雑文 インドの都市交通機関 5/5

3.現地の交通事情

 1980年代前半に4年間ほどインド西部のアムダーヴァード市で過ごす機会があった。貧乏な留学生であったため、しばらく自転車を使っていた。しかし、酷暑の凄まじさと街のだだっ広さに辟易し、1年後に中古のルナ(原付き)を購入した。ペダルをこぎ始動させるモデルで、クラッチは付いていない。さっそく現地の試験場に出向いた。学科試験は道路標識を問う質問のみ、実技試験は持参したルナで8の字走行を一度行っただけ。すくに免許が発行された。上り坂では途中で息切れする代物であったが、行動半径が大いに広がり助かった。

 その後、あこがれのバジャージ・スクーターを入手した。行動半径はさらに広がり、乾期には調査村にもスクーターで出かけるようになった。市街地のみならず市外に出ることも多かったので、現地の交通事情の一端も身をもって理解できるようになった。

 重大な交通事故のほとんどは、夜の国道で発生している。照明灯がまったく設置されていないため、闇夜では車幅がつかめない。たよりになるのは、道ぞいの木に白く塗られたペンキのみ。対向車のヘッドライトは上向きのまま。さらに、速度の異なる乗り物が同一車線を動いているため、2重3重の追いこしにより車両が車線をはみ出すこともしばしば。牛車を自転車が、さらに自転車をスクーターが、スクーターを乗用車が同時に追いこそうとする場面にたびたび出くわしたことがある。国道で恐いのはトラックと急行バス。そばに寄られるだけで身の細るおもいがするのはわたしだけではない。

 市街地で恐いのは路線バスだといわれている。市街地を走る車両はそれほどスピードを出さないために、車両が大破するような重大事故は少ない。そのなかにあって、路線バスのからむ事故には被害の大きいものがある。都市では車両同士の接触事故は日常茶飯事である。無傷の車をみつけるほうが難しい。日本で接触事故が起こると、すぐに弁償の話になるが、インドでは軽微の損傷の場合、痛み分けのケースが多いようだ。幸いなことに、わたし自身は大きな事故に巻き込まれたことはないが、スクーターの車体には多数の傷が刻まれている。道幅に比べ車両数の多い旧市街では、車両の密集するなか運転するので、十二分に注意をしても車両の接触を避けることはできない状態である。

 これまで一部の大都市を除き、交通法規は厳格に守られてこなかった。しかし、昨今では地方都市でもヘルメットの着用をはじめとして、交通法規が厳格に適用されつつある。家畜の侵入に対する規制も厳しくなった。多様な交通手段が時代の流れに適合する動力車両に収斂する過程が急速に進行している。

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