雑文 インドの紅茶 4/4

 できるだけ多くの都市をみてやろうとおもっていたので、不測の事態が生じない限り、一箇所に1週間以上は滞在しなかった。多少慣れてきた頃、新たな都市に出発するのは後ろ髪を引かれる思いであった。とくに、体調をくずしている時には移動は苦痛以外の何物でもなかったが、先に進まねばという気持ちに押し切られた。貧乏旅行者用のガイドブックもあったが、投宿先は駅前にたむろする力夫から情報を仕入れて決めた。宿が決まるとその界隈を徒歩で「探索」した。広大な都市空間の一角に過ぎないこの徒歩で移動できる領域が筆者にとっては「マチ」そのものであった。適当な食堂と茶屋はすぐに見つけだした。「マチ」をぶらついていると、物乞い、両替屋、線香売りなどの商売がらみの人々の他に、外国人に好奇心をもつ大人や学生など多くの人々が話しかけてくる。気が合うと茶屋に誘ってくれる。もちろん、支払いは相手方である。お礼を述べると、十中八九「ノー・メンション、ユー・アー・マイ・ゲスト」と返してくれる。当時、生活のペースがゆるやかだったこともあり、日に一度は茶屋に誘ってもらった。インド人の好奇心の強さと過剰なまでの人々との接触が、インド旅行の面白さの核になっているようにおもう。紅茶はインド人の間でも人間関係の潤滑油となっている。筆者にとっての紅茶の思い出とは、肩に力の入り過ぎた貧乏旅行者をあたたかく遇してくれたインドの人々の思い出でもある。

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