している。
 第6に、希望する職業の分布と発展可能性について。簡易調査結果でもうひとつ気掛かりなのは、希望する職業がインフォーマル・セクターで一般的な職業に偏向していることである。清掃労働からの離脱には積極的な意義があるにせよ、それがインフォーマル・セクターへの移行に過ぎないのであれば、社会経済的発展の展望は小さい。いわゆる組織部門にどの程度雇用吸収されるかが世帯レヴェルのみならず清掃人カーストの集団としての社会経済的発展にとって重要である。私企業の組織部門に雇用吸収される可能性は小さいので、公企業が全国計画の受益者を優先的に採用できるかどうかが鍵になる。全国計画は職業訓練後の雇用の問題については一切触れていない。
 第7は、自営者への資金援助と育成について。長期間にわたり不可触規制や社会的職業規制のもと清掃業に専従し社会のなかで孤立させられてきた人々が、新たな社会関係の創出を必要とする自営業で自立するのは容易なことではない。さらに、ノウハウや資金の欠如も彼らの自営業への参入を困難なものとしている。グジャラート州の簡易調査結果の原表には希望する自営業の分布が示されていないために詳細はわからないが、全国計画は自営希望者に対して最大5万ルピーの補助金・融資を行なうとしている。これは初発の固定資本を対象にしているものと理解できる。全国計画は自営希望者に対する補助金・融資以外の優遇措置にはまったく触れていない。中央・州政府の奨励政策により近年成長の著しい小規模工業は融資の他に品目留保や製品買い上げなどの優遇措置が適用されているのにもかかわらず、また事業主は非後進的集団を主体とするのにもかかわらず、登録事業体数に占める不良企業(融資返済が不能となった企業)の比率はかなり大きいといわれている(22)。全国計画は自営希望者に対する援助を初発の補助金・融資に限定しているが、マーケティングに関わるなんらかの施策なしには、多くの自営者が経営に行き詰まるものと予想される。清掃人のなかから自営者を育成するためには、当面の間、手厚い保護が必要であり、そのための予算措置もきちんととる必要があろう。


 「新式手押し車へのゴミ投入」
 (アムダーヴァード市、1991年)

 第8に、全国計画は更生の対象を個人に置き、集団として更生するための方策を考慮していない点について。職業転換計画のみならず自営者育成計画の場合も協同組合による発展の可能性がまったく検討されていない。清掃労働者は社会的に最も後進的な集団であることを考えると、個別の職業転換を奨励するよりは協同組合による発展を模索する方がより現実的におもえる。協同組合の業種選定は地域の特性や需給構造を考慮したうえで決定すればよいし、諸種の優遇措置も個人よりは協同組合を対象にした方が実施しやすい。また、協同組合の運営は長期的にみて集団としての経営能力の獲得に資するものとおもわれる。
 第9に、留保制度や昇進制度の見直しについて。もちろん、これらは全国計画の取り扱えるテーマではない。しかし、清掃労働者あるいは清掃人カーストの就業構造の多様化をはかるうえで、留保制度の活用や昇進制度の改善は決定的な重要性をもっている。特定カーストに対する留保枠を個別に設定することは好ましくないにしても、既に集団としての社会経済的発展を十分に遂げているカーストについては指定解除の措置を検討すべきであろう。清掃人カースト高学歴者の公務職への吸収はバンギーの政治力を増進させるとともに、集団内部に高等教育に対する志向を醸成する。また、中央・州政府および自治体に雇用される清掃労働者に対する昇進制度の見直しも必要である。現行の昇進制度は賃金スケールの上昇に限定されており、第4等級部門間における部局の転換は実現されていない。清掃職から「清浄」職への部局転換が昇進制度の一環として実現できれば、清掃人カーストの「伝統的」職業からの離脱と就業構造の多様化が大規模に進行するであろう。アムダーヴァード市自治体の事例にみるように、自治体の昇進制度を含む雇用政策は中央・州政府の同政策の影響を強くこうむっている。この意味において、自治体雇用清掃労働者の部局転換の可能性は中央・州政府が昇進制度を改訂するかどうかにかかっている。全国計画は留保制度や昇進制度の問題を対象外としているために、職業転換計画や自営者育成計画の社会効果も大きく限定されたものとなろう。
 最後に、全国計画と清掃人カーストの内部改革との関連について。独立後の諸種の制度的変革はカーストあるいはカースト連合を基礎とする動きを強めた。指定カーストの内部でも求心力を形成し自己資源を有効に動員できた先進集団が政治力でも優位にたち、指定カーストや経済的弱者を対象とする留保制度やその他の制度的措置の利益を最大限に享受した。もちろん、人口規模や独立前からの改革運動の伝統などが独立後の諸カーストの政治経済的発展に影響を与えはしたが、やはり制度的変革に集団として有効に対処できたかどうかが独立後における指定カースト内部の発展格差を拡大する最大の要因となった。清掃人カーストの所得水準は全般的に向上したが、集団としての資源の動員はなされず社会的にも政治的にも孤立する状態が継続した。労働組合は清掃労働者の雇用・労働条件の改善には貢献したが、求心力を形成し内部改革を遂行する主体とはなりえなかった。清掃人カーストの社会経済的発展は内部改革運動の組織なしには困難だとおもわれる。もちろん、留保制度や昇進制度の面での状況の改善は彼らの社会経済的発展に多大な刺激を与えよう。しかし、それらが集団としての求心力の形成に結果しないのであれば、相変わらず未組織の取り残された集団にとどまるであろう。
 全国計画は個人を対象とした更生計画をたてているが、筆者は集団としての発展を軸にした更生計画の方がより効果的であろうと考えている。その一例として協同組合の可能性を示した。協同組合は職業転換や更生に資するのみならず、清掃人カーストの結集力を高め、それを内部改革や政治力の獲得に動員するための基礎単位となりうる。協同組合は立地などの関連から職業転換の希望者全てを包摂はできまいが、更生や内部改革の拠点として清掃人カーストが後進性から脱却するために役立ちうるであろう。乾式便所の転換については第8次5ヵ年計画が終了するまでに大きな前進がみられよう。しかし、職業転換や更生の計画は、既にバンギー解放運動のなかでも主張はされていたが、大規模に実施されるのは今回の全国計画が初めてである。その課題の大きさと困難の大きさから、第8次5ヵ年計画期間中に所期の目標を達成するのは難しいものとおもわれる。軌道修正を重ねながら第8次5ヵ年計画期以降も国家的事業として継続されることになろう。全国計画は既に検討したように諸種の難点を含むものではあるが、掲げられた目標はバンギー解放運動が新たな段階に入ったことの証として高く評価されよう。

<Back− +Next>